第13話
「ここ、は?」
「外周。気が付いて何より」
〈魔力探知〉に引っかかった魔物を狙撃しながら時間を潰していると日が中天に上がる前に彼女は目覚めた。気絶にしては長いから相当損耗していたんだろう。
人が魔力を制御するための主要機器官は古来から魂と呼ばれていた。体を解剖しても出てこないこの謎の器官があるから人は魔力を扱える。魔力を使い過ぎれば魂が損耗し、失うと魔力欠乏により人は死ぬ。これは魔術師や騎士に限った事でなく、全ての人には魂が存在していて、魔術師かどうかはその性能の差でしかないそうだ。
何故目に見えず、確認できない物を「ある」としているのかは詳しくは分かっていない。一説によると厄災前の技術であれば存在を証明できていたものだという。ただ魂の存在を否定すると、魔化しないはずの生命体が何故魔化した核と同じように魔力を集め扱えるかの説明ができないため、ずっとあるものとして扱われている。
魔力操作が主ではあるけれども、様々な要因で魂は損耗する。それを癒すのが睡眠だ。魂は眠りの間に阿頼耶識というこの世界とは違う空間に接続する。そこには魂の原型があり、魂はそれの傍で元の姿を取り戻す。夢は過去現在未来に接続した魂と共感して見るものとされる。
まぁ、重要なのは魔術を使えば魂が消耗し、寝れば回復するという点。
だから彼女は衝撃的な光景での気絶が起因としても、魂を癒すために深い眠りが必要な状態だった。
「あなたは?」
「あなたが追っかけてた相手」
ぐだぐだと別のことを考えていたためにおざなり気味になった返事をすると彼女は顔を引き攣らせた。
やや怯むようにしながらも周囲を見渡して、同行者三人がもう居ない事を思い出したようだ。その光景を思い出して顔色を悪くしつつものろりと身を起こす。
「……私たちのこと、気づいていましたよね?」
「まぁね。目的もなんとなく。
まさか横から魔物に襲われて壊滅するなんて思わなかったけど」
彼女は「まもの……」と視線を彷徨わせて呟く。蹴られた痛みと魔力欠乏による吐き気に苦しんでいた少女は彼らの死の瞬間を見ていない。意識も朦朧としていたから不審な部分があっても指摘できずにいるようだ。
「どうして……助けてくれたのですか?」
「あいつらはどうでも良いけど、あなたはあいつらに酷い扱いをされていたみたいだから」
粗末な服だけという森型の域外を活動拠点にする探索者らしからぬ格好。露出した手足も頬も明らかな栄養不足を物語っている。
彼女は身を震わせ、脳裏を走ったであろう日々から逃げるように固く目を閉じた。
「あなたが望むなら、マシな人を紹介するよ。シスタ母さんは知っているよね?」
「孤児院の?」
「うん。あなた、この街の出身じゃ無いでしょ? 孤児院出の探索者は母さんの手前あんな奴らみたいな無体はしないから。
それとも故郷に帰りたい?」
親に売られたクチかなと思いつつそんな問いを向ければ、彼女は予想通り首を横に振る。戻るのも困難なら、戻ったところで居場所は無く、再び売られるだけなのだろう。
従師に成れる程の魔力持ちは調査団が連れていくけど、彼らが立ち寄らない小さな村もある。そして魔術師の卵は高く売れるので人買いに売ったり、誘拐されたりする事例は後を絶たない。
顔色の悪いまま露出した膝に視線を落としていた少女だったけど、不意に顔を上げ、その目に強い力を灯して私を見た。
「ねぇ、あなた魔術師なんでしょ?
