第4話 理由
「おや、飲み物が無くなっているね。今更だがこれはアルバルムのルクトという町で作られている紅茶なんだ、美味いだろう?もう一杯入れよう」
注がれる紅茶を眺めつつ頭の中を整理する。魔法に関してはまあ良い。使えるというのならその時が来れば分かるだろう。あれだけ最もらしい説明もされて実演もされたのだ。今となっては特に疑う気もない。そんな事より気になるのは...。
と、一人神妙な顔をして考え込んでいると男が笑う。
「ふふっ。続きが気になって仕方がないというような顔だね。ではここからは先程の続きと私が君に頼みたい事、つまり此方の世界に呼んだ理由を話していこうか」
カップを受け取り男に向き直る。
「繰り返しになってしまうが、君の遠い祖先は神と人との間に生を受けた事で神と同等の力を持つイレギュラーな存在になってしまった。気高い彼等は、その力を他者の為に使う事こそ是としていたんだ。国同士が争えば神の如き魔法を以てして戦乱を収めたし、他でも常にその力を人々の生活の為に惜しみなく使っていたんだが...。まあ当然というか、人の身でありながらも規格外の力を持った彼等を妬み、疎ましく思う人間も少なからず居たのさ」
言いながら苦虫を嚙み潰したような顔をした男は、姿勢を正し真剣な顔で此方を見つめる。
「といってもそれは極一部の者達だったみたいだし、特に何かをされる訳でもないから、我々の祖先も危険視はしていなかったんだろうね...。そんな頃合い、祖先の中から魔法を一切使えなくなってしまう者達が出てきた。その原因は想像も出来ない程の強力な呪い。治癒や解呪等のあらゆる魔法、道具を片っ端から試したみたいだが改善は見られなかった」
「神と同等の魔法なんだろ?それでも治せないなんてあるのか?」
「そこなんだよね。今も尚根本的な対処法や誰がそれを行使したのかさえ分からないまま。犠牲を用いてとてつもない規模の外法を使ったのか、それともどこかしらの神によるものなのか...。詳細は省くが、無力になってしまった彼等のその後は一転して悲惨なものだったと伝えられている。何人もの同胞が不当な扱いにより命を落としていく中で、彼等は死に物狂いで現状からの脱却を試みたんだが...、その末に編み出された手法の一つが、世界を渡る魔法だった」
「世界を渡る...俺がここに来た時のあれか?」
「あれもその一つだね。彼等は寵愛を受けた神の力を借り、世界渡りの魔法を完成させた。不思議なことに世界を渡れば呪いの効力は減衰し、その事に気付いた祖先は幾つもの世界を渡り歩いた。そしてそれに比例して呪いも弱まる。そうして行き着いた世界の一つがここ、『アルバルム』だ」
「……話が壮大過ぎて何が何やら。それで、その世界の一つに地球もあったって事か?」
だとしたら父や母、妹も俺と同じで異世界人の血を引いてるのだろうか。
「そうだね。そしてこれは伝えるべきか迷ったんだけれど…、まあいずれ知る事だから伝えておこうか。結論から言うと君と君以外の家族、ご両親と妹さんとは血が繋がっていない」
「……ちょっと待ってくれ。このタイミングで嘘や冗談を言ってる訳じゃないのは分かる。なら俺の本当の親はどこに行ったんだ?まさか俺は捨てられたのか?」
混乱した俺が最もな疑問を放つ、すると男はニコリと優しく笑う。
「私は君の本当のご両親と面識があってね、彼等が地球へと渡る際に協力した仲だ。その私が断言しよう、君は捨てられた訳じゃあない」
正直あったこともない肉親に会いたいかどうかと言われれば複雑な所だ。居場所がわかっているなら会いに行ってもいいかなと思うし、分からないのであればそれまでだとも思っている。しかし何故そうなったのか、理由くらいは知りたいと思う。
「じゃあ何故?」
「祖先がアルバルムへ逃れて長い間、彼等は呪いの効力が殆ど及ばず、尚且つ比較的平和なこの世界に腰を降ろし定住し続けてきた。しかしここ100年位かな、またしても呪いの影響が色濃く出てくる者達がポツポツと増え始めた。当然君の両親も例外ではなかった。彼等はこのまま逃げ続けても同じ事の繰り返しなのかと、諦めの色が見え始めていたその時、今度は何者かが彼等を襲撃してきたんだ。結果、呪いにより無力になっていた彼等の多くが死んでいく事になってしまった」
「……それでどうなったんだ?」
「君の御両親を含め何とか逃げ出せた者達も居た。しかし逃げども逃げどもどこからともなく奴らは追いかけてくる。そんな逼迫した状況の中で私と君の御両親は出会ったんだ。二人は私の顔を見るなり、君だけでも別の世界へと行かせられないかと頼み込んできた。君を別の世界へ連れて行ったところで、奴等の手が及ぶ可能性は大いにあるし、安全だなんて保障は微塵も無かったんだけれど、一緒に行動して親子共々命を落とすよりはマシだと、君が地球で無事生きていけることに賭けた訳だ。結果として君は大きく成長し、今私の目の前に居る」
