第2話 異界への扉

 夏休み初日。早速母の実家へと帰省していた俺は妹と一緒に納屋の掃除をさせられていた。


「ちょっと兄貴!そこの箱とか怪しいから一回持ち上げて」


「はいはい。てか去年バル〇ン焚いたんだろ?ブラッ〇キャップもあちこちにあるし、流石に今年は大丈夫だと思うけど」


「いいから全部ちゃんと見て!あいつ等が居ないっていう確実な安心感を得るまでは手伝わないから……って、ぎゃあああ!?クモ!クモ!!」


「蜘蛛くらいなら箒で追い出してやるから落ち着けって」


 トラウマにより感覚が研ぎ澄まされているのか、先程から妹ばかりが虫を見つけては大騒ぎしている。


「もうやだあああ......。なんで私ばっかり虫と目が合うの?」


「今までだってそれくらいのは居たろ。気にしすぎるから目に入るんだ」


 グズり始めてしまったので諦めて掃除に戻る。気の毒だが放置しておいた方がこの苦行と虫から早く解放されるだろう。


「兄貴が来た時だけ出てこないとかあいつら許せない」


 何やら妹が理不尽な事を言い出したが、それを尻目に淡々と埃を掃き進めていく。

積み上げられた何かの箱を動かし、掃いてはまた戻しを繰り返していると、奥の方に見慣れない色の箱を見つけた。ここにあるものは婆ちゃんが使わなくなった古物ばかりな為基本的には色も剥げており埃塗れなのだが...。その箱は艶のある赤で着色されており大して埃も被っていない。明らかにここ最近納屋に置かれたような状態だがそれにしてはおかしな場所に置いてある。


(間違えたにしてもこんな奥に態々しまっておくか…?)


 俺はどうしても中身が気になってしまいその箱を開けてみた。

中には木彫りの像の様な物が入っていたのだが、どうにも異様な見た目をしている。

丸鏡とそれを持った人間、しかし人間の表情は苦悶に歪んでおり不気味なくらいリアルで、髪や肌のシワなどどうやって掘ったのか想像もつかないレベルである。


「なあ琴命。これなんだと思う?」


「なに。あいつらの死骸でも見つけたの...ってうわぁ気持ち悪」


「これ結構奥の方にあったんだけど、去年もあったか?」


「あの日はそこまで掃除できてないし、そんな目立つ箱見た記憶もないけど。てか怖いから早く仕舞ってよ」


 何故ここにあるのかも気になるが、一体誰が何の目的でこの木彫り像を作ったのか。一通り掃除を終えて婆ちゃんに聞いてみたが記憶に無いとの事だった。




 深夜、俺は寝室まで不気味な木彫り像を持ち出しスマホで出所を突き止めようとしていた。


 写真を撮ってみて画像検索も試したりしたが、残念ながら似たような物は見つからない。だが一つ、気のせいかもしれないが分かったことがある。この木彫り像が近くにある時は噓の様に体が軽くなり頭の靄もすっきりとするのだ。

 

 これを常に持っていればこの体も改善できるかもしれない。他人から見れば最早スピリチュアルやオカルトに傾倒する痛い奴に見えるだろう。しかしその程度の事でこの状況を変えられるのなら...、そう思えば思うほど手放す気にはなれなかった。


 日も昇り始めた頃、久々に頭が冴えているせいで眠気が全く来なかった俺は、相変わらず木彫り像を片手にスマホで時間を潰していた。

 

 やる事が無くなって来たので朝食まで何をしようかと考えていた時、木彫り像が淡く光っている事に気付く。


「え?光ってる?」


『一定量の純魔力が補填されました。アルバルムへの扉を使用できます』


「は?」


 確かに聞こえた声は明らかに手元の木彫り像から発せられたものだった。


「アルバルムと扉?てかこれおもちゃか何かだったのか?」


 中に電池でも入っているのだろうか


『私はこの簡易扉を任された門番です。おもちゃではありません』


 ……話が通じている。


「その扉っていうのは何だ?」


『この扉は異界アルバルムへと通じる魔方陣が込められたものです。この魔法はアルバルムにある私の対となる門番へと繋がっております』


「異界?そんな所が本当にあったとして、誰が何のためにこの世界と繋げたんだ」


『申し訳ございませんが、私の中にはその問いに対する詳細な答えは入っておりません。私から言えるのは、この扉は適性のある者以外には反応せず、私を作成した方はその者をアルバルムへ呼ぶ為に私を作りました。そして恐らくその者があなたの事なのだと思われます』


 手に余るとはこの事だろうか。言っている事の意味は分かるが何故俺がアルバルムとかいう異界へ呼ばれなければいけないのか、行ったとして帰すつもりはあるのか、提示された答え以上に幾つもの疑問が積み上がる。


『そしてお悩みのところ申し訳ありませんが、私の仕事は適性のある者をアルバルムへと連れていく事ですので、あなたに拒否するという選択肢は与えられません』


「は?ちょ、ちょっと待ってくれ!いきなりそれは無茶苦茶過ぎるだろ!」


『扉の解放を開始します。逃走などの行為をされた場合、周囲への被害が甚大になりますのでご注意ください』


 どうやら問答無用で俺を拉致するつもりらしい木彫り像は、眩しく光ると同時に手に持っていた丸鏡を巨大化させる。あ、これはヤバいと感じた俺は一目散に出口へと走り出した...がその瞬間、鏡の中へと吹く強烈な風に足を取られ咄嗟に家具にしがみ付く。


「ちょっと兄貴!さっきから声がうるさ…え?何あれ」


「琴命!こっちに来るな!巻き込まれるぞ!」


「え?何に?」


『心配無用です。あなたが過度に抵抗した場合を除き、基本的には他者が巻き込まれない様になっております』


「変な所で親切設計にしやがって...!」


「この声あの鏡から聞こえてるの?てか兄貴その状態どうなって...」


 布団の上には巨大な丸鏡、そしてそこに吸い込まんと俺にだけ吹く暴風、それを廊下から見ている妹。あの木彫り像の言葉が正しいとすれば、俺が逃げれば逃げるほど俺と鏡の間にある物や人に影響があるという事だろうか。だとすれば腹立たしい事に本当に諦める以外の選択肢はないのかもしれない。


「琴命!あの鏡の言う事が本当なら、ちょっと遠くに連れてかれるみたいだけど悪いようにはされないはずだ。だから父さんや母さんにも心配ないって伝えておいてくれ」


「は?え?どういう事!?」


 根拠は無いが心配させたくもないので今はそれらしいことを伝えておくしか出来ない。妹は酷く混乱しているが俺自身説明できるだけの情報も時間もないので上手く説明してくれることを祈っておく。


「じゃあ琴命!説明頼んだぞ!」


「ちょ、兄貴いいいいい!?」


 鏡に吸い込まれていくその一瞬、泣きそうになりながら此方を追いかける妹が見えた。

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