第15話

 従師ちゃんことカリスへの授業は五日に一回の休息日にすると決めた。彼女がどこまでやれるかはわからないけど、すでに〈魔力探知〉は使えている。〈見えざる手〉と〈魔撃〉の習得まではそんなにかからないと思う。

 そこから域外探索に便利な〈水作成〉〈発火〉、緊急回避の〈障壁〉まで使えるようになれば従師としても優秀な存在になるはずだ。


 これであっさり中級魔術まで覚えたら私、すごく落ち込む気がする。いやまぁ、使えない分の恩恵は受けているのだけど……魔術使いになった以上、普通の魔術を使いたかった。


「この先に3つくらい居るよね?」

『おう』

「一人でやれる?」 

『任せろ』


 頼もし過ぎる相棒の頭を撫でて「一つは私がやるからそれを合図に残りをお願い」と〈増撃〉を構築する。ウィロもすぐに駆け出す姿勢になった。


 ここは外輪の端。ここならまだ〈増撃〉でも通用すると分かったので稼ぎを得るために足を伸ばしている。既に十近い数を狩っているので収入としてはまずまず。ただし、目標とする核はやはり手に入らない。

 核は大きければ大きいほど強い魔物になる素養を持つ。外輪ではナイフや柄だけになった剣、鎧の一部が関の山だ。せめてワンドくらいの棒が角になっていれば試作に使えるのだけど。


「……というか、それ位の棒をばら撒いておけば、望みの核になるかも?」


 可能性はある。問題はどのくらいの時間が必要かだ。少なくとも域外の深さを示す過去の探索者が残した指標は年単位でそのまま残っている。これを踏まえると最低でも十数年の単位で時間が必要ではなかろうか。

 そうなると木の枝なんかは普通に腐る。望みの物が見つからないのも当然か。魔力が濃くなれば魔化する速度も早くなるはずだけど────


 ふと、心奥に杖を持ち帰ってもらおうかと考えたけど、『王』の不興を買いそうな真似は最終手段だと一旦脇に置く。王の目前に発生した魔物なんて十数える間も生きていられないだろうし、一緒に叩き折られそうだ。


 〈増撃〉が魔物の一体を撃ち抜き、追従したウィロが残りを瞬く間に引き裂く。ウィロなら十以上に囲まれてもここじゃ傷一つ貰わない。内輪に足を伸ばそうかなと欲が湧いたが、そうなると私が完全にお荷物になる。せめて時間が掛かる〈増撃〉でなく、〈変質〉を組み込んだ本物の中級魔術を再現できないとウィロ一人に狩りに行ってもらった方が比べようもなく効率が良い。

 ……再現できてもウィロ一人の方が安全で効率が良いよね……はぁ


 戦いの音に惹かれたか敵が増えた。

 下手に声を掛けてはこちらに誘因しかねないので無言のまま次の〈増撃〉を用意。ウィロから一番遠い魔物を狙撃する。命中。


 〈水作成〉や〈発火〉は〈変質〉のみを行う初級魔術。〈魔撃〉は指向性のある魔力放射を行う初級魔術だ。この二つを組み合わせることで〈水撃〉や〈火球〉などの中級魔術になる。〈変質〉し、在り様を変えた魔力はより強く怪物の魔力と反応し、外郭を歪めて内部の魔力を抉り取る。

 騎士術はこの〈変質〉の部分を武器本体の鋼の部分で代替えし、技術と質量で魔力外殻を浸食破壊し、魔物の内部に魔力を叩き込む。


 消費魔力に対する効率は騎士術の方が高いが、単純火力は魔術が圧倒的に上とされている。加えて魔術は射程や効果範囲、更には運用するための費用面で優れている為、魔術の方が価値が高いと声高に唱える人も居るけど……大勢の意見は『一概にどちらが上というものでもない。適材適所、役割分担』だ。

 とはいえこの議論が尽きることはなく、その側として騎士団と魔術師団は仲が悪いとよく言われる。

 ……ただこの話に私は少し懐疑的だ。だって第四の皆さんを見る限り、国を守る同僚に変わりないと言う対応だった。

 予算や発言権などの政治的な立場でやり合っている上位者に限った話か、他国の間者が離間目的でばら撒いた流言飛語なのだろう。


「っと、次が来た」


 ウィロが残りを始末し終える前に追加の魔物の接近を探知する。

 更に〈増撃〉を用意。外周より強いのは当然として魔物の密度が高い。外輪に踏み込める探索者の数が少なくて間引きができていないからかな。次の遠征軍が来るのもそう遠くないかもしれない。

