第12話

 魔力が濃い域外に転がった様々な物質は濃い魔力に長く当てられることで『魔化』を起こす。この魔化を起こした物質を『核』と呼ぶ。

 魔力を内包する核は周囲の魔力をかき集め始める特性を得る。その量が一定以上になれば魔力がまるで生物を模倣するように外殻を形成し、魔物として動き出す。

 だから倒した魔物の核を回収せずに放置して置くといずれ新たな魔物になるし、魔力の濃い場所では魔物の傷はみるみる癒えていく。


 この魔化という現象は生物には起きないとされている。だから魔術師がどれだけ魔術を使っても腕や体が魔化することはない。その為、保有魔力は多ければ多い程良いとされる。ファスト魔術学園の入学検査で魔力量を量るのは中級魔術に必要な保有魔力を有していなければ進級できないからだ。そもそも放てる魔術の数に直結する為、魔術兵なら保有魔力が多いに越したことは無い。


 そして私の保有魔力はウィロとの契約により超天才魔術師の先生が呆れる程多い。

 「多いに越したことは無い」と言ったが「物には限度がある」ということを世の魔術師はきっと知らないだろう。


「ぐ……」


 走る痛みに私は魔術の行使を止めた。

 初級魔術の基礎中の基礎、〈発火〉を使おうとしただけでこれだ。杯に桶で水を叩きつければ割れかねないように、無駄に多すぎる魔力が私の体の中を濁流の如く荒々しく駆け回り、体を傷つける。その上、勢いが過ぎた水は杯に留まれずに飛び出し、発動に必要な量も確保できない。完全に傷つき損で終わる。


『大丈夫?』

「大丈夫。これでも昔よりはマシなんだから」


 心配そうに見上げるウィロの頭を撫でて笑みを作る。


 これこそ私が魔術を使えない理由だ。


 保有魔力を使って体に集めた魔力を体内に構築した術式回路に通して加工し出力する。


 これこそが魔術なのに、私は余りにも多すぎる魔力に体内を荒らされ成立にまで漕ぎつけられない。

 これでも少しずつ慣れてきてはいるのだ。痛みに耐えながらの訓練の成果は出ている……と思いたい。未だに初級魔術すら成功させたことは無いけど。

 私が正規の方法で魔術を使えるようになれば『王殺し』も児戯に等しいと先生は言ったけど、果たしてそんな日は来るのだろうか。二年でこのザマだもの……


 私は喉の渇きを覚えていつもの方法で魔術を真似る。

 保有魔力をそのまま出力し、それで空中に魔術回路を形成。そこに集まってきた魔力を通して魔術を擬似的に成立させる。

 大気から零れた水をお椀のようにした手のひらに溜めて飲み干す。これが先生から習った私の魔術の使い方。

 でもこれで発動できるのは初級魔術まで。それ以上は回路が複雑になり、魔術が成立する前に回路から魔力が霧散し、破綻してしまう。

 元より曲芸のような所業だから中級魔術以上の成立は不可能ではないだろうか……と考えたこともあったけど、先生は上級魔術でこれをやってのけるのだから、私の努力不足……なのかなぁ……?

 先生がオカシイだけじゃないの?

 そもそも先生は────


『セラ、なんかくる』

「っと」


 慌てて〈魔力探知〉を展開する。

 ─────この反応は魔物でなく人間のようだ。多分複数人。


「逃げようか」

『なんで?』

「あからさまだから」


 ここは『域外』をわざわざ大きく迂回した上で少し入った場所。人が来ないから選んでいるのに、集団でやってくるなんて意図的すぎる。


『敵なのか?』

「わかんないけど相手にするのは面倒」


 穏便な話し合いなら完全拒絶するつもりはないけど、それが目的なら街で接触してくるだろう。それにしても、どうしてこちらの位置がわかったのか。付けて来ていたならもっと早く気づいていたはずだ。


 とりあえず離れるべく移動するがぴたり付いてきている。


「ウィロ、あいつらが付いてこられる理由に心当たりある?」」

『セラがやってるビビを使ってるから?』


 私の『ビビ』?


