第11話
「おい、ジェスター」
「なんだ?」
「セラとかいうヤツ、お前んトコのだろ?」
辺境最大の酒場。夜な夜な刹那を生きる探索者が集う場所。
その片隅で杯を傾けていたジェスターは仲間に問われて眉間に皺を寄せる。
「どのセラだ?
うちのって言われても、いっぱいいるからな」
「女の魔術師だよ。学園帰りとか」
学園と聞いて「ああ」と呟く。確か前回の調査隊が連れて行った数人の中にセラ───セラキスとかいうのがいた。
孤児院に顔を出したら子供たちは土産を期待して集まるのに、滅多に顔を見せなかったから逆に記憶に引っかかった。ただ、ろくに話したことも無いのでどんな子だったかは分からない。
「それが?」
「なんか、昨日、すげえ数の核を持ち帰ったらしいんだよ。外周のらしいけど」
『学園帰り』ってことはわざわざ辺境に帰ってきたのか? と目を瞬かせる。騎士になるか魔術師になるかは偉い人の判断だが、学校に行ったならそのまま軍人になるのが常だ。その方が安定して稼げるし、成果を出せば良い立場で安全な暮らしを手に入れられる。
何らかの理由があって軍人にならないとしても、こんな辺境までまず戻ってこない。
「……確かまだ卒業するほど経ってないはずだけど」
何か問題を起こして追放された? いや、逃げた?
犯罪者なら正規の辺境軍が駐屯するここには来ないか。犯罪者の情報は定期的に更新されているとジャックに聞いたことがある。
ただ……少なくとも問題を起こすような子ではなったはずだと記憶を掘り起こしていく。
「お前、誘えよ」
「誘えって?」
「魔術師だぞ?」
そうだ、魔術師だ。真っ先に注視すべきことに今更思い至って思考を切り替える。
「核を持ち帰っているんだから、なり損ないってこともないだろ?
他の奴らも狙ってるらしいぜ」
「なら、抜け駆けしたら恨まれないか?」
「だからお前だろ?
シスタさんに文句言う奴なんかいねぇよ」
母さんに頼まれて探索者希望の孤児の探索者体験や戦闘訓練をすることもある。今回もその延長と言えば道理は通る。理屈でない感情はどうにもならないが。
「母さんに話を聞いてみるけど、絶対じゃないからな?」
「いや、今回ばかりは何とかしろよ」
強い調子で言われて口を噤む。
探索者になって五年。それだけの期間五体満足で生き残っているなら辺境探索者の中でも中級から古参の端っこに数えられる。しかし現実として詰みあげた実績を思い返せば葡萄酒の渋みも強く感じた。
未だに『外輪』止まり。生活費を稼いだ上である程度孤児院に金を入れるくらいは稼いでいるが、俺の評価は母さんの威光も加わってきつい物ばかりだ。
シスタ母さんは俺の実母だ。
他の孤児院の子供たちも『母さん』と呼ぶから、そのことを知らない奴も居るが、酒と娼婦と噂話くらいしか娯楽の無い辺境ではそれでも多くのヤツらが知っている。特に親父の形見という良い装備を貰ったから新人の時に悪目立ちしていた。
母さんの威光や卒院者の先輩探索者のお陰で直接的な嫌がらせはないが、未だに実力でその陰から抜け出せていないことに歯噛みする日々を送っている。
仕方ない。何度そうため息をついたか。
どれだけ頑張っても魔術師でも騎士でもない戦士は魔物に対する決定打を持たない。武術や身体能力で何とかできる範囲は限られていて、例え天下一の剣士でも内輪の魔物を仕留めるのは難しい。母さんが騎士と見紛う戦士であったがために俺に掛かる色眼鏡は濃いが、五年の活動の中で何かが目覚める気配はない。
そんな俺と仲間が前へ進むためには魔術師の獲得というのは分かりやすい手段だった。
「……そうだな。家に顔を出してくるよ」
「頼んだぜ!」
この辺境域外は中央からの距離で外周、外輪、内輪、奥、心奥と分けて呼称している。明確な境界を示す線があるわけではないが、出現する魔物の強さを基にいつしかそう呼称されるようになった。これまで立ち入った探索者や軍人が様々な印を残しており、これを覚えるのも辺境域外で生き残るには必要なことだ。
俺たちが普段探索しているのは外輪部分。新人と言えない者の中では末席に近いと言わざるを得ない。一応内輪の魔物も討伐できるまでになったが、俺たちの実力では損耗の方が多く、正直割に合わない。
俺は残った葡萄酒を飲み干し、席を立つ。
やると決めたら急がないといけない。盗み聞きをしていただろう周囲の視線を断ち切って酒場を出た。
「魔術師か……」
喧騒から離れ、夜道を歩きながら呟き、母さんから受けた説明を思い出す。
魔物は桶の水のようなものだそうだ。心奥に近づくほどにその水の量は増えていく。俺たちはその水に剣や槍を突き立てて必死に水を掻き出し、魔物の形を維持できないところまで水を減らすことで討伐を為す。
