大事な宝物

 二人はじっと俯いて黙っていたが、私をじっと見て言った。


「リエル……可愛い。娘。お前、ゴブリンだ。オイラたちと一緒」

「……ホント?」


 私はポツリとつぶやく。

 正しい答えを求めているわけじゃ無い。

 ただ「そうだよ」と言って欲しい。

 パパとママは深く頷いた。


「本当よ」


 私はホッとした。

 良かった。やっぱり私は化け物なんかじゃ無い。

 ただ……ちょっと他のみんなより醜いだけなんだ。

 本当は以前鉱山で見たの女の子の様にキュッとした切れ長の目やツンと鋭く尖った鼻が羨ましい。

 あんなに魅力的な容姿ならきっと幸せなんだろうな……


「せっかくリエル、肉買ってきた。母さん、これでシチュー、食べる」

「そうね。ほら、リエル。その服も洗う。早く脱ぐ」


 そう言って私の服を脱がせようと手をかけたママが、服の中の干し芋を見つけた。


「これは、なに?」


 そうだ、干し芋。

 一生懸命守ったつもりだったが、やはりあの臭い実の汁をかなり浴びたらしい。

 すっかり汚れて臭くなっていた。


「ずっと前、森で出会った人が私の絵を買ってくれたの。その人がくれたお金があったから買おうとしたんだけど、嫌がられて。でもお芋はくれたんだ。でも、こんなに汚れちゃった。せっかくパパやママが大好きなお芋だったのに」


 二人は黙って私を見ていた。


「ゴメンね。私いつもこうだよね。いつも二人に迷惑かけて。お使いも満足に出来ないんだ……」


 話しながら今日何回目だろうか、涙が溢れてきた。

 パパやママにとって私って厄介者なんだろうか。

 以前、市場に行ったときパパとママの古くからの知り合いと名乗る、防具店のおばさんが私に言ったのだ。


(あんたのせい。ギギイとガジル、ここをでる羽目。良い奴ら。あんた厄介者。あんた拾ったせい。魔物。あんたは)


 魔物……確かにそうだ。

 私は魔物なんだ。

 大好きな人たちに災厄をもたらす。


 パパとママはしばらく黙っていたが、やがて静かに首を振った。


「お前賢い。オイラ賢くない。でも、お前、オイラたちにとって野ウサギの肉よりも大事」

「そうよ。ほら。美味しそうなお芋。お肉と一緒に食べる! 三人で」

「うん!」


 その夜。

 いつものように、地面に敷いた三人分の枯れ草の上でみんなで寝ていると、そっと私の額を撫でる感触がした。

 薄く目を開けるとパパだった。


「パパ……?」

「リエル。起こした。すまん」

「ううん。大丈夫。何か気持ちいいなぁ、って思って目が覚めた」


 そう言ってニッコリと笑う私にパパもニッコリと笑った。


「お前、あたま、いい。オイラたちと、違う。もっと、本、読む。もっとあたま、良くなる」

「うん。本は大好き。最近森でも中々捨てられてないのが残念だけど」

「この森の先、山、ある。そこの向こう、おっきな街、ある、聞いた。本、ある、きっと」

「でも、そこって鉱山が無いんでしょ?そんな所に生き物が住めるの?」


 そう言いながら、ふと以前読んだお話を思い出した。

 森の中のお屋敷に住んでいる女の子と王子様のお話。


 でも、その絵を見たとき、気持ち悪くて読むのがキツかったため、泥で絵を塗りつぶしながら読んだ。

 そこに書かれていたのは私と同じ化け物みたいな醜い顔の生き物だった。


 こんな醜い顔でお姫様と王子なんて馬鹿にしている、と腹が立ったが文字を読んでいるだけでも面白かったし、お話そのものは楽しかったので、坑道で見た格好いいゴブリンを思い浮かべて読んでいた。


 この森の向こう。

 鉱山でも無いよく分からない世界に私と同じ醜い生き物が住んでいる。

 そこなら私も化け物とか言われないのかな……

 パパは私のおでこや頬を優しく撫でていた。


「お前、拾った。坑道の外。最初、食べよう、思った。でもなぜか、美味しそうじゃなかった。可愛い、見えた。育てた。もっと可愛い。しゃべった。もっと可愛い。笑った。もっと可愛い。石炭より大事」

「私も……二人の娘で良かった」

「いつか、おまえを、大好きなゴブリン、いる。お前、幸せ、なる」

「頑張る。もっと色々しゃべれるようになって、色々分かるようになったら、私でもきっと王子様に会える。……こんな化け物みたいだけど、きっと」

「お前、ばけもの、ちがう! オイラとママ、一緒。ゴブリン!」


 パパが怒ったような顔で言った。

 しまった。また怒らせちゃった。

 パパとママはいつもは私が何をしてもニコニコしてるけど、私が自分の事を化け物と言ったときだけ、凄く怒るんだ。

 でも、それが凄く嬉しい。


「うん。ごめんなさい。もう大丈夫だよ。お昼のことは気にしてない。明日、またお使い頑張るね。今度はパッと帰ってくるから大丈夫」

「……」

「お休み。パパ」


 パパは静かに頷くと、何も言わず自分の枯れ草の敷物に戻った。

 パパが寝たのを確認すると、私はそっと起き出して小屋の裏側に行った。

 そして、泥をかぶせて隠していた一冊の本をそっと取り出す。


 その本は、パパとママに話した「二年前私の絵を買ってくれた人」からもらった物だった。

 その人はフードを目深にかぶっていたため顔が分からなかったが、ゴブリンではなさそうだったので最初は怖かった。

 まさか化け物? 食べられるのでは? と思ったから。

 でも、その人はとても優しくて、ゴブリンの言葉もしゃべれたので私は安心した。

 言葉がしゃべれるなら、きっと種類の違うゴブリンだろうから。


 その人は私を悲しそうな目で見ると、突然私に一冊の本を「絵のお礼です」と言って渡してきたのだ。

「いつか役に立ちますように。可哀想な姫」とよく分からないことを言いながら。


 何となくパパやママが怖がるような気がして、この本だけは二人に内緒にしてこうやって隠している。

 そこにはよく分からない文字が書かれていて、中身も意味の分からない文字ばかりだったが、とても気持ちの良い皮の様な手触りと美しい色合いの表紙と、古いけど高級そうな紙で出来ているため、その手触りや色を楽しみながら書かれてある意味不明な言葉をそのまま口に出すのがその日以来密かな楽しみだった。

 まるで歌みたいで楽しい。


 いつか……もっと賢くなったら、この本が何なのか分かるようになるのかな?


「エル・シャード・レ・ファイア。シェレド・ワザリブド・レ……」

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