「なあ、今更過ぎるんだが、そもそもあんたは何者なんだ?話を聞いててもあんただけは何か立ち位置が違うというか...上手く言えないけど違和感があるんだが」
仲間が必死になって逃げているというのに、目の前の男は当時何をしていたんだろうか?別の世界へ行く手段があったのにこの世界に留まっている所も良く分からない。
「立ち位置が違う、か。言い得て妙だが今は君の先輩...とだけ言っておこうかな。今後再び会う事があったのなら、その時は包み隠さず教えよう。それまでの楽しみにしておいてくれ」
言えない理由があるのか、それとも遊ばれているだけなのか。ここまで話して自身の事を隠すのには少し違和感を覚えたが、しつこく聞いても同じだろうと思い引き下がる。
「とまあそういった経緯があって、私は君の御両親を地球へと送り届けた。そしてその後は君も察しているだろう。具体的にどういうやり取りがあったのか迄は把握していないが、君は地球のご家族へと託され、二人はアルバルムへ引き返した」
「二人は、俺の親はもう...?」
「申し訳ない。私はある程度同胞達の様子を遠視出来るんだけど、この地で派手に探るとすればそれは敵に居場所を教える事になりかねない。私自身は勿論最悪の場合は彼等の位置も...ね。だから君の御両親に関しては全く分からないというのが正直なところだ」
「そっか...分かった、ありがとう。会えないなら会えないでいい、今更あっても気まずいだけかもしれないし...、もしかして今日ここに連れてこられたのは、本当の両親を探すかどうかとか、そういった話なのか?」
今の今まで何の為に連れてこられたのか、男の口からははっきりと言われていない。この話の為に呼び出されたのだろうか。
「それもあるんだが、ここ数年で事情が変わって来てしまってね、まあまずはコレ。この指輪を着けてみてくれるかい?サイズは自動的に調整されるから左右どちらのどの指でも構わない」
手渡されたのはエメラルドグリーン、というのだろうか?綺麗な緑色をした指輪である。どこでもいいと言われたのでとりあえず右手の人差し指に着けてみた。
「……ん!?、何だこれ...体が熱いっ......!」
着けると同時、全身が異様な程発熱し、体内で火が燃え盛るかの様な感覚を覚える。あまりの痛みと熱さに倒れこんだ俺は、助けを求めて男の方を見るがニコニコと笑うだけで何かしてくれそうな気配はない。
時間にして数分だろうか...、その間ずっと悶え苦しんでいた俺は疲れ果てて地面に突っ伏していた。
「落ち着いてきたかい?騙した訳ではなので許し欲しい」
俺は男に抱き上げられ椅子に座らされる。
「辛かったろう。だが苦しんだだけの意味はあったようだね」
そう言い、手元に水鏡を作りだした男は俺の正面へそれを持ってきた。
「は...?これ、俺?」
ペタペタと顔を触ってみる。俺の意思通りに触れられているその顔は俺自身のもので間違い無いようだ。昔良く見ていたあの頃の面影がある気もする。
「これ...これ、俺の顔で間違いないんだよな?」
「紛れもなく君自身だよ。中々ハンサムな顔立ちじゃないか、特に父君に良く似ているよ」
「父親に...」
「説明してもいいかな?放っておいたら一日中鏡を見ていそうな勢いだ」
「あ、ああ。申し訳ない」
スッと消えていく水鏡に名残惜しさを覚えつつも、確かめる様に顔を触っては以前との感触の違いに嬉しさが込み上げてくる。
「今の君の姿は本来の君自身。以前唐突に倒れたことがあっただろう、恐らくその時に掛けられていた呪いをその指輪、それを用いて一時的に中和させてもらった。外せば元通りになってしまうので無くさないようにしておくれよ。それは私がやっとの思いで作り上げた唯一無二の傑作でもあるんだ」
「俺にも呪いが?」
「おかしいと思わなかったかい?君があれだけ努力していても何の改善もみられなかったその体」
言われてみれば確かにそうだ。家族をはじめ周囲の人間も俺自身も、『そういうものなんだ』と思い込んでいた様にも思う。これも呪いの効果というのだろうか。
「奴らの力は今まさに地球にまでその手を伸ばし始めている。今も尚あの地へ逃れた同胞、その子孫たちが苦しめられているんだ。お陰様で私も迂闊にあちらの様子を見る事ができなくなってきた。長い事引っ張ってしまったが、君を呼んだ理由はまさにこの事に関わってくる」
俺に何が出来るのかという気持ちはある。しかし俺にしか出来ないことがあるのなら...いや、違うな。本音を言えばちょっとワクワクしてしまっている。ここまで話を聞いてきて、指輪を通してこの体で魔法を実感できた事から少し調子に乗っているのかもしれない。正直今ならどんな頼みでも二つ返事で了承してしまいそうだ。
「単刀直入に言おう。君には地球やアルバルム、更にはこれ以外の世界へと赴き同胞達の保護、可能であれば彼等が安心して定住できる様な安寧の地を探し出してほしい」
