第57話 円卓会議



 十三時を迎え、俺と師匠は同じく二階に設けられたミーティング室にやってきた。


 すでに円卓状の席には十一人が着席しており、それぞれから奇異な視線を向けられる。特に、世奈さんから。



「ん。全員いるね。知ってると思うけど、彼が百女鬼どうめきくん。親しみを込めてみなとくんって呼んであげてね」


「よ、よろしくお願いします」


「レベルは低いけどわたしと同じくらい強いから、喧嘩売らないように」



 師匠より強いは盛りすぎだと思います。ていうか、初対面の人間にそんなこと言わないで。争いの火種になりそうだから。



「湊くんはそこの席に座って」

「う、うっす」



 俺の心情なんかお構いなしに師匠は奥側の席を指差した。とりあえず座らないことには始まらないので、俺は指定された席に腰を下ろす。



「湊です。よろしくお願いします」

「………」



 右隣に座る少年に改めて名乗る。ウララとそう歳の変わらなさそうな彼は、今にも寝落ちしてしまいそうな瞳をしばたかせながら無言で頷いた。


 俗にいうダウナー系とやらだろうか。あるいは昼食が重かったのか。唇の端にデミグラスソース的なものをつけているあたり、高血糖で眠くなってるのかもしれない。

 


「じゃ、ミーティングはじめよっか。世奈、湊くんにもわかるようによろしく」


「ハイハイ。じゃ、昼食後で眠いかもだけど、しっかり聞いてちょうだいね。この中で、一人は死ぬかもしれないから」



 世奈さんのそんな恐ろしい言葉と共にミーティングが始まる。

 ちなみに、師匠は俺の左隣の席に座った。



「つー」

「……っ!?」



 ビクッと、俺の体が真上に跳ねた。

 左の太ももに視線を落とすと、白い指先が俺の太ももをなぞっていた。

 師匠、なにしてるんすか。会議中ですよ。



「……(声、出しちゃダメだよ)」

「……(いやいや、ダメだって馬鹿なの!?)」



 部屋の明かりが消え、暗くなったミーティング室。

 唯一の光源は、プロジェクターから放たれた青白い光とスクリーンのみ。


 隣に座る人の顔がうっすらとしか見えないこんな状況で、師匠はスクリーンの方向に目を向けながら俺の太ももを撫でまわしてくる。


 スキル:暗順応《F》のせいで、暗くても普段通りに視える俺からしてみれば、ドキドキというよりハラハラが勝った。


 世奈さんにバレたら殺されそうだ。



「……(お兄さんも触っていいよ)」

「……!?」



 ……俺の勘違いか?

 師匠は、声を発さず再び、口の動きだけで囁く。



「……(触りたい?)」

「………」

「……(いいよ。触っても)」



 太ももを撫でていた手が、俺の手を握って師匠の元へ誘導する。

 若干汗ばんだ師匠の手のひら。


 なんてことはない、みたいな澄ました顔をしながらしっかりドキドキしているようだった。


 そういう俺も、こんな状況だというのに、気がつけば生唾を飲み込んでいて。


 俺の手がスカート越しに師匠の太ももに着地した途端、 



「——はいそこ、イチャつかない殺すわよ」


「「………」」


「ボスに殺される前にあたしが殺してやろうかしら」



 とても気持ちのいい笑顔と殺意を向けられて、俺は背筋を正した。

 冷汗がブワッと吹き出してきた。


 例えるなら、授業中にスマホをいじってたのがバレた時のような。あるいは、職場のトイレでスマホをいじって時間を潰してたことがバレた時のような。


 走馬灯のように思い返された冷汗案件が、全部スマホなあたり俺もまだまだ若いなとか逃避気味に考えながら、俺はとりあえず笑って誤魔化した。



「世奈、続けて」

「腰を折った本人がそれ言わないでくれるかしら?」

「?」

「はいでたー、すぐとぼけるー」

「?」

「暗くなった瞬間からソワソワしちゃって、あなたたち小学生?」

「?」

「……もういいわよ。続けるからね? 次はないからね?」



 コクコクと頷く俺。師匠は、何食わぬ顔で頭部にはてなマークを浮かべていた。

 なんてヤツだ。

 俺は改めて師匠の胆力の強さを思い知らされた。



「今回挑むのは七〇階層のボス……巨大な蜘蛛型の魔物『アラクネ』よ。全長はおおよそ三メートルほど。蜘蛛の後頭部には女性の上半身が生えていて、おそらくそれが本体」



 蜘蛛の上に女性の半身?

