第6話

「セラ!」


 私は域外の間引きを行う騎士団遠征の小間使いに参加し、色々と経験を積ませてもらった。その経験と自己研鑽の結果、奇襲への対応力は相当な物と自負している。

 自負しているのだけど。


「もがっ!」

「あんた、元気そうじゃないかい!

 手紙の一つも出さないで本当に!」


 私の反射神経と身体能力をあっさり超越して、目の前が覆いつくされ、全身が物凄い圧迫感に包まれた。いくら街中で〈魔力探知〉に色々な物が引っかかって精度が落ちていたにしてもこの人は本当に────


「も、もがっ!」

「母さん、その人死んじゃうよ?」

「───────」

「ああ? あ、」


 圧倒的腕力の締め付けに意識が飛びそうになる直前に近くにいた子が止めてくれて圧力が和らぐ。圧死するかと思った。


「ああ、ごめんね! つい!」

「けほっ。あ、あ、うん。大丈夫、なんとか」


 バツの悪そうにしつつも暖かく微笑むこの四十がらみの大柄な女性が孤児院の院長のシスタ母さんだ。

 元探索者で引退後に院長に就いたと聞いている。引退理由は子供ができたからで、その際に一人も二人も変わらないと老齢の前院長から孤児院を継いだという。かつては有名な女傑だったそうで、倉庫にはキチンと手入れをされている両刃斧があるのは子供たちの公然の秘密。今の私でも隠れられるそれを片手で振るっていたというのだから……再会と別れがセットにならなくて良かった。


「えっと、ただいま。戻ってきちゃいました」

「お帰り。

 ……帰省って感じじゃないね」

「……うん。説明するね」


 私の表情から事情をある程度察した母さんは、一緒にいた子に言伝をして院長室に私を誘導する。

 応接室の役割を主とするその部屋には執務机の他に質素な対面テーブルがあり、私達は向かい合って座った。


「で、何があったんだい?」

「ここを出るときに言った通りになっただけだよ」


 母さんに嘘を吐くのだけは耐えられなくて、私は出発の前夜、母さんにだけ『予言』の内容を伝えていた。勿論そうならないように頑張ると言ったが、母さんはその予言の出どころも聞かずに「あんたの人生だ。精一杯やんな」とだけ言ってくれた。


「そうかい。

 辛い思いをしただろ」

「覚悟の上だし、ちゃんと……『精一杯やってきた』から。

 それより学園との関係は大丈夫?」

「そこは気にするところじゃないよ。国だって承知の上で集めているんだ」


 各地の辺境を輜重隊と回る調査員は各地の孤児院などを巡って適正のある子どもを集めている。別に私が唯一の退学者ではないのは事実で、最初の振り分け試験で見込みなしと切り捨てられた生徒もいた。王都出身者や貴族なら帰る家もあるけれども各地から集められた一般人は戻っても期待させた分、無駄飯喰らいと蔑まれるのは明白の為、国としては送り返す手はずを整えているにも拘らず、逃げてスラムに身をやつす子も少なくない。

 

 私は入学資格試験を高得点で突破し、初級魔術習得をあっさり達成したのに、中級魔術を一つも覚えられずに退学となった珍しい例だ。魔術師にとっての難関は入学資格である魔力の有無と、初級魔術の発動。そして三つも使えれば宮廷魔術師入りできるとされる上級魔術を習得すること。

 ファスト魔術学園の入学基準に達する保有魔力がありながら私の様に中級魔術で躓く子は単純に不勉強、努力不足とされている。今頃傲慢だ怠惰だと中傷されていることだろう。二年次中期に中級魔術を一つも習得できていない時点で空気みたいな扱いだったから、最早話題にすら上がっていないかもしれない。


「それでこれからどうするんだい?」

「探索者になります」

「でも二年は勉強してきたんだろ?

 商店で家庭教師もできるんじゃないかい?」

「ごめんね母さん。でも、一旦はそうしたいの」

「魔術師1人でかい?

 流石にそれは容認できないよ?」

「そこはなんとかするよ。当てはあるし」

「ウチの子の隊かい?」


 ここを巣立って探索者をやっている人はそれなりにいる。というか、ジャック兄さんが珍しい例で孤児に回せるまっとうな職は殆どない。そうなれば探索者か荷運びなどの単純労務。あとは娼館くらいしか行き場は無い。孤児院を出た半分以上は他の町に職を求めて旅立っていくけど、どれだけの卒院者が上手く生活できているかは分からない。


「まぁ、魔術師ならどこも大歓迎だろうさ」

「あー」


 でも何処かに加わるつもりはない。単独で探索者をするなんて自殺行為甚だしいのだけど、私にも事情があり、安易に仲間を集うわけにはいかなかった。すでにあっちは勘づいている。


「言えないことかい?」

「許可をもらったら言うよ」

「……まぁ、アンタの判断に任せるよ。気安く聞いちゃいけない気がするね」


 流石歴戦の探索者。予言の時と同じ反応だった。

 明日無事に帰ってくるかもわからない探索者稼業を五体満足無事に引退できたのは実力もさることながら、良い直感を持っていたからだろう。


「それで家はどうするんだい?

 あんたみたいな子をドラクスの所にやるわけには行かないよ」


 『ドラクスの所』とは探索者御用達の宿だ。宿の名前はなんだっけか。

 重要なのは治安がすこぶる悪い点。酒の匂いが染み着くほど連日連夜深夜まで酒盛りをしているし、夜這い朝駆けも珍しくないらしい。


「空き家買うつもり。それくらいのお金は用意したから」

「だったら近くに一軒良いところがあるよ。あたしが交渉してあげる」

「……よろしくお願いします」


 決まるまではここに泊まっても良いとまで言ってくれた。下手に遠慮しても良いことはない。私だってまともに休めない環境で探索者をしたいとも思わないし。


 相応の宿代は受け取ってもらう点だけは強く申し出て受け入れてもらった。


 さて、日があるうちに、そして勝手に飛び込んでこないためにも、もう一つの挨拶先に向かおう。

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