第20話

ヒルツ大尉西へ・外伝長谷川巌の妻

長谷川巌(マライヒちゃん)は大戦終結後、後進も育ってきたので、陸軍を除隊した。「老兵は去りゆくのみ」その一言を残して。

政界に出馬するのでは?との憶測が飛び交ったが結果は違った。

除隊後、家族を皆引き連れ温泉旅行を行った。こんなことは初めてだ、皆喜んだ。妻の静江は特にはしゃいだ。


楽しい旅行から帰った翌日、沐浴し「しばらく床の間に誰も近づかないよう妻に伝えた。彼女はその言葉通り従った、子供たちは皆巣立ち広い屋敷は気が抜けたように静まり返っている


巌腹を切り全てを清算するつもりだ。

腹をくつろげ「黒田吉兼」作の短刀を腹に当てた瞬間

ピシャッ!

開け放たれた向こうに静江が仁王立ちに立っている

「何をなさろうとしているのですか」

「近ずくなと言っただろう、向こうに行きなさい」

「あなたは、勝手です。一度たりとも家庭を顧みず、ご自分の好きなことをしていらっしゃいました。外に女を作り家に帰るのも月に数度、子供達と遊ぶこともしない。

あなたのお仕事が普通ではない。そう思い今まで何も言いませんでした。

それでも、私にはいつも高価できれいな服や着物を買い与えて下さいました。

わたしに選ばせることも無く、ご自分のお好みで。最初の頃はあなたのせめてもの償いだと思い嬉しく感じたものです。

だけど・・・私は見てしまったのです。夜中にそっと鏡の前でわたしの着物をはおり、とても寂しく声も出さずに笑ったあなたを。

わたしは悟りました。あなたが本当に愛していたのはご自分の中の「女」

それからの私の苦しみをあなたはご存じない。」

「・・・・」

「あなたは勝手な人です!この家はわたしが守り育んだ私の城です!

この家をあなたの血で汚すことは絶対に許しません!手切れ金置いてさっさと出ていけー!よそで野垂れ死にしろー!

わたしはその金で贅沢をします!好きな服を買い!お友達と温泉に行ったり!生まれてくる孫たちと楽しく遊んで暮らすんだー!」


「今すぐこっから出ていけ~!わ~~~~~~~~」


巌は泣きじゃくる妻の薄い肩を抱いてやる事も、優しい言葉をかけることも出来なかった。


「分かった。この家の権利書、当座の金を置いていく。それでしばらくはしのげるだろう。今後金を造りしだい届ける、お前たちが楽できる金額を約束する。離婚届は判を押して郵送する、着替えは使いの者に取りに行かせる。」


巌が障子を閉めたとき、静江の鳴き声はさらに大きくなった。


http://www.youtube.com/watch?v=Xa0Jl71N7ag

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