第16話

 『魂消たまげる』という言葉がある。


 これは強大すぎる魔力に魔力操作器官である魂が晒されるとその負荷に耐えられなくなり破損してしまう状態を指す。

 域外の中心部に安易に踏み込めないのは魔物が強くなる事も要因だけど、この現象により魔物と出会う前に死亡しかねないからだ。魔物を一方的に蹂躙する王国騎士団や宮廷魔術師でも辺境域外の『奥』に踏み込めるのは極一部のみ。『心奥』となると宮廷魔術師長か完全装備の騎士団総長くらいでないと言葉の通り魂消る事態になると言われる。


 幸にしてウィロの莫大な魔力を借り受けている私は魂を押し流す強烈な魔力の暴風に対し、わずかな間意識を持っていかれた程度で済んだけど従師ちゃんなら死んでいただろう。


『セラ!』


 びっくりと恐怖と興奮に感情が溢れすぎたようだ。がうぐると唸りながら念話を飛ばしまくっている。


「ごめんごめん。ちょっと予想外すぎた」

「本当ね。他の魔物が混乱しているじゃない」

「ッ!?」


 突然背後に現れた先生の声に二人して飛び上がる。


「臨界反応なんて思いつきでする物じゃないわよ。それも二回も」

「り、臨界反応……?」

「知らずにやったの?

 まぁ、あなたの魔力量なら起きうることかしら……」


 どうやら先ほどの魔力爆発ともいうべき現象を先生はすでに知っていたらしい。

 目を瞬かせる私に先生はやれやれと言った感じで続ける。


「詳しく説明する状況でも無さそうだから簡単に言うとね。

 魔化した物質に急激かつ過剰に魔力を注ぐと魔力が物質内部から飛び出せずに反射と激突を繰り返す反応を起こすのよ。

 これにより物質は急激に強度を失って、魔力を吐き出しながら崩壊するのだけど、崩壊前に別の魔力媒体と接触すると接触点から一気に魔力が流れ込むの。

 そうなると流れ出た先の物質はより激しい反応を起こし、刹那も耐えられずに崩壊。単独での反応とは比較にならない魔力を吹き散らす。これが臨界反応」


 正に今、目の前で起きた現象だ。

 説明を咀嚼し、そして思い至った問題に私は頭を抱えた。


「先生、それじゃ私が設計した杖って……」


 そう問いかけると、先生はとても、とても良い笑顔を作った。


「あなたほどの魔力を持たなければ動きもしないし、動くだけの魔力なんて通そうものなら……腕一本で済めば安いのではないかしらね」


 この世全ての愉快を前にしたとばかりにコロコロと笑う魔術師に私は怒ることもできずに肩を落とす。

 先生に私が中級魔術を使うために考案中の杖については説明済みだ。その時は何も言わなかったのに……


「そも、普通の魔術は魔化しないとされる肉体を通して発動させていることに注目すべきね」

「私と一番縁遠い話じゃないですか」


 そんなことをすれば激痛は必然で無理すれば内出血。やったことは無いけど中級魔術級を使った日には腕が吹き飛ぶかもしれない。


 私は魔物の表面が他人の魔術を弾き、核であれば魔力を表面に流す動きを見てそれを材料とする事に思い至った。それらの作用があれば術式完成までの魔力漏洩は相当抑えられると見ていた。


「五体満足で乗り切ったのだから、成功に一歩近づいたと思えば安いものよ。

 それに、もう一つ重要な事実を知れたでしょう?」

「……臨界反応ですか?」


 私の魔力が足されたにしても最下級の核二つが放出したとは思えない魔力量だった。確かに注目すべき点が多い事象だ。


「魔石の生成方法、教えてもらわなかった?」

「国家機密ですよね?」

「あら、そんな大袈裟な扱いになってるのね」


 あー、この言い方はアレだ。


「それも先生の発見ですか?」

「発表を待ってくれって言われたまま私を蚊帳の外にして色々やろうとしてたから、放り出してきたのよね。魔銀水も生成しているのだから私の研究室をひっくり返したのかしら」


 魔石と魔銀水精製技術は魔道具に、そして騎士剣にも関係する超重要技術で情報は王家と上位宮廷魔術師、魔石精製を専門とする公爵家で秘匿されている。当然図書館を始めとした閲覧可能な場所ではその片鱗を調べることもできなかった。

 この二つの技術は幾つかの域外を大きく切り取り、国力を飛躍的に発展させたとされる。

 今日現在でも他国は高い金を出して程度の低い騎士剣を買い求めるしかなく、近隣国の密偵は日々その秘密を求めて王都で暗闘を繰り広げている。


「魔石って先生的には欠陥品ってことですか?」

「ふふ。まぁ、見方によるわね。

 初級魔術を扱う魔道具になら魔石の出力が丁度いいし」

「それ、先生が想定していた出力に達してない意味ですよね?」

「学校に通った甲斐があって嬉しいわ」


 昔は言葉の通り受け取っていたけど、その言葉一つ一つに皮肉が散りばめられていたと学ぶたびに思い返していた。


「そこまで未練があるなら学園に戻れば良いのに」

「意味が無いもの」


 意味がない。それは先生にとっての話。彼女不在でも騎士の誕生により王国が獲得した領土は千年近い防衛と後退の歴史を打ち破り、奪還すら成し遂げたのだ。この人が王都に留まって研究を続けていたなら、王国の領土は更に倍くらいになっていても不思議ではない。


「魔石は魔力を安定化させ、自然放出を極力ゼロにさせたものよ。核は域外程に魔力が濃い場所でなければ少しずつ魔力を放出してしまうものね」


「……先生達が倒した王の核って王城で保管されていると聞いたのですけど、実はもう無くなってたりします?」

「あら、そんな勿体無いことしたの?

 でもまぁ、アレは百年やそこらでは放出しきらないわよ。一気に放出したら中規模くらいの域外が即座に形成されるでしょうしね。

 ……あなたが王の核で臨界を引き起こしたらここ以上の域外が王都に誕生するかもしれないわね」

「可能性だけで抹殺されそうな事を言わないでください!

 ……他の魔術師は臨界反応を知らないんですか?」

「知っているわよ。魔石精製に必要な魔力を生むために臨界反応を起こしているはずだから」


 天才が笑う。不意打ちで国家機密を渡さないでほしい。精神に多大な損害を受けて頭と胃がずきりと痛んだ。


「それだけやって精製が甘いから魔石程度しかできていないと思うわ」


 そう語りながら無造作に中空に描かれる複雑な魔術回路は上級魔術のものかと疑うほどなのに単一の機能しか持たないものだった。一目で理解するのは不可能。ただ、ここに魔力を通せば何が起きるかは話の流れ的に想像がついた。

 だから国家機密ぅ……


 彼女の目がやれと言っている。


 私は師の要求に従順な態度を見せつつ、扱える限りの最大出力を注ぎ込んでやった。できれば回路が破綻してくれないかと願いながら。


「あは」


 とても、とても楽しそうに、うっとりと笑う魔女はそこに生まれた輝きを見つめる。

 回路の消失とともに重力に従いかけたそれは先生の手に掴まれる。

 女性の大きくない手といえども、握りしめて溢れる大きさの魔石なんて見た覚えがない。


「まさか魔晶まで達するとは思っていなかったわ。本当にあなたは面白い、素敵な弟子ね」


 私の握り拳三つ分くらいありそうな青みの深い水晶を手にした先生は、まるでご馳走を前にした獣のような目をゆっくりと細めるのだった。

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