第55話 大人の魅力



「ごめんなさいね。新人が入るといつも荒れるのよ——って、どうかした?」

「あ、いや」



 世奈さんの後を追って階段を上がっていた俺は、首だけこちらに向けた彼女から慌てて視線を外す。


 危ない。ひと暴れした後だからか、お腹が空いたとかそういうノリで体が疼いてしまった。

 というか階段を、女性の後ろを追って歩くとか不健全すぎるだろ。


 一段一段、階段を上がるたびに揺れる短いスカートと小振りなお尻。パチパチのストッキング。


 世奈さんの暴力的なまでの曲線美が俺の脳をどうしようもなく揺さぶって、視線を釘付けにしてくる。



「本当に大丈夫? 焦点が合ってないけど……熱?」

「いえ、ホント大丈夫なんで。気にしないでください」



 俺は平常心を装って笑った。目線が胸の谷間にいかないよう必死に制御しながら。



「そう?」



 なんとか誤魔化せたようで、世奈さんは欄干らんかんに手を滑らせながら階段を進んでいく。



「社長がずっと待ってたわよ。朝からうきうきでね。よっぽどあなたのことが気に入ってるみたい」


「そ……そうですか」


「えっと、湊くんって呼んでもいい? あたしのことも好きに呼んでいいわ」


「じゃあ……世奈さんで」


「ええ。ところで、社長とはどこまで本気なの?」


「へ?」



 二階へ上がる最後の段に足をつけたところで、そんな問いが投げかけられてきた。

 

 世奈さんは、片方の口角だけを釣り上げて笑っていた。目は笑ってない。


 

「あら、もしかして鈍感気取ってる?」



 つい最近もウララに言われたような気がした言葉だった。



「えと、どういう話ですかね?」

「遊びなのか、本気なのかっていてるんだけど」



 嫌な予感がした。

 もし応答を間違えれば、階段から突き落とされる——そんな直感を肌身に感じて、


 ・「無法地帯なんだからハーレムでもええやんけ」

 ・「キープの中では割と本気の部類です」

 ・「師弟関係です」


 咄嗟に導き出した選択肢の中から、俺は一番下を選んだ。



「師弟関係です」

「師弟……?」

逢木鬼あきぎを倒すために、だいぶ鍛えてもらいました」

「ふぅん……そういう認識なのね。湊くんは」



 冷ややかな刃の感触が離れた気がして、俺は安堵する。

 世奈さんは、



「まあ彼女いるしね。湊くんはいい大人だし。ハーレムとか有り得ないし。ちょっとあの子に同情しちゃうかもだけど、失恋も大事な経験よね」


「そ、そっすね!」



 どっぷりと背中に冷や汗を垂らしながら、俺は八方美人をかます。



「生死も修羅場も一緒に経験してきた妹のような存在だから、変な虫は払っておきたいって気持ち、わかるでしょ? あなたなら。ねえ?」


「はい、とても」


「嬉しいわ。わかってくれて。もしあの子が理不尽に辛い目にあったりしたら……」



 一拍置いて、



「——刺すからね?」


「……っ」



 本気の殺意を感じて、俺は身震いが止まらない。

 


「さ、行きましょう。社長室はすぐそこよ」


「は、はい……」



 世奈さんは笑顔を浮かべて再び歩き始める。

 その後を黙って追いながら、俺は疼く義手みぎうでに触れた。 


 幻肢痛ファントム・ペインを呼び覚ますほどに身の危険を感じた俺は、改めて己が魔道ハーレムの険しさを知った。


 最悪、世奈さんも孕ませればいいやとか思ったのは俺じゃない。淫魔の方だ。



「入るわよ」



 ノックもなしに世奈さんは通路奥、『社長室』と記された部屋のドアノブをまわした。

 


「ようこそ、お兄さん」



 ドアの先、いかにもな机と椅子に座ったキズナ社長は、黒縁の眼鏡をくいっとうえに押し上げて言った。



「待ちくたびれたよ」

「……めっちゃ気合い入っとるやん」



 隣で世奈さんがボソッと呟いた。

 俺はとりあえず、



「眼鏡すっげえ似合ってんじゃん。かわいいぜ、師匠」



 眼鏡萌えなので食い気味に褒めちぎっておいた。

 社長は唇を緩ませながら照れた。かわいい。



「えへへ——コホン。ありがとう、世奈。出てっていいよ」

「……。はあ」


 

 ジトーっと、冷ややかな視線が俺を射抜いた。

 頬を汗が伝うのを感じる。

 怖くて世奈さんをみれない。

 


「さっきの言葉、嘘じゃないわよね?」

「は、ハイ……」

「?」



 ちょっと眼鏡姿がドンピシャ過ぎて、ついつい……。


 この人の近くではなるべく黙っておくように心がけなければ、割と真面目に、近々きんきんで後ろから刺されそうだった。



「じゃあ十三時にミーティング室で」

「ん」



 最後に俺を意味深な目で見遣ってから、世奈さんは社長室を後にした。




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