変なオス

 パパもママも遅いな……


 小屋の前の石に腰掛けてお花畑の絵を描いていたが、二枚ほど描き終わってもまだ二人の姿は見えない。


 朝「用事があるから、森の外れに行ってくる」と言って歩いて行ったけど、あれからかなり時間が経っている。

 もしかして、途中で何かあったんじゃ……

 急に胸が苦しくなってきた。


 そうだ。

 この森は安全だと二人は言っていて、実際今まで怖いモンスターには会ったこと無かったけど、本当にそうなんだろうか?

 もしかしたらたまたま運が良かっただけなんじゃ……


 そう思うと居ても立っても居られなくなり、森の奥へと駈けだした。

 背中を冷や汗が伝い、視線が泳いでいるのが分かる。

 普段は心地よい鳥のさえずりや木々のさざめきも、不吉な物に感じられる。

 私は酷く動揺していたのだろう。

 視界は極度に狭まり、目の前の一点しか見えていなかった。

 その結果。


「キャッ!」


 森の道の横が崖になっていることに気付かなかった私は、そちらに足を踏み外してしまったのだ。

 バランスを崩した私は倒れ込んでいく方が崖であること。そしてそれがかなりの深さであることを絶望的な気持ちで理解した。


 パパ……ママ。


 だが、次の瞬間。

 私の腕が掴まれる感触を感じると共に、勢いよく引きよせられた。

 視界がグルグル回った後、私は地面に倒れ込んだ。


 一体……何が。


 呆然としている私の耳に何かグニャグニャした変な音が飛び込んできた。


 これは……言葉?


 でもこんな耳障りな音聞いたこと無い。

 そちらの方にゆっくりと目を向けた私は……


(!!)


 それを見た途端、全身が固まってしまった。

 そこには私と同じ醜い化け物が居たのだ。


 オスだろうか。

 パッチリとした大きい緑色の目にスッと通る低い鼻。薄い唇。

 そして頭の上には私よりずっと短いが、同じく馬の尻尾のような赤い毛。

 その化け物は赤い見たことの無い不思議な輝きを放つ防具を身につけていた。


(私と……同じ)


 まさか自分みたいな醜い生き物が他にもいるなんて。

 そのオスはまた何がグニャグニャした音を口から発している。

 でも……似てるけど違う生き物なんだ。

 あんな音聞いたこと無い。


「何か……しゃべってるの?」


 思わず声に出してしまった。

 するとそのオスは不思議そうな表情を浮かべると、一人で小さく頷くと再び口を開いた。


「君、なんでゴブリン語をしゃべってるの?」

「えっ!聞こえた……」

「今、俺もゴブリン語で話してるからね」

「え、じゃあ今までの変な音は」

「あれはヒューマン……人間の言葉。正確にはシャドラーゼと言う国の言葉だけど、まぁほぼ共通語だからヒューマンの言語と言っても問題ないだろ」

「ニンゲン……」


 そうつぶやいた私の脳裏に以前読んであまりに醜い登場人物だったため塗りつぶした本の絵が思い出された。

 あれもこの人と同じだった……


「そう、君と同じニンゲンだよ。ただ、なんで君がゴブリンなんかの言葉を……イタッ! ちょっ……いきなり人の頭叩くなよ」

「ゴブリンは『なんか』じゃない! パパやママを馬鹿にするな! あんたみたいな醜い顔の生き物に言われたくない」


 失礼なオスは泣きそうな笑い顔で言った。


「ショック……俺、結構モテるのに」

「嘘でしょ!? 私やあなたがモテるわけ無いじゃない。こんな醜い顔が……」

「醜い? それこそ嘘だろ。君、鏡見たことある?   かなり美人だと思うけど」


 私はその言葉に一気に顔が赤くなった。

 美人。

 そんな事、物心ついてから一度も言われたこと無い。

 こんな顔で……



「う、嘘ばっか。あたまにこんな変なたてがみはあるし、鼻も低いし、目だって……」


 冷ややかに言ったつもりだったけど、知らず知らずのうちに声がうわずっている。


 あれ? 私……喜んでる!?


 パパやママを馬鹿にしてる変なオスなんかの言葉に。

 そうだ……パパ、ママ。


 ハッと我に返った私は血の気が引くのを感じた。

 こんな事してる場合じゃ無い。


「私……こんな事してる場合じゃ無い!どいて!早く行かないと」

「行くってどこに?」

「パパとママを探しに! まだ帰ってきてないの。二人とも足が悪いからそう長く歩けないはずなのに、遅すぎるの!」

「それは悪かった。知らなかったとは言え。どこに行くんだ?良かったら近くに馬をつないでるから乗せていこうか」

「え? ……本当に?」

「もちろん。ここで会ったのお何かの縁だろう。それに、さっきの言葉の意味ももうちょっと聞きたいし」


 私はすぐに返事が出来なかった。

 このオス……本当に大丈夫なんだろうか?

 外見で判断したくないが、醜くて醜悪な顔をしている。

 それに会ったばかりでこんな提案をするなんて、あまりに都合良く進みすぎてる気がする。

 オスは私が怪しんでいると察したのか、ニッコリと笑うと言った。


「なるほど、流石に馬鹿じゃ無いね。でも信じてくれ。俺は君に何かしようなんて思ってない。さっきの話しだと、ゴブリンと君はかなり深い関係性があるらしい。とても興味が沸いた。それを聞きたいから対価として君を目的地まで乗せようって言うんだ。それじゃ信じられないか?」


 私はまだ迷っていたが、現状私一人じゃさっきみたいに時間ばかりかかって、どんなトラブルがあるか分からない。

 それに、オスの助けがあれば何かあったときにも心強い。

 何より、パパやママが心配だ。

 一刻も早く駆けつけたい。

 私は決めた。彼の力を借りよう。


「分かった。お願いする」

「よし! 決まりだな。じゃあ場所を教えてくれ」

「え?」


 そうだ。場所。

 沈黙した私にオスはキョトンとした顔を浮かべた。


「え? まさか君、場所も知らずに走ってたのか」

「……」


 私はすっかり混乱して俯いた。

 そうだ。二人がどこに向かったんだろう。

 それが分からないと探しに行けない。

 でも、もしかしたら。


「もしかしたらあそこかも知れない」


 そう言うと私はオスにみんなの居る坑道の事を話した。


「なるほど。そこでゴブリンはコミュニティを作ってるんだな。了解。じゃあそこまで案内よろしく」

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