 しばらく考えて〈魔力探知〉を発動。


『それそれ』

「ウィロにはわかるんだ……」


 〈魔力探知〉は薄く広く保有魔力を周囲に広げ、それに魔力を有する物が触ると干渉して崩れる性質を使った探知術だ。魔術の一種とされているけど、実は別のくくりの技術。初級魔術の更に前、原初魔術とも言われる物。

 探知範囲は保有魔力次第。先生流だとこの乱れ方で相手の魔力保有量や人数を正確に把握できるそうだ。私も人数くらいは分かるようになったけど、魔術を工夫したわけでなく繰り返し使った経験によるものだ。普通は乱れた事しか分からないらしい。


 今では息をするようにこれを展開できるようにはなっているけど、それでも他の魔術との並行行使や、激しい運動中は無理だ。できるなら多分中級魔術の再現も達成している。


「範囲外に出れば見失うだろうけど」


 下手に走り回ろう物ならどれだけの魔物を引っ掛けてしまうか分からない。外周といってもここは域外、構築の遅い〈増撃〉を用意しなければ碌な打撃も与えられないこちらとしては多対一を避けたい。


「外輪まで行こうか、少しくらい奥でもウィロなら平気だよね?」

『おう!』


 そもそも実家というべき場所はさらに奥の中心部だ。一人でもそこまで帰れるウィロの強さは推して知るべし。


 早足で外輪まで到達し、しばらく進めば向こうは足を止めていた。外輪に踏み込む実力は無いらしい。そうなると〈魔力探知〉でこっちを探っていたのは従師だろう。魔術師が仲間に居て外輪を狩場にしていないとは考えづらいし。


 しばらくすると彼らは思い切ったのかこちらへと進み始めた。


「ウィロ、私を連れて木の上に飛んだりとかできる?」

『できるけど、しっかり掴まれるか?』


 私がウィロの首に腕を回し、体全体で抱きつけばちょうど良いくらいのサイズだ。


「〈見えざるの手〉も使うから大丈夫。お願い」

『おう!』


 私が最も得意とする術で作った縄みたいなもので二人を固定する。「いいよ」と囁けば、ウィロはなんの助走も無く、一気に私の身長二つほど高く跳び、木の幹を蹴ってさらに同じほどの距離分空に近づく。太い枝にふわりと着地すると『ドヤっ』という感じで振り返ったので頭を撫でた。


「静かにしててね」

『うん!』


 念話なら他の人には届かないけど念のためにお願いすると、私は〈見えざる手〉を解く。


 〈魔力探知〉は布を広げるように地面に水平に展開するため上方向に逃げると引っかからない。角度をつけるくらいの工夫はできるけど、全方位探知なんてやろうものならたちまち魔力切れを起こしてしまう。

 というわけで、〈魔力探知〉だけに頼った相手なら高低差のある場所に逃げるだけでこちらを見失う。


 しばらく待っていると外周側から四人の男女が現れた。一人だけ若い少女はろくに装備もつけていない。青い顔をしているし、多分彼女が従師だろう。


「クソッ! まだ追いつかねえのかよ!」

「騒ぐなよ。もう外輪の結構なところまで来てるんだぞ。下手すりゃ内輪のが出てきてもおかしくない」

「内輪まで入ったんじゃ無いのか?」

「流石に一人で踏み込まないだろ。

 おい、グズ! さっさと〈探知〉しろ!」


 青い顔で苦しそうに呼吸する少女を爪先で小突く。あの人、魔力欠乏起こしているよね。


「……」


 戦士が感覚で騎士術もどきを使うように、教練所出身でない従師は保有魔力のみで行使する〈魔力探知〉と〈見えざる手〉の使い方を誰に教えられることなく習得した人だ。中級魔術どころか初級魔術すら使えなくても、魔物の先制攻撃を防ぐ〈魔力探知〉は探索者が願って止まない物だ。それ故に従師の需要は消えない。

 ウィロの探知範囲より外からこちらを捕捉できたのは、制御の手加減も知らない全力の探知によるものかな。でも〈魔力探知〉は空振りだと放出した魔力を回収するので消耗は少ないけど、魔物や私たちに触れた部分は壊れる。壊れることで発見する術なので当然だけど、その分損耗する。しかも保有魔力の方をだ。