 ダク○に出てきそうな怪物だな。



「社長の鑑定で視たステータスはこんな感じ。Lv.85でHPゲージが八本分。全体的な数値がこれまでのボスとは全然ちがくって、かなり高いわ。特に耐久値。これは蜘蛛部分と人型部分で硬さが変わるようで、人型部分の方がやや脆い。なので、これから編成するアタッカーチームには重点的にここを狙ってもらうわ」



 スクリーンに映し出されたアラクネの資料に眉根を寄せる。


 五〇階層以降のボスとはまだ戦ったことがないからわからないが、ステータスだけ観ると確かに埒外らちがいの数値だ。


 防御値が五千越え、他のステータスも四千越えとかなり高い。まともに喰らえば一撃で死ぬ可能性だってある。


 そしてその異様な姿。前述していた通り、禍々しい巨大な蜘蛛の後頭部に人影が視えた。


 生唾を飲む。

 

 どうやら、蜘蛛から生えたその女は、驚くべきことに裸体だった。


 裸体。


 大事な部分はボサボサに伸び切った長髪で隠れているようだったが、それがまた想像を掻き立てられてすごく——イヤらしいです。



「湊くんは知らないかもだから言っておくけど、挑戦するのはこれで二回目よ」

「あ、なるほど。だからこれだけの情報があるんですね——ん? ってことは……」



 俺は師匠に顔を向けた。

 


「まさか、師匠が殺しきれなかったんですか?」

「ええ。完膚なきまでに敗走を喫したわ。七〇層ボスは、これまでとは別次元に強かった」



 スクリーンが変わり、動画が再生される。

 そこに映し出された光景を見て、俺は違う意味で生唾を飲み込んだ。



「なんだ……? ピアノ線か?」

「へえ。いい眼を持ってるわね。初見ではそこの社長と赤城くんしか見抜けなかったのに」



 荒れるカメラとどよめき。


 動画のところどころでなにか……ピアノ線状のような、微かに光沢を帯びた十本の糸が、金切り音を巻き上げながら走っていた。



「何十もの蜘蛛の糸を何重にも超高密度で編み込んだ、特別性の武器——らしいわ。マウリ情報だとね」


「さすがマウリちゃん。なんでも知ってるんだな」


「その十本の糸を装備したことによって、一瞬にして劣勢に立たされたわ。たくさん、人が死んだ」


「………」



 見る限り、対応できているのは二人だけ。


 師匠と、もう一人……若い男だった。彼がおそらく赤城あかぎ——元ランキング4位その人なのだろう。


 それ以外は世奈さんの誘導のもと撤退をはじめ、その最後尾の人間を糸が装備ごと絡め取り、一瞬にして解体してみせた。


 装備やステータスの耐久値なんてお構いなしかのような、エグい切れ味に俺は顔を歪ませる。



「見ての通り、ただでさえ高い攻撃値に武器の攻撃値が加わったことによって、あたしたちの防御値はほぼ紙装甲。避けるか、壁役タンクが全力で受け止めるか……直撃すればあたしでも死ぬ。社長でも瀕死じゃない?」


