第4話

 一ヵ月掛けて到着した辿り着いた故郷は変わらず色彩を欠いていた。

 辺境にしては人口二百人程と、ここに至るまでに通過した町の中でも大きな方ではあるのだけど、そもそも町の在り方が全く異なっている。

 ここは境界線の防壁。境界を維持する兵士と、それを支える住民のために生まれた街だ。


 街をぐるりと囲む立派な石壁。その上から顔を出し、見える大きな建物は辺境軍の拠点だ。私も普通に卒業していたら軍人としてここに派遣されていたのかもしれない。

 街の周囲には王都を除いた他の町で見た農園が見当たらない。いつ魔物が飛び出してくるかわからないここでは壁の外を気安く歩けないからだ。国内で最も大きな域外に接する防壁の街を私は二年ぶりに見上げた。


「……ただいま」


 街を前にした私はとりあえずそう呟いてみて、何か違うと苦笑する。


 私は孤児だ。


 私の父は恐らく探索者。母は探索者か娼婦だと思う。つまり詳しく知らない。孤児院に居る子はだいたいそうなので、自分もそうと思っている。

 だから実は他の町の生まれで、商人や探索者が捨てていった可能性もある。何食わぬ顔をして町で生きている可能性も……色々気まずすぎるのでそれは無いでほしい。名乗り出てこられても親と思わないけど。


 卒院して探索者になり、ある程度稼げるようになった人たちが寄付をしてくれるから、他人が思うより酷い生活はしていなかった。それに年に一回、学園の調査団がついでにやってきて魔術に適正のある子を貰い……買っていく。そのお金も大きな収入源らしい。果たして買われた私が送り返されるという汚点は今後どのくらい影響があるのか。

 まぁ、軍人になれる才能があるなら身分に目を瞑り、かき集めるしかないのが今の国の在り方だ。理由は様々だろうけど、放逐されたのも私が初めてでもないだろう。


「顔を見せろ」


 魔物対策にぐるり街を囲む石壁の切れ目。三つある入り口の一つで私は衛兵にそう要求される。


「あー……女か? 見慣れないヤツだな。目的は?」

「孤児院出身で、探索者として戻ってきました」

「孤児院の? おーい、ジャック」

「はい? なんですか先輩?」

「こいつ知ってるか?」


 衛兵に呼ばれて傍の詰所から出てきたのは、簡素な皮鎧を着慣れていない、私とそう歳の変わらない青年だった。


「ジャック兄ちゃん、衛兵になったんだ」

「ん? ……あ、セラか? お前、なんで?」

「あはは、才能ないって追い出されちゃった」


 渋面を作ったのは孤児院への影響を懸念したのか、それとも学園に怒ってくれたのか。私の二つくらい年上で私がここを出る前に孤児院を出た青年は、言語化できない思いで口をしばらくもごもごと動かし、飲み込むと先輩と呼んだ衛兵に向き直った。


「こいつは学園に連れて行かれたヤツです」

「魔術師様か!」

「落ちこぼれですけど」

「でも、全く使えないわけじゃないんだろ?」

「ええ、まぁ、探索者やろうって思うくらいには」


 先輩衛兵さんに苦笑いで応じる姿をジャック兄ちゃんがポカンと見ている。

 あー、そうだ。ここを出る前の私は滅多なことで口を開かなかった。

 口を利く相手なんて本当に僅か。

 けれどもお貴族様だらけの学園で無視なんてできない。愛想笑いと回りくどく曖昧な受け答えが無駄に鍛えられたと思う。


「なるほど。とりあえず手配書の類も出てないようだし、通っていいぞ。

 シスタさんにちゃんと挨拶しとけ」

「ありがとうございます」


 王都や周辺の街では街に入るのにお金を取られたけどここは違う。犯罪者でなく稼ぎがあれば人手は大歓迎の土地だ。犯罪者であっても手配書付きでなければ態々捕まえに行かない場所でもある。


「シスタ母さんにちゃんと説明しろよ」

「うん。先に挨拶に行くよ」


 孤児院の院長を私たちは「母さん」と呼んでいた。年上を「兄ちゃん」「姉ちゃん」と呼び、協力して暮らしていた。口数は少なくても仕事はきちんとしていた。

 そこから急に引っ張り出され、無造作に投げ返されたことに母さんは何と言うだろうか。


「ンな顔するな。母さんだぞ?」

「うん」


 そのやり取りを温かい目で見つめる先輩さんに頭を下げて、私は記憶と少し違う街へと足を踏み出した。

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