世界渡航 ~現実と異世界を自由に行き来出来るようになりました~
酒丸
第1話 日常
終業式が終わり、他クラスの生徒が帰路へと向かう中、俺のクラスでは早めの席替えをしていた。
「うわ、俺渡の隣だわついてねー」
「あたしなんか渡の前だし、プリント回さなきゃいけないじゃん」
「桜庭とかと変わってもらう?アイツなら断らないでしょ」
俺の席は窓際の一番後ろ。教卓から一番遠い最後列な上景色も見れる教室内の特等席なのだが、このクラスに限っては俺専用の指定席になってしまっている。
クラス内で腫物扱いを受けている俺だが、一度ど真ん中の席になった際周囲が何とも言えない空気になってしまった。そんな状態を見て気を利かせてくれたのか、はたまた面倒だからか、以降は当然の様にこの席で固定である。
因みに話題に出ていた桜庭というクラスメイトは背が低く気も弱いので度々面倒事を押し付けられている女生徒だ。二人一組や複数人でグループを組む時等は当然の様に俺と組まされる。そんな関係だが話したことは特にないので別に仲が良い訳ではない。
「席順はこれで決まりだ、勝手に変えるなよー」
「まじかよケチだなー」
「新学期から席を間違えない様、今の間に私物等も移動させておくように。それが終わり次第帰宅して良し」
新たな席で各々が談笑を始める中、移動なしの俺は当然何を持ち運ぶ事も無いのでそそくさと帰り支度をして帰る事にした。
帰りの電車で一人寛いでいると、あまり見たくない顔を見てしまう。かつては毎日の様に遊んでいた幼馴染達だ。
俺と後一人を除いて皆同じ高校へ進学したらしいが、高校進学より以前に会話や連絡も途絶えてしまったので家族の噂話程度でしか現状を把握できていない。しかしそんな関係になっても一応は『幼馴染』な訳で、家の近所や通学時に不意に出会ってしまう事もある。
「お、渚いたいた。今日は雫の家で勉強会だけどどうする?」
「あんた達良く毎日勉強出来んね。あたしはバイトあるからパスしとく」
「渚のバイトって大体8時までだっけ。ならそのまま鍋パするつもりだし来なよ」
「マジ?それなら行かせてもらうけど、何時までいるの?」
「今日は雫の親父さん達帰らないみたいだし、そのまま泊まるつもり」
「そ。ならあたしもそのつもりで行こっかな」
「オッケー。彰も後から来るし、久々じゃね?俺ら『全員』集まるの」
『全員』。彼等の中では俺は既に縁が切れた人間として割り切られているのだろう。不意に聞こえてきたその言葉に胸のあたりがズキりと痛む。あの時俺にもう少し勇気があったなら俺もあの場に加われていたのだろうか……。そんな胸中など知るはずも無く、彼らはその後も夏休みの予定を楽し気に話し合っていた。
最寄り駅へ着いた俺は彼らを避けるよう遠回りして帰宅すると、いつもより少しばかり遅く帰宅した俺を母が出迎えてくれた。
「ただいま」
「おかえりなさい継命。今日も走りに行くの?」
「うん。」
「今日はちょっと贅沢してステーキにするから、継命もたまには一緒に食べたら?」
「……ごめん。一回サボるとズルズル引きずりそうで嫌なんだよ。明日から暫く出来ないし」
折角の提案を無下にするようで心苦しいが、これだけはサボる訳にはいかない。
準備をするべく二階の自室へとランニングウェアを取りに向かう。妹は帰宅しているみたいだが、自室で電話でもしているのか廊下まで笑い声が聞こえてきた。
着替え終わった俺は脱衣所へ行き鏡を見ながら自分を奮い立たせる。
「今日もブッサイクだな俺......」
ニキビだらけの顔にガサガサの髪、腫れぼったい目に頬が膨らんではっきりとしない輪郭。決して不摂生をしている訳ではないし、むしろ人よりも運動して食事に気を使い健康的な生活をしている。だというのにこの不細工な顔は全く改善されず日に日に酷くなっている様にすら思う。
中学に上がって初めての夏休み。妹も交えて幼馴染と遊んでいた俺は、自転車に乗り隣町へ移動している最中に猛烈な眩暈に襲われた。
俺はそのまま病院へ搬送され、恐らく熱中症だろうという事で暫くは自宅で大人しくしていたのだが、その日を境に俺の体に異変が起きた。
肌は日に日に汚く、まるで中年のような艶の無い髪、体重も増え頭は常に靄がかかった様で何に対してもやる気が湧かない。流石にこれは何かの病気じゃないかと複数の病院で精密検査を受けたが、返ってきたのは異常なしという結果のみ。
その後は無気力から中学生にしてニート同然の夏休み生活を送っていた俺は、結局残りの休み期間中家から出る事も無く、夏休み明け初日に感じた周囲の俺への変化に絶望した。
どこか引き攣った笑みを浮かべる幼馴染やクラスメイト。暫くは以前の様に接してくれていたがあまりの居た堪れなさに自ら距離を取ってしまい、以降は現在のような関係に落ち着いてしまった。
二つ下の妹も俺に対しては少し冷たくなってしまったが、幸いにも父と母は変わらずに俺を心配してくれている。そんな二人に迷惑だけは掛けまいとの一心で生活を見直し、容姿を改善するべく体に鞭を打ってでも汗を流し、下がり続ける成績を何とか維持して現在の高校へ進学も出来た。両親が居なければとっくに心折れていただろう。
「う、兄貴か」
「ん?ああ琴命。風呂入るのか、悪いもう出る」
「別に急いでないからいいけど......。あっそういえば兄貴、今年はおばあちゃん家来てよね。あたし一人で納屋の掃除とか無理だから」
「ああ、行くよ。」
「ふんっ、なら良いけど。それじゃあたしシャワー浴びるから早くしてよね」
夏休みも初日だが、ウチの家族はお盆を避けて実家に帰省する。まずは母方の実家に行くのだが、そこで毎年綺麗好きな婆ちゃんの為に納屋の掃除をさせられるのだ。因みに年末は納屋以外を徹底的にやらされる。
去年は成績やトレーニングの為に行かなかったのだが、その年に限ってゴキブリが大量発生したらしく妹にトラウマを植え付けたようだ。
「暫く走れない分今日は限界までやるか」
一向に改善されない不細工な自身を鏡越しに睨みつけ、俺は思いも新たに夕暮れの街へ走り出した。
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