 一旦こちらに戻ってきたウィロが反転、魔物が近づいてくる方を睨む。


「後で回収もよろしくね」 

『分かった!』


 追加は五匹。三匹の塊にウィロが飛び込むのを横目に一匹を撃破。すぐさま次を組み上げ撃てば……え? 避けられた。


 ……え、やば。


 初めての事態に間抜けにも呆然としてしまい時間を浪費した。ハッとして頭を切り替えた時には次が間に合わない。〈障壁〉の術式回路を描きながら、同時に小さめの核を握り込む。


 ウィロはこちらの援護に回る余裕はなさそうだ。


「あー」


 そこで自分の間抜けに気付くがもう遅い。選ぶべきは〈見えざる手〉の方だった。初級魔術の〈障壁〉に果たして外輪の魔物を防ぐだけの力があるかどうか。

 ウィロの爪が魔物の外殻を何の抵抗もなく切り裂くように、強い魔物の一撃は〈障壁〉を紙よりも容易く破る。

 後悔と焦りを浮かべながらも左手に握り込んだ核に保有魔力を押し込む。同時に茂みから飛び出したのは猿型の魔物。こちらの顔面へ向けて伸ばした手が〈障壁〉を抉る様を見ながら、体を捻るようにして〈障壁〉の下から魔物の腹へそれを投げつけた。


 危機に対し体感時間が長くなると聞くけど、これがそうか。

 焦っても嘆いても現実の時間に囚われた体は動かない。体を後ろに引きすぎて仰向けに倒れ込んでしまうと察しながら、消え切っていない術式回路に魔力を押し込んで追加の〈障壁〉をあらん限り重ねていく。


 ─────かちんという音を聞いた。


 猿型の魔物。その腹部分の外殻が不自然にほどけて穴が開いていた。何それと目を見開いた瞬間、その内側から恐怖を覚える程の魔力が急激に膨れあがった。


 ねばつく時間の中で迫る爪よりも全本能がヤバいと叫んでいる。


 ─────思考が動くのなら、魔力は動かせる。


 〈障壁〉を人生最大速度で重ねていく。魔物の体ごと押し返すように前へ出すが、解けつつある体内から溢れた魔力に即座に溶けていく。元々の姿勢とその圧に体を後ろに倒しながら頭痛が蛇のように脳裏を蠢くのも堪えて〈障壁〉を押し付けまくる。


 ─────あ、これ、駄目だ。


 その全てが余りにも無造作かつ、圧倒的に押し込まれる。


「がぁっ!?」


 衝撃に何もかもが飛び、汚い悲鳴が圧に負けた肺から漏れる。


 ────────


『セラ! セラ!』

「っう」


 目の前に真っ白な狼の顔。その向こうに厚く重なって闇を抱える木々の葉。

 背中の硬い感触。後頭部に滲むような痛み。


 ─────仰向けに倒れている。


 そう理解するのにたっぷり十を数えるほどぼぅっとしていた。


「ま、魔物は……?」

『倒したぞ! それよりセラ、大丈夫か!?』


 焦燥感がひしひしと伝わる念話に私は自然と浮かんだ笑みと共にウィロの頭を撫でる。


「大丈夫。びっくりしただけだから」


 頭の奥がとんでもなく痛い。それでも幸いにして暴力的な魔力によって魂が壊される事態は防げたようだ。

 ウィロには「大丈夫」と繰り返し答えて身を起こし、衝撃に飛んだ記憶を引き戻し、何が起きたかを考える。


 核の表層に魔力を流すと暫くその表面に魔力を纏ったままになる。この状態を即席の騎士剣モドキとして利用することが可能で、魔物にぶつければ中級魔術とは言わないまでも、魔物を怯ませるくらいのことができる。

 この現象を利用して核を鏃に加工した弓師がいるそうだけど対費用効果は非常に悪いため真似する者はいないとある文献で読み、緊急対応用に仕込んでいた。

 外周程度の核では直ぐに崩壊してしまう。命中しなくても失われる。魔術を使うよりも圧倒的に早いだけの手段。牽制くらいのつもりだったのにこんな反応が起こるとか聞いてない。