あなたの物になるから魔術を教えて」
いきなりそう言いながら前のめりに詰め寄ってくる。
嘆息。
彼女の発言に呆れたわけではない。むしろ弱々しさしか感じられない彼女が持っていた強さと渇望に驚いた。称賛したいくらいだ。
この溜息は「魔術を習うなら近くに最高の人が居るんだけどなぁ」というもの。でもまぁ、先生が私の先生になったのは多分ウィロの契約者だからだ。彼女を快く引き取ってくれるとはちょっと考え辛い。
「私も従師……なり損ないだけど?」
「うそ! だって一人ですごい数の核を持ち帰ったって!」
ああ、やっぱりそれが活動まもなく狙われた理由か。
母さんにも窘められたけど、騎士団に同行した時は核をいっぱい詰めた袋をいくつも馬車に積んで帰還していたのだ。二十かそこらで「すごい数」なんて言われるのは予想外だった。
「それは私じゃなくて私の仲間が凄いだけ」
ちょうど帰ってきたウィロが薮から顔を出す。
突然の事に驚いて逃げようとし、力が入らずに倒れこむ少女を横目に私は彼を迎えた。
『ただいま!』
「おかえり」
私に身を寄せたウィロが〈見えざる手〉もどきで保持していた核をポロポロと毛皮の中から落とす。その数は軽く十を超えていた。素直に頭を撫でられるウィロを見て少女が目を丸くしている。
「ね?」
ほとんどは石。革鎧の一部や朽ちた短刀もある。
外輪では外周と大差ないか。やっぱり内輪より内側じゃ無いと杖の材料は期待できそうにない。
「ま、魔物なんですか?」
そうだと答えようとして一旦迷う。
ただの狼と嘘を吐けば私が別に魔術を使っても不思議に思われないし、街で歩いても必要以上に怖がられない。そも操魔獣術なんて図書館に籠っていた私が一度二度見たかも位の珍しい物だ。詳細なんて王都の研究者にも居ないかもしれない。だからただの狼と紹介したほうが……
……いや、ただの獣が外輪の魔物を倒すとかナイナイ。
「そうだよ」
「わ、私にもできますか?」
「わからない。珍しい才能って言われたから」
珍しいのはウィロの方だけどね。
「それじゃなり損ないって言うのは……?」
「国の基準だと中級魔術を三つ使えないと魔術師って認められないの。
私はできないし、操魔獣術を中級魔術扱いとしても1つだけだから魔術師を名乗れない。
だからあなたも私もなり損ない。公式な文言では従師よ」
本当の操魔獣師は魔術師扱いだったりするのだろうか。中級魔術と同程度の魔物を扱えれば魔物の討伐は可能だから、魔術師扱い?
操魔獣師が他の魔術を使えないわけじゃないだろうから、中級魔術三つの条件は変わらないか……
「ただ、勉強したことを教えれはするかな。私には才能がなかったけど、うまくいけばあなたは魔術師になれるかもしれない。
えーっと……ああ、ジェスターお兄ちゃんだっけ。あの人の仲間になることが条件でどう?」
母さんの本当の息子さんだし、私を所属させようとしていたから魔術師に困って足踏みしているんだろう。
ある種の恩返しになれば良いというのもあるし、人に教えることで見えてくるものがあるかもしれない。言い訳と蛮行の償いとしてはこの辺りが妥当かなと勝手に決めた。
「あなたの、ではないの?」
「私はウィロ……この子が居たら十分だからね」
「……わかりました。よろしくお願いします」
「じゃあまずは街に戻ろうか。
いろいろ聞かれるかもしれないけど孤児院に着くまでは何も答えないでね」
「は、はい」
従師でも〈見えざる手〉を使えば戦士なら容易く殺せる。魔物に襲われたことを否定されたら、犯人候補筆頭は彼女になってしまう。彼女に対する扱いを見たことのある探索者も複数居るだろう。
その可能性を悪用する輩が出る前に母さんの庇護下に入るべきだ。
〈魔力探知〉に反応なし。
「ウィロ、そのあたりに核が転がってるから集めて」
頷くウィロを送り出し、彼が持ち帰った核を袋に集める。
あっという間に集めてきた分も詰め込んで彼の背に括りつけた。
「歩ける?」
「ええ、はい」
気絶という名の睡眠を取ったおかげか顔色は多少マシになっている。お腹は空いているかもだけど、下手に食べて体調を悪くされては本末転倒だ。街までは我慢してもらおう。
私たちは若干の急足で街へと向かって歩き出すのだった。
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