第11話 可視

 葵と向日葵は別々の救急車で病院に搬送された。前代未聞の全車両脱線転覆事故による死傷者は3割程度の乗車率だったが優に200名を超えていた。搬送先の病院は神奈川県と東京都区内で12カ所に及んだ。

 幸い葵は脳震盪と左腕に軽傷を負っただけだったので、手当が終わるとすぐに向日葵を探すために病院を後にした。事故後の大混乱で入院先の確認は困難を極めた。葵は直接搬送先の病院を当たることにした。

 脱線箇所に一番近いのは追浜駅だった。葵はこの場所から搬送された可能性のある救急病院に片っ端から電話をかけた。総合病院湘南病院、横浜南共済病院、神奈川県済生会若草病院、金沢病院、金沢文庫病院には搬送されていなかった。

 葵は搬送先リストにはなかったが、念のため自衛隊横須賀病院に電話をかけてみた。入院患者の確認に時間がかかったが、確かに向日葵の名前があることが分かった。事故現場から遠く、リストにも載っていない横須賀の病院になぜ搬送されたのか謎だった。

 電車は事故のため、不通になっていた。手持ち金は二千円しかなかった。バスを乗り継ぐことも考えたが、時間がかかり過ぎる。追浜駅に近いところで放置自転車のステッカーが貼ってある自転車が葵の目に入った。辺りに人目が無いことを確認すると黄色のステッカーを破り捨て、鍵を壊すと錆びついた自転車で飛び乗り走り出した。

 葵はすぐにギアの調子が悪いのと後輪のタイヤ空気圧が足りないことに気がついた。空気を入れる必要があるが、盗難自転車として通報されるのが恐かった。

「警察官がやって来る。今すぐ左折して」突然、耳元で聞き覚えのある声がした。

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