 周囲を見ると上空から突風が吹き下ろしたような様相。顔や上半身をペタペタと触るが怪我らしきものは見当たらない。酷く痛いのは頭の内側と強く打ちつけた背と腰くらいだ。


「魔力が予想を遥かに超えて膨れ上がった?」


 〈障壁〉が何枚も溶け砕けたのは覚えている。五体満足なのはおそらく私にも襲い掛かった魔力も〈障壁〉に転化できたおかげだろう。それをしなかったらいつぞやの連中のように上半身くらい吹き飛んでいたかもしれない。


 ────カチンという音を思い出す。


「投げたのが偶然魔物の核に当たった?

 でも核同士がぶつかってこんな現象が起きるなら、騎士団は全滅してるよね」


 騎士団遠征に同行した帰り。

 頭陀袋に無造作に放り込まれた核が山積みになった馬車はひどい揺れを伴いながら街に戻っていた。自分も無造作に袋に入れて持ち帰っている。


「魔力を込めたのが原因?」


 それであれだけの現象が起きるなら、とっくに兵器として使われているだろうし、弓師は魔術師に匹敵する存在になっていると思う。核を直接攻撃したのが原因なら騎士術使いが凄惨な事故例を呆れるほど積み上げているはずだ。今日に至るまでの人と魔物の闘争の歴史で核への直接攻撃が一度も起きなかったわけがなく、こんな怖い現象について授業で警告が無いのは腑に落ちない。


 〈魔力探知〉を一回。周囲に敵影なし。ウィロが奮戦してくれたようだ。感謝を込めて撫で回すと楽しそうに体を捩る。


「とりあえず検証しとかないと」


 一歩間違えたら死んでいた。理解もしないまま二度三度と同じ目に遭うわけにはいかない。


 まず外周の核に魔力を流して投げる。

 それは地面に落ちて転がった。〈魔力探知〉すると魔力が吹き出しているように見えた。とりあえず放置して次の核を出す。収入源なのに随分な無駄遣いだよね。


 次に保有魔力を……焦った私はかなり強く込めていた気がする。

 〈障壁〉をいつでも展開できるように心構えをして、ぐっと押し込む。


 そして投げた。


 力強く投げたそれは茂みの奥に飛んでいき、しばらくして強く魔力をまき散らす。茂みが震え、葉っぱの数枚が舞った。


「許容以上の魔力を込めると内部に浸透して魔力を撒き散らす?

 あっぶな。投げずに握ったままだったら手が無くなっていたかも」


 眉を顰めて愚痴りながらも、しかし先ほどの現象と比べ物にならない程被害が少ないと見る。それならばやはり複合条件か……

 私は最後の検証のために核を地面に置き、距離を取った。

 外周の核は小さい。手に握ったそれも小さい。魔力を込めた後に投げてぶつける。その為に振りかぶろうとして─────


「いや、あんなの当たんないって」


 魔力を込めた時点でその核は廃棄確定。当たるまで投げるのは流石に損が過ぎる。そして命中率の為に距離を詰めるのは自殺行為。


 木の筒とかを長く作って上から落とすとか?

 考えつつふとウィロが目に入り、「ああ」と声を漏らす。

 どうせ魔力を込めるのだ。

 核を〈見えざる手〉で保持し、核の側まで伸ばす。魔力は保有魔力に寄ってくる。〈見えざる手〉は保有魔力で術者と接続したまま操れるため、距離を取りながら魔力を込めて直接叩きつけるに驚くほど最適な手段だった。

 いつもと感覚が違うが魔力が集まってきた感じなので核に詰め込めるだけ詰め込む。なんかヤバいと感じたので地面に置いた核に叩きつけた。


 一瞬前の私に言いたい。

 危機感を感じたならもっと取るべき対応がある。少なくとも可能な限り距離を取るべきだった。すでに目を見開いたウィロは獣らしい勘で距離を取る方向に動き出している。


『うぉ!?』


 それでもウィロが焦った念話を飛ばす。あ、と間抜けな声を漏らしながらも〈障壁〉を先ほどを超えた自己最速速度を更新して連射する。それと同時に首の後ろ、襟首を後ろに引っ張られる感覚。


 ─────私の意識は再び白に埋め尽くされた。

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