......思っていた以上に壮大なお願いが来てしまった。
「そんな事が自分に出来るのかと、そう思っている様な顔だね」
「というより、話がデカすぎて現実味がない。かな」
各地に居る人々を探すだけでも途方もない事だろうし、もし襲われるような事があれば命が幾つあっても足りないかもしれない。そもそも只の高校生が日本ですらない見知らぬ土地、異世界でやっていけるとも思えない。
「気負う必要は無い。確かに無茶を言っている自覚はあるんだけど、私は君自身が前向きに楽しめる事こそが大切だと思っている。焦らなくていい、ゆっくり出来る範囲でいい、折角剣も魔法も思うが儘の世界に来れたんだ、試しにここアルバルムで冒険をしてみてほしいんだ」
「そういう事なら、まあ...分かった。俺に何が出来るのかは分からないけど、それでもいいならやってみたい」
ワクワクしているのも事実なんだ。とりあえずでいいのならやってようという気持ちにもなる。
「ありがとう。断られたら記憶を消したうえで指輪も没収しなければいけなかったからね。あの反応を見た後にそれは流石の私も心苦しい」
ニコニコしながら思ってもいなさそうな事を言ってくれる。
「むしろ最初からそれを言ってくれたら断るなんて選択肢は無かったよ」
「こういう事は本人が能動的に決断する事に意味がある。脅すのは簡単だけれどそれじゃあ駄目さ。じゃあ早速で悪いけど冒険の準備を始めよう。君の決意が揺れないうちにね」
言うが早いか男は早速何かを空中から取り出し始める。
「その服じゃこっちでは目立つからまずは着替えが必要だね。後は...」
着替えさせられ、簡単な説明を受ける。
「その指輪は呪いに対する効果だけじゃなく、様々な魔法や知識を詰め込んである。例を挙げるとすればまずは言語や通貨だね。世界を渡り歩く私たちにとって、それらはどうしても大きな壁となった。故にそれは君の祖先達の知識の結晶とも言える代物だ」
胃が痛くなってくる様な話だ。俺以前にどれくらいの人達が居たのかはわからないが、彼等の培ってきたものの全てが俺の指に委ねられている。
その後は現地の人達がどういった生活をしているのか、比較的平和とは言え日本に比べれば治安が悪い、等といった現地の基本的な説明が続けられていく。
因みに旅の目的にも関わってくる俺と同じ一族の人達、彼等は大体銀髪で近付けば指輪が反応するとの事。俺は滅茶苦茶黒髪なんだが...、銀髪とかちょっと憧れる。
「さて、じゃあお待ちかねの魔法、と言いたい所なんだけど、これ関しては習うより慣れろ、だね。大気をはじめとした土や砂、木々や水、自然にあるものに対して『こうなれ』と強くイメージしてみるといい。思った通りに動かせるようになれば基本はオーケーだ。先程も説明したが魔力とは本来『創造する力』であるという事を忘れないでくれ」
「忘れる前に聞いておきたいんだけど、日本へはどうやって帰るんだ?」
「先程言った魔法の基本をマスターしてもらう必要がある。ある程度魔力を操れるようになったらその指輪に魔力を流して念じてみるといい。そうすればあちらへの扉が開く」
それまでは帰れないという事か。これから未知の世界を一人で旅するんだ、せめて家族には一言掛けておきかったが仕方ない。
(少しでも早くマスターするしかないな...)
「気持ちの整理はついたかい?そうそう、渡した鞄の中には資金も入っている。自由に使ってくれて構わないが、困ったときにはいつでも稼げるよう働き口を見つけておく事をお勧めするよ」
「ああ、わかった。何から何まで...その、ありがたい」
「いいのさ。有無を言わさずここへ連れてきた挙句、無茶を言っているのは此方だ。これから君は少なくともこの世界や地球で、本来なら経験し得ない様々な事を経験すると思う。そしてその果てに得られる物もたくさんあるだろう。富も名声も、そしてそれらに付随する全ての物は好きにするといい。存分に冒険を楽しんでくれ。但し異性との火遊びは程々にね。私はそれで地獄を見たよ」
「あんた結構遊んでたのかよ...、まあモテそうではあるけど」
「ふふっ、私だって男さ。魅力的な異性には弱いものだよ、この期に及んで女性関係で命を落とす同胞なんて見たくないからね。さあ、外への扉を開けよう」
男が指を鳴らすと同時、目の前の空間に穴が開き外の景色が見えてくる。恐らくアルバルムの景色だろう。ここへ足を踏み出したら最後、この先は一人で考え、決断し行動するしか無い。だがそう悪い事ばかりでも無い筈だ。
「我等の愛しき同胞『渡 継命』君、君の冒険に良き出会い、良き経験がある事を、私はこの地で祈り続けている。また会おう」
―決意も新たに、俺は一歩を踏み出した―
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