 青い顔をしていることからも分かるけど、魔力切れは明白だし、無理な連続使用で魂も限界近いのだろう。


「うおっえ……!」

「げっ!? 何吐いてんだよ!」


 胃液だけの嘔吐に仲間であるはずの男は憤慨し、俯く少女を容赦なく蹴り飛ばした。


 ────心が冷え切る。

 人を人と見ていない目。私を追ってきた理由も予想の通りみたいだ。


「ウィロ、討ちこぼしたらよろしく。

 あ、女の子以外ね」

『お、おう?』


 私の声音に戸惑いを見せるけど、素直に飛び出せる体勢を取る。


 やると決めた以上躊躇わない。

 敵は三人。ウィロという保険はあるけど一人たりとも逃してはいけない。

 枝葉が邪魔だけど目視できている。距離の優位性は十分だ。深く深呼吸して魔力を呼ぶ。


 私の魔術は本物に比べて手間がかかるし、その分時間も掛かるし非効率だ。

 代わりにこんなことができる。


「ふっ!」


 術式回路を目前に形成。間髪入れず魔力を詰め込む。

 中空に描かれた魔術回路がゆっくり崩壊するのもお構いなしに、詰め込む魔力をどんどん〈魔撃〉に変換していく。

 その結果は────


「がっ!?」

「なっ!ぎっ!?」

「ッ──」


 血の花が咲く。

 十数発の〈魔撃〉が頭上から降り注ぎ、男たちの頭を、肩を、ハラワタを、抉って貫いた。

 上半身の形を忘れた三つの死体が地面に転がる。その音に気づいた従師が顔を上げた先には赤い水たまりができていた。


「ヒィ……」


 その惨劇に遅れて気づいた少女が引きつった悲鳴を上げるが、動きは鈍い。

 過ぎた疲労が反射的な恐怖や驚愕すら表現させないらしい。


『俺、いらなかったな』

「外周の探索者だからこんなものね」


 騎士鎧や騎士術を使われると魔物と同様に初級魔術はなんの痛痒を与えることなくかき消されてしまうが、そのどちらも持たない彼らに不意打ちを防ぐ術は無かった。こちらを認識していたら無意識の騎士術もどきで多少は見た目の良い死体になっていたかもだけど。


『どうするんだ?』

「放って行きたいけど、そうもいかないよね」


 自衛という目的もあったとはいえ、私の行為は公に許容されるものではない無い。傍目には一方的な殺戮をしただけだ。

 だから私の関与を知られないまま去りたいけど、立つのも辛そうな状態の子を残していけば魔物の餌食だし、無事帰ることができても別の探索者が彼女を利用するだろう。

 それに感情任せの殺人を彼女に背負わせてしまう可能性もある。


「ウィロ、降りるよ」

『おう』


 再びウィロに体を固定すると、自分でやったら足の骨折で済めば良いなの高さをあっという間に降りる。着地の衝撃は見事に緩和してくれた。


「ヒッ?!」

「この子、私の仲間だから」


 突然展開した惨劇を背景に登場した魔物に顔面を恐怖に乗っ取られた少女は逃げようと身を翻すけど、足腰が立たず、胸を打つように滑り倒れた。


「あ、あ、」

「とりあえず落ち着こうね?」

「……」


 ふらっと頭が傾いて、動かなくなる。


『セラ。死んだ?』

「死んでないわよ。

 ……疲労が限界だったのかしら」


 見上げるウィロから視線を逸らしつつ私は足元まで流れてきた血を避ける。魔物相手の戦闘って味方側以外は出血しないのよね。


「言い含めないとダメだし、起きるまで待つかな」

『待つの? 遊んできて良い?』

「いいわ。核は拾ってきてね」

『わかった!』


 迷いなく外輪方向に走り出したウィロを見送り、私は倒れた女の子を〈見えざる手〉で抱えた。流石に血と死体に囲まれた上に外輪でのんびり待つ気はない。外周まで移動しよう。

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