第5話 恐怖の始まり
葵は寒さに震えながら目を覚ました。身体中が激しく痛んだ。白いシャツと紺色のズボンはあちこちが鋭利な刃物で切られたように裂けていた。あの土砂降りの中で見た光景は現実だったのだろうか。水平線に夕陽が沈みかけていた。
葵はズボンのポケットからハンカチを取り出すと泥だらけの顔を拭った。泥には血が混ざっていた。枕がわりにしているショルダーバッグが足元に転がっていた。ショルダーバッグを肩にかけると葵はよろよろと歩き始めた。帰宅するまでの時間は普段の倍以上かかった。帰りの遅い葵を心配して、家の前で待っていた向日葵は葵の変わり果てた姿を見て声を上げた。
「一体、どうしたの。喧嘩でもしたの」「喧嘩なんかしていないよ」そう言うと葵は向日葵の腕の中で再び意識を失った。
葵が目を覚ましたのは翌日の午後だった。左腕には包帯が巻かれていた。右手で絆創膏が貼ってある額を触ってみた。鈍い痛みが走った。
「葵、心配したのよ」目を覚ましたことに気が付いた母親が部屋に入って来た。そして、驚いたことは岡田先生が続いたことだった。
「葵君、怪我をしたと聞いて心配したわよ」
「最初は喧嘩を疑ったけれど葵の言うとおりだったわ」葵には何のことか皆目分からなかった。
「今、この田舎町は熊狩りで大騒ぎよ。大楠山で熊に襲われた男性の死体が今朝見つかったの。葵は本当に運がいいわ」葵はやっと事態が飲み込めた。確かに向日葵に怪我のことを聞かれて、喧嘩ではないと答えたことは覚えているが、熊に襲われたと言った記憶は無かった。
葵は熊に襲われたのではないと断言することが出来たが、自分の見たものを説明することが出来なかった。
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