第8話 伊東巡査
「葵君、着替えてきなさい」葵の震えは少しも収まらなかった。それはずぶ濡れになった服のせいでは無かった。あの嵐のような雷雨はいつの間にか去っていた。嵐の痕跡は地面に残った水溜まりだけだった。あのおぞましい遺体はシートに包まれて救急車に運び込まれた。葵は伊東巡査の声にうながされて、おぼつかない足取りで着替えのために家に戻った。
着替えの最中に向日葵が帰って来た。向日葵は葵の無事を確認するとへなへなと畳の上に座り込んでしまった。顔にうっすらと血の気が戻ってくると伊東巡査が待っているわよとぽつりと言った。着替えを終えた葵が食事用のテーブルがある部屋に顔を出すと伊東巡査と顔面蒼白の岡田先生が待っていた。
「少しは落ち着いたかい」伊東巡査は現場を一目見て、熊に襲われたのでないと確信した。最初の事件の時、熊狩りを指示した上司の判断は間違っていた。
「亡くなったのは誰ですか」葵は不謹慎だとは思ったが、地面に倒れた女性を見た時に岡田先生でなくて本当に良かったと思った。
「事務の山田さんです。急な職員会議で遅くなりそうだったのを帰り道だからと山田さんが代わりに課題を届けてくれることになったの」岡田先生の目からはこらえていた涙がこぼれ落ちた。
「君の見た物を話してくれ」葵は伊東巡査の質問に以前と同じ答えしか持っていなかった。
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