流すパリィしてもダメージ喰らうから、なるべく避けて。それかタンクの後ろに逃げる」


「HPを半分削ってからが本番ってわけか」



 かなり長期戦になりそうだな。



「それだけが脅威ってわけじゃないのよ」


「まだあるんですか?」


「一定時間経つと……そうね、だいたい十五分かしら。アラクネの卵が孵化するのよ」


「百匹くらいの子蜘蛛が絨毯じゅうたん爆撃よろしく迫ってくる」


「……マジっすか」


「マジっす」



 師匠が真顔で頷いた。



「十五分置きにLv.50の子蜘蛛が湧いてくるから、それの対処もしなきゃならないの。そこについても考えてあるわ。——氷莉ひょうり、あなたの隊に対応してもらうから」



 氷莉と名指しされたのは、俺の右隣にいるダウナー少年だった。

 少年は、眠そうな瞳をこすりながら短く一言、


「……りょ」



 とだけ、返した。めっちゃドライ。



「氷莉の第七小隊だけ今回は別行動よ。アラクネとの戦闘は緊急時いがい参加しないで、子蜘蛛が湧き次第、こちらの邪魔にならないよう速攻で狩り尽くして」


「……りょっす」



 あくびを噛み締めがら、頷く氷莉くん。

 大丈夫だろうか。お兄さん、とても不安です。



「大丈夫。これでもランキング10位だから」

「マジっすか」

「マジっす」



 すっげえ、氷莉くん。お門違いにも不安になって申し訳ありませんでした。



「でも、いいんですか? 氷莉の戦闘力を考えると、メインに入れておいた方がいいと思うんですが」



 一人が挙手をして世奈さんに意見する。

 俺も同じことを考えていたところだった。



「今回の作戦は超短期決戦を予定してるの。なるべくなら一時間もかけずに終わらせたいわ」


「それなら尚更、氷莉が必要なのでは? 主力の赤城さんが不在の今、ランカーはとても貴重ですし。それに今回、前線ボス攻略が初めてのヤツも多い。以前の主力メンバーなんて、社長と世奈さんを除けば五人しか残ってないんですよ」



 そんなに前回の攻略で削られたのか。

 俺が想像していた数倍、攻略戦というものは過酷なのかもしれない。


 もしかしたら、俺や師匠も死ぬ可能性があると考えただけで、恐ろしいものが背筋を撫でる。



「……氷莉はアラクネと相性が悪いのよ」


「相性?」


「これも後から説明する予定だったけど、アラクネの弱点属性が〝火〟なのよ。逆に〝水〟と〝地〟の属性に耐性を持ってる。水系統の武器を持った氷莉の攻撃はアラクネにほぼ通らないの」


「な……るほど。そういえば、四〇階層から属性が付与されてましたね。すっかり忘れていました。では、子蜘蛛にはレベル差でゴリ押しってところですか」


「そういうことよ。そして、火系統の武器を持つ者は全員、小隊に関係なくメインアタッカーに編成されているわ。あたし含めてね。幸いなことに、うちの会社には火属性の武器を持ってる人が多かったから、前回よりは早くHPを削れる予定よ」


「火属性フェスやってたしね、この前まで」



 属性武器か……。

 チラッと確認してみると、俺のアロンダイトは無属性みたいだ。

 サブウェポンの人斬りも無属性。

 いいなー、俺も属性武器がほしいぜ。

 あとで一回引いてみるかな。



「ちなみに、火属性の武器を持っていない人たちはどういう立ち位置になるんでしょうか?」



 俺は恐るおそる挙手をして訊いてみた。



「まず後衛ディフェンダーはいつものように体を張って攻撃を防いで。死傷者を出さないことが仕事よ。そして火属性以外の前衛アタッカーは、二つのグループに分かれてもらう」



 スクリーンが変わり、二つのグループが出てきた。

 『水、地属性』と『それ以外』と記されたグループの下にはすでに名前が書かれて分けられていた。



「第七小隊以外の水、地属性の前衛六人は後衛のサポートよ。HPポーションの用意だったり戦況の把握だったり、撤退時のテレポート設置を任せるわ。それ以外はサブアタッカーとして、第二小隊隊長の雅火みやびの指揮に従ってもらう」


「俺が雅火です。よろしく、湊くん」


「あ、どもっす」



 さっきから世奈さんに意見していた青年が、俺に向かって会釈した。

 俺も同じように頭を下げる。

 この人が俺の上司になるのか。いい人そうでよかった。



「そして、最後。これが一番重要で、作戦のキーになる役割よ」



 スクリーンの『それ以外』メンバーを上から下まで順に、一つずつ眺めていく。

 ……あれ、おかしいな。

 何度探しても、俺の名前が入っていない。

 たったの十人そこらしかいないのに。

 俺の名前が見つけられないぞ?



「アラクネの注意を常に惹きつけ、前衛と後衛に意識が向かないよう戦況になりふり構わず猪のごとく突っ込む死にたがりの特攻部隊——おめでとう、湊くん。社長と死ぬまで踊っていられるわよ」



 俺は今すぐおうちに帰りたい気分になった。

 


 

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