第3話 葵と岡田先生

 翌日、葵は母が起きる前に家を出た。辺りはまだ薄暗かった。担任の岡田先生が誰よりも早く出勤することを葵は知っていた。先生より早く学校に行き、同級生が登校する前に帰るつもりだった。

 残暑のまとわりつくような熱気で汗が背中を流れるのが分かった。人気の無い車道をライトを点灯させた自転車が近づいて来た。

「葵君、こんな所で何をしているの」葵に気がついた岡田先生が驚いて急ブレーキをかけたので、先生はバランスを崩して倒れそうになった。葵は先生が転倒しないように咄嗟に自転車を支えた。

「登校するようにと母に連絡したんですよね」

「確かに連絡はしたけどこんなに朝早くとは言ってないわよ。分かったわ。とにかく一緒に職員室まで来て」日の出前の職員室は真っ暗で先生方はまだ誰も出勤してきていなかった。

「先生はなぜ毎日朝早くから学校に来ているんですか」岡田先生は電気を無駄使いしないように机上のライトだけを点けた。

「今日の授業の準備をしているの。先生は仕事が遅いから前日にすべての準備が終わらないのよ。それよりどうして登校しないの」

「学校は僕には居づらい場所なんです。少しも楽しく無いし、友達もいません」

「葵君はとても賢いから中学校は義務教育だから、登校しなくても卒業出来ると思っているんでしょ」「違いますか」

「先生は葵君が社会に出た時に困らないように知識を身につけて、卒業してほしいの。先生からひとつ提案があります。毎週、課題を出します。それをレポートにして提出してください」

「そのレポートが出席代わりになるんですか」岡田先生は小さく頷いた。

「それじゃあ交渉成立ね。これが今週の課題です」葵の目の前に分厚いノートが置かれた。岡田先生の紅潮した顔に笑みが浮かんでいた。先生にやられたと葵は思った。


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