一章 辺境の操魔獣師
第10話
「さて」
域外にやってきた私はやる気十分なウィロに笑みを送り、気を引き締めて正面を見据える。
ここには王も先生も潜んでいるけど滅多なことでは干渉してこないだろう。いざとなったら何かしてくれるかもしれないけど……見限られないように、しかし無理せず経験と収入を稼いでいきたいと思う。
「行こう。魔物を見つけたら教えてね」
『倒せばいいのか?』
「まずは私にやらせて?」
『わかった!』
踏み出す。
最初の一歩。初めて域外に踏み込んだわけではないけれども緊張で体が重い。けれどもこの緊張は忘れないでいよう。
『油断した人から域外に消えていく』
いろんな域外活動の手記で異口同音に記された言葉。我が身にいつ降りかかるかわからないいつも真横で手ぐすねを引く現実だ。
道なき道を暫く歩くとウィロがピクリと頭を跳ねて歩みを緩めた。直ぐに私の〈魔力探知〉にも反応あり。ウィロの方が私よりも感知範囲が広いらしい。ちょっと悔しい。
『倒す?』
「やらせて」
『はぁい』
初めての敵となる魔物をしっかりと捕捉する。
距離は歩いて三十数える程度。
「ふっ」
初級魔術の〈魔撃〉
魔力を圧縮して打ち出すだけの初級魔術。魔術師でない人間なら頭が果物を叩いたみたいに割れるのだけど、相手は魔物だ。
『効いてないよ?』
「だよね」
初級魔術では魔物に通用しない。当たり前の事実の確認。特にこの〈魔撃〉では最弱の魔物相手でも小動もしない。折角の不意打ちなのに相手に自分の場所を知らせる結果に終わった。
まあ、そうなるなと思っての行動だし距離の優位性はまだ保たれている。
『やっていい?』
「もう一回ね」
学園では誰にも見せなかった手段。
作り出した〈魔撃〉を保持してそこに魔力を追加注入する。
多分他の魔術師が魔力を視認できたなら、目を剥いて止めるか逃げるだろう。いつ弾けて自身を粉砕してもおかしく無い危険な行為だった。
名前をつけるなら〈増撃〉かな?
最初から中級魔術が使えれば全く価値のない曲芸。代案として試行錯誤し、成立させてしまったそれを繰り返した練習の通りに完成させる。
完成まで四つ数える程の時間。魔物は半分以上の距離を詰めてきている。
茂み越しに睨み据え─────発射。
先ほどと変わらない一撃と侮ったか。姿を直視できないそれは、外殻を撃ち抜かれると解けて消えた。
『おー?
同じ攻撃に見えたのに、何が違うんだ?』
「込める力を増やしたのよ」
水に水を掛けても意味はないけど、杯の水を桶の水で押し流すことはできる。理屈は単純だけど通常の魔術ではあり得ない、構築の時間も消費する魔力も無駄に掛かるばかりの危険な手。無駄に多い魔力を扱えるから成立させられた力技だった。
「外周程度の敵ならこれでも通用するね」
『オレにも効く?』
「無理かな」
多分効かない。少し痛いで終わる気がする。
所詮これは力任せの誤魔化し。より強い相手をどうにかするには、どうしても初級と中級の境となる二工程目が不可欠になる。
「強いのが来たらウィロが頼りだよ」
『まかせろー』
やる気を見せるウィロに微笑み掛けて、〈魔力探知〉での周囲警戒を再開。
次の魔物は探知範囲内に居ない。外周を辿るように歩き始める。
先の手応え。〈増撃〉を生み出した理由に連鎖して、先生から預かった手紙を想起した。
先生が退学時に残すようにと渡された手紙には「未熟」と書いていたそうだ。こんな曲芸が必要な私に向けたようにも感じたけど、部屋に残したのだから学園に向けた言葉なのは間違いない。
では何を指して未熟としたか。
『私の圧倒的な魔力量』と、『私が初級魔術すら正しく発動をさせていないことに気付かなかった』点かな。学園を始めとする教練所が優秀な兵隊の募集と教育のためにあるのに、魔術師としては欠陥品でも従師として比類ない活躍ができる私を放逐したのは明らかな失敗だ。自惚れも良いところだけど第四騎士団のお墨付きです。
