第59話 振り込み日



「んっ――……ま、またあした……き、き来ますね」



 着崩れた服を直しながら、柚佳ちゃんは小走りで家を出て行った。

 俺も急いで身だしなみを整えると、階段を上がる。



「……バレてない、よな?」



 心臓がちょっとだけ痛くなってきた。

 声が漏れないよう指で塞いでたし、あまり音は立てないよう気をつけてはいたが……。

 


「で、でも仕方ないよな。帰宅してすぐに玄関で『してくれないと叫びます』とか脅されたんだから……俺は悪くない……悪くない。――うん、悪くないじゃん俺」



 そう思い込むことにした。

 そしてウララの部屋のドアを開ける。



「ただい――」

「ひゃあっ!?」

「――ま、って……どうした、ウララ?」



 慌てたように布団を頭まで被るウララ。

 着替え中だったか? いやそれよりも、



「今朝に比べてめっちゃ元気やん。熱下がったか?」


「う、うん……多少、動けるようにはなったよ。まだ熱っぽいけど」


「それはよかった。てか、ちょっと部屋のなか暑くないか? 熱気というか、換気した方がいいんじゃないか?」


「う、うん……お願いします」



 俺は窓を開けた。

 涼しい風が部屋に入り込んでくるのと同時に、窓ガラスに反射したそれを見つけた。


 それは、掛け布団からはみ出ていた。

 桃色のブラひもが、寂しそうに俺を見つめている。



「……もしかして、今ってノーブラですか?」


「へ?」


「いや、足元からブラひもが……お、パンツも釣れた」


「!?」


「ウララ……もしかして今、裸?」


「!?」



 ビクビクと掛け布団にくるまりながら震えるウララ。

 俺は、ニヤニヤしながらベッドに上がった。



「お兄ちゃんに隠れてなにしてたんだ、妹」


「な……なにも……ちょ、ちょっと着替えてただけだけど……!」


「ほうほう。付き合う前も付き合った後も、俺に裸を見られてそんな反応したことなかったけどな」


「ふ、普通の反応です!」


「俺たち、恋人だろ? 隠し事は無しにしようぜ」


「………」



 あれ、おかしいな。

 なんか凄絶なほどにおまえが言うな感をウララから感じる。

 


「お兄ちゃん、布団越しからでも柚佳の匂いがするよ」


「実はさっき柚佳ちゃんが廊下で足を滑らせて、咄嗟に抱きかかえるような形になってしまいました」



 俺はあらかじめ考えておいた言い訳をここぞとばかりに言い放った。



「ふぅん……まあいいけど」

「そ、そんなことよりさ、俺きょう六〇層のボスと喧嘩してきたんだ!」

「ふぅん」



 急に冷たくなったウララ。

 俺は布団を無理やり剥ぎ取ることにした。



「ひゃあ!?」

「やっぱり裸じゃん」

「ち、ちが、これは……!」

「なにが違うのかは、体に直接訊いてみる」

「んんっ――!?」



 開けっぱなしの窓からウララの声が漏れないように、俺は唇で口を閉ざした。





「あっ! そういえば、見てみてお兄ちゃん! きょうビー・チューブの収益の振り込み日だったんだけどさ!」



 二人でシャワーを浴び、夕食を済ませた後。


 リビングのソファで、一つの毛布に二人でくるまりながらテレビをみていると、ウララは思い出したかのようにスマホを取り出した。



「お、投げ銭も結構もらってるし、車一台分は買えるんじゃね?」


「それがですね……じゃじゃーん!」


「えっと……十万?」


「イヤイヤ、数字苦手か?」


「えっと……なんかゼロの数、多くない?」


「ゼロが八個あるね」


「えっと……百万?」


「一千万だよ……」


「——一千万!?」


「金額より、お兄ちゃんの頭の悪さに驚いたよ」



 正確には、1105万が共有銀行口座に振り込まれていた。

 一ヶ月でそんなに稼げるもんなのかよ、すげえ!

 


「わたしの貯金とお兄ちゃんの貯金合わせれば二千万だよ!」


「おおっ! キャラガチャ二回も引けるじゃん!」


「ちなみに、お兄ちゃんの貯金は百円だから」


「引き落とし手数料すら払えないなッ」



 って、待ってくれよ。

 たしかに銀行口座にはそれくらいしか入ってないけど、ギルドには結構な金額が貯まってますぜ。



「でも、三億までまだ遠いな」

「……お兄ちゃんは、さ」



 ウララが何か言いたそうに俺を見遣って、俯く。



「……なんでもない」

「来年になったら、ハワイに別荘を買おう」

「お兄ちゃん……」

「海を眺めながらワイン飲んで、パンケーキ食べまくって遊ぼうぜ」

「……うん」



 ウララの背中を抱きしめながら、俺は他にもやってみたいことを次々と並べていった。


 この調子でいけば、きっと三億なんてすぐに貯まる。


 なんなら余った金で一生遊んで暮らせるくらいの金を稼いでやるぜ——と、そんなことを豪語しながら。


 そのうち、ウララはうとうととし始め、俺の胸の中で眠りについた。



「……いろんなところ、連れてってやるからな」



 来年も。その次の年も。

 だから——



「死ぬなよ。ウララ」



 おまえが死んだら、俺も死ぬからな。


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