第六章『蛟竜蜘蛛』 前編
第60話 七〇階層へ
「——お兄ちゃん。本当に行くの……?」
そして、日曜日はあっという間にやってきた。
ゴールデンウィーク二日目。四月の最終日。
いよいよきょうが、深江駅地下ダンジョン七〇階層ボスに挑む日となった。
「どうした、ウララ。そんな不安そうな顔をして」
「不安だよ。だって七〇階層のボスだよ? 前回だってたくさんの人が死んじゃって、負けちゃったのに……。嫌な予感しかしないよ」
「あ、あ、あの、わた、わたしも行きます。み、み湊さんだけでも、まも、守りますから……!」
玄関にて、靴を履いた俺の両腕を掴んで引き止めるウララと
ステータスが拮抗しているからか、どれだけ引っ張られても両腕が抜けるようなことはなかっ——
「ぎゃああああ!? お兄ちゃんの右腕がとれたぁ!?」
「ボス戦の前にHP削るのやめてもらっていいっすか」
絶叫するウララから義手を奪い返して、俺は嵌めなおす。
「お兄ちゃんが義手なの、すっかり忘れてたよ……」
「俺も馴染みすぎてすっかり忘れてたぜ」
「あ、あた、あたしはおぼえてましたけどね……っ!」
「なにマウント取ってきてんのゆかちー。なめるよ?」
「ど、どこを……?」
「眼球裏」
「ま、マニアック……!」
「やめなさいウララ」
「だってお兄ちゃん、柚佳が……」
「何も悪いことしてないだろ」
「チッ……」
「へへ……」
親指の爪を噛む仕草をしながら柚佳を
柚佳ちゃんはヘラヘラしながらウララを見返した。
「おまえら喧嘩するなよ」
「それは柚佳次第だよ」
「べ、別に喧嘩はしてないです……。ただ」
一拍置いて、柚佳ちゃんは言った。
「快楽○ビーストの方がエロいです。そ、それは絶対です」
「いや、どうしてクッソ変態な柚佳のくせに配信限定の失○天を推さないのか疑問でしかない」
「で、電子より紙で持ってたい派だから……!」
「でも持ち運び便利でどこでも使えるんだよ!?」
「そ、そもそも、自室以外で使わない……!」
また数十分前のように、某エロ漫画雑誌のえちえち度の高さで言い争う女二人。
俺はアンスリ○ム様派なので、口を挟んだりしない。
それぞれの良さがあるからな。どちらが優れているかとか比較するのは無粋でしかない。
「ともかく、ウララは熱が下がるまでしっかり寝てるように。あまり水分出すなよ?」
「い、意味深……」
「柚佳の前で変なこと言わないでお兄ちゃん!」
「柚佳ちゃんも、ウララのこと頼んだぞ」
「は、はい……ま、任せてください」
「お兄ちゃん柚佳には甘くない?」
「普通っス」
たぶん。
「じゃあもう行くから」
「お兄ちゃん」
「ん? まだなんかあるか?」
「死なないでね」
「当たり前だ」
笑って、ウララの頭に手を乗せる。
「おまえの兄ちゃんは
最後にそれだけ言って、俺は家を出た。
負けるわけにはいかない。
俺のためにも、ウララのためにも。
*
「集まったわね。——よかった、一人くらいは逃げる奴がいてもおかしくはないと思ったけど……。みんな、ありがとう」
集合場所であるキズナ・カンパニーの事務所一階。
冒険者ギルドの様相をしたこの場に集まった四十五人の前で、
「先に言っておくわ。この中の誰かはきっと死ぬ。あなたかもしれないし、私かもしれない。もしかしたら社長が死ぬかもしれないわね。そこの新入りが真っ先に死ぬかも。それでも、誰が死んでもボスを殺すまで戦闘は続行する。まあつまり、全滅するか
世奈さんの問いかけに、隣にいた
「安心してくださいよ。女子は全員、おれが守ってやりますから!」
「おい女子だけかよー」
「ヤロウは自分でなんとかしろ!」
「女性陣のほうがレベル高いから、逆に守られる側になるかもな」
「下心丸見えでキモいから真っ先に死んでほしい」
「おれに冷たい女子は女子じゃないから絶対に守らねえ!」
四方八方から
しかし、周囲に漂っていた緊張感がわずかに解けたのは間違いなかった。
「期待してるから、椿。いざという時は頼らせてもらうわね」
「うっす!」
「それと、湊くん。新入りのあなたにはかなり過酷な役をこなしてもらうことになるわ。本当に申し訳ないと思ってるけど、あなたがいないと成功率が下がる。だから——」
「大丈夫だよ」
「——……
世奈さんの言葉を遮って、階段から降りてきた師匠。
俺は彼女のその姿を見て、思わず魅入った。
「不安なんて何もない。恐怖なんて有り得ない。今はただ、はやく踊りたい」
紫色の長い髪をポニーテールに結ながら、白銀の騎士甲冑に身を包んだ師匠が微笑む。
「——そうでしょう、湊くん」
「……っス!」
それが、本気で望む際の装備ですか、師匠。
半端ない神聖感と神々しさ、そして相反する血生臭さに鳥肌が立つ。
まさに破壊天使——勇者と呼ばれる前はそう
「じゃ、行こうか。この熱が冷めないうちに」
静かな水域のようでいて
「なにボサっとしてんだ、椿」
「うっ!?」
その場の全員がそうであったように、師匠の雰囲気に呑まれ動けなくなっていた椿の肩を叩く。
「行くぞ。俺はもう待ちきれん」
「……ハハッ」
師匠の後を追う俺の首に、椿の腕が絡まる。
「背中は任せろよ、相棒」
「こんなところで死ぬなよ、イエローキャップ」
互いに拳を打ちつけて、転移していった師匠の背を追って俺たちも光の粒子に足を踏み入れた。
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