ただ……学園で学んだ身として仕方ないと思う。だって私の魔術の使い方は先生が書いた基礎論に載っていない。私だって学園だけで魔術を学んでいたらこんな魔術モドキがあるなんてきっと考えもしない。しかし先生的には「基礎論から先に進めていない」証左で減点対象、と。
魔力量にしても測定器を用いない手段は未だに開発されていない。〈魔力探知〉では魔力を持つ対象の位置を特定できるだけで保有魔力を量ることができないし、私も団長さんに指摘されて以来、測定器での検査は手加減していた。出力で量るのでなく、保有魔力そのものを量れるなら隠しようもなかったのだけど、測定器に流すだけならいくらでも調整可能だ。
……まぁ、私は〈魔力探知〉である程度、相手や魔物の保有魔力量が推測できていたりする。膨大な魔力量があるのを良いことに息をするように〈魔力探知〉をしていたら、感覚を掴んだだけなので、他の人に真似しろなんて間違っても言えない。
次の魔物を捉えた。
ウィロがソワソワしたので任せたら矢のような速度で走っていき、あっさり魔物を倒して戻ってきた。
余りにもあっさりで心強いけど、ちょっと凹む。
すぐに次を捕捉。次は私の番と中空に再び術式回路を描く。
魔術とは────保有魔力を触媒に周囲の魔力を収集。体内に見えざる術式回路を形成。そこに魔力を通すことで加工し、放出する技術を指す。
つまり……今、私がやっているように大気中に回路を構築して魔力を押し込み、放つ行為は厳密に魔術と定義されるのか怪しい。でも今の私にはこれしかない。再びの〈増撃〉は一方的に魔物を貫いた。
中級魔術とは二工程の術式回路を経て構築させる物だけど、私が成し得るこの手法では一工程────初級魔術の成立から先に進めていない。だから退学となったわけで……
明かしてしまえば私は『初級魔術の習得』という一年次の進級条件も厳密には満たしていなかったのである。これに気付かなかったのも学園の未熟さかと問われれば私は沈黙を選ぶ。
結果として何もかもが先生の予言通りに進み、私は退学。
学園は先生の一方的な試験にゼロ点を叩き出し、未熟の文字を突き付けられた。
全く集中できていないなと今更に反省しつつ、魔物の核となった骨の欠片を拾い上げる。
「こんなものかぁ」
『ダメなのか?』
「ダメじゃないけどね」
立派な収入源なので大事に仕舞う。
ただ、掌に握り込めるような大きさでは杖の材料には余りにも遠い。
……まぁ、元々期待はしていないけど。だってここは域外の端も端だ。外周程度の核でなんとかなるなら学園で杖を完成させている。
「この辺りのだと、この程度って確認しただけ」
『もっと奥に行くか?』
恐らく、内輪に踏み込んでようやく望みの物が手に入るかもしれないと私は考えていた。この辺境の最上位集団くらいしか踏み込まない領域。いくら私が魔術師の真似事ができ、ウィロが想像より遥かに強くても気軽に足を踏み入れて良い場所ではない。戦力がどうであれ、帰還までの距離が長くなるのは間違いないのだから。
「数日はこの辺りで慣らさせて。ウィロには退屈かもだけど」
『セラと一緒は楽しいよ?』
学園じゃつまらない人間としか言われなかったんだけど、魔物と人間で感性が違うのかな。
この後ウィロと交互に二十数匹を撃破して私たちは街に戻った。
その結果、母さんからは「無理はするんじゃないよ?」と嗜められた。むしろウィロのおかげで全く危なげない成果だったのだけど、過剰すぎる戦果だったようだ。
次回以降は少し加減することにしよう。
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