しかし魔術や騎士術は色付き水を叩きつけ、水を汚す。汚された範囲が大きくなれば魔物は自分の水の色を保てずに消滅する。効率の差は歴然だ。
騎士術も魔術も持たず、必死に水をかき混ぜる俺たちは『戦士』と呼ばれている。
そんな『戦士』が不格好にも魔物と戦えているのは、魔術師に限らず全ての人間は魔力を持っており、正しい方法でないにしろ『騎士術』モドキを使っているかららしい。天才────母さんの様に戦士でありながら騎士と遜色ない威力にまで高める人も居るが、酒場で管を巻く探索者に母さんに匹敵するような人は居ない。当然だ。それだけの魔力量があるなら国の兵隊に抜擢されて探索者になっていない。辺境上位の探索者は攻撃を上手く避け、効率の良い水の掻き出し方で俺たちより稼いでいるに過ぎない。
……母さんが例外過ぎる……
こんな特別を持たない俺たちでも騎士剣を手に入れれば、騎士術を使えなくても効率が劇的に上がるらしい。
騎士団に納品できない欠陥品か、何かしらの事情で流出した中古品だが騎士剣は騎士でなくても入手可能だ。しかし目が飛び出る程高価なのは当然として、入手後も維持費や修繕費が冗談の様に掛かると聞く。
俺の知る限りの探索者に騎士剣持ちはいない。やはり割に合わないのだろう。一応それなりに貯蓄はあるが、購入の機会があるかも不明だし、機会に恵まれても二の足を踏むのが現状だった。
そんな『戦士』の葛藤を嘲笑うように『魔術師』は無手で魔物を狩る。
騎士剣でなくても武具に金が掛かる俺たちを他所に、見えない場所の魔物を見つけ、一方的に蹂躙するのだ。『戦士』は『魔術師』の盾になるのが本業と言われるのも無理からぬことだった。
「セラ? あの子なら出て行ったよ?」
色々な思いを抱えて戻った実家で母さんに問えば、返ってきたのは無慈悲でそっけない回答だった。
「え!?」
「なんだい? 五日ばかり前から居たってのに、今更勧誘かい?」
土産を期待したガキたちを適当にあしらった後、意を決して母さんにセラのことを切り出したら答えがこれだ。
「小さな家を買ったからそっちに移ったよ」
「はぁ!? もう家持ちかよ?」
「なにさ、あんただってその気になれば可能だろ?」
家持ちは探索者にとって一つの目標だ。宿代が掛からないという安易な話ではなく、町の住人として納税の義務が発生するし、維持管理にもお金が掛かる。それでも家を持つのなら、それを苦としない稼ぎか貯蓄がある証左だ。
「家を買うなんて普通は探索者を辞めるかどうかって頃合いだろ。母さんだって引退まで宿暮らしじゃなかったか?」
「まぁね。あの子は一人でやるみたいだから、宿は使いたくないのは仕方ないよ」
「女が一人で? 騎士じゃなくて魔術師なんだろ?」
魔物も人も一方的に蹂躙する魔術師だが、その距離をゼロに詰められれば人並みだ。若い女一人なら宿を利用するリスクは分からないでもないが……
「魔術師ならいくら強くても前衛は必須だろ?」
「普通はね。ああ、仲間はいるよ」
「え? 一人って……」
「一人と一匹。あの子、獣魔操師になったみたいでね」
「なんだそりゃ?」
使っている武器や戦い方で剣士や槍士などを自称する者もいるが、そんな職は聞き覚えが無いし、どんなものか想像も付かない。
「魔術の代わりに魔物を扱う魔術師だよ。
あたしも初めて見たね」
「魔物同士で戦わせるのか?」
「そうみたいだね」
意外過ぎるが実際その術で稼いでいるなら、見当違い、期待外れと言うのはおこがましい。
情けないと思いつつも母に言葉を向けた。
「魔術師が欲しいんだよ。
なんとかならないか?」
「……一人に拘って苦労しているなら無理言っても任せるんだけど、成果を出しているからね。今は強引な真似はやめておきなさいな。
いずれ限界を覚えたら仲間を求めるだろうし、その時には改めて勧めるよ」
理論立てた答えに反論は思いつかない。少なくとも母さんはセラが一人でやれると認めている。
「……他の奴らも狙ってるって話だから、気をつけるようにも言っておいてくれ」
真っ当な勧誘なら止める権利はないが、荒くれ揃いの探索者だ。手篭めにして従わせようと考える輩は少なくない。その結果産み捨てられた子供達と接しているからこそ、負け惜しみのようだが俺はそう言わざるを得なかった。
「……」
「母さん?」
「……ああ、勿論真っ先に注意したわよ」
母親の奇妙な反応は気になるが、そろそろ宿に戻って寝ないと明日に響く。
仲間になんと言おうかと重い気持ちを引きずりつつ、俺は席を立つのだった。
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