第7話 恐怖の再来

 山狩りで熊が射殺されると事件のことは話題にならなくなった。葵と伊東巡査だけはこの平穏が長くは続かない予感があった。思っていた以上に怪我の回復が遅かったため、葵はこの1週間家から一歩も出ていなかった。

 岡田先生は週毎の課題を家まで届けてくれた。葵は学校は嫌いだったが、勉強が嫌いなわけではなかった。岡田先生に誉めてもらおうと葵は課題に熱心に取り組んだ。レポートを書き上げた葵は岡田先生が訪ねてくるのを待っていた。

 その日は午前中の晴天が嘘のように午後になると雨が降り始めた。午後3時を過ぎると雨音がはっきり聞こえるほどの土砂降りになった。葵は玄関の引き戸を開けると先生が来るはずの方向を見た。その時、続けざまに稲光が走った。

 一瞬明るくなった空はどす黒い雲に覆われていた。赤い傘をさした女性が歩いてくるのが見えた。葵はどす黒い雲の中を怪しく動く物を発見して、激しく動揺した。なぜならそれが大楠山で感じた恐怖と同じものだったからだ。

「岡田先生」大声で叫ぶと同時に葵は土砂降りの雨の中を駆け出した。逃げて、逃げてと連呼したが、凄まじい雨音と雷鳴に消されて、声は届いていなかった。葵と赤い傘との間が数メートルに縮まった時、葵の声に気が付いて赤い傘が前方に持ち上がった。ベージュのレインコートを身に纏った女性の顔が見えた。

 その雨に濡れた白い顔に浮かんだ笑みが一瞬にして恐怖に凍りついた。首筋に赤い線が浮かび上がった。噴き出す鮮血を止めようと喉元に持ち上げようとした両手は赤い傘と一緒に足元の水溜まりに落ちた。後ろ向きに倒れた女性は岡田先生ではなかった。

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