第54話 ようこそ、キズナ・カンパニーへ



「クッソがぁ……ッ!!」



 悪態を叫びながらアロンダイトの火力を爆ぜさせる。

 突き抜ける衝撃波と轟音。

 まとめて三体のオーク・ディザスターをポリゴン粒子に変え、しかし——



「誰だよ近道教えてやるっつってモンスターハウスに導いたヤツ……!!」


「すまん! まさかこんなことになってるとは……てへぺろ☆」


「殺す」



 本気の殺意と共に右拳がうねる。オーク・ディザスターの巨斧きょふを掻い潜り、急所ウィーク・ポイントに突き刺さった義手。一瞬にしてHPゲージがレッドゾーンへ移り変わり、トドメの足蹴。


 降りかかる粒子を浴びながら、俺は都合百体目ともなるオーク・ディザスターへ肉薄した。



「てめえでラストだろッ!?」


「そうじゃなきゃマジで洒落にならん!」


『ブラぉぉぉぉぉぉッ!!』



 Lv.55と、十階層をオラついていた頃と比べて大幅に強化されたオーク・ディザスターの猛撃を意に介さず、椿は大盾でシールドバッシュを打ち込む。


 真上に弾ける巨斧。さらにシールドバッシュが炸裂し、オーク・ディザスターは真後ろへ倒れる。そこへ、俺の踵落としついげきが喉仏を潰し、絶叫を上げながら消失した。



『Congratulations!』



 どこからともなく花火やら太鼓が鳴り響いた。出現したウィンドウの向こう側で、マウリちゃんが喜びの舞を踊っている。



『モンスターハウスLv.3の踏破、おめでとうございます! ——って、なんだ。あなたでしたか、ヘンタイ探索士さま』


「おいおい。おいおいおいおいおいおいおい。おい、おかしいだろその反応。アップデートしてから俺への対応がキツイぞ?」


『だってえ、探索士さまはやらしいじゃないですかあ。前だってマウリを孕ませようと食指を何度も何度も押し付けてきて……あの日はちょぉっと……ちょぉぉぉっと人肌が寂しかったですぅ……』


「ほーん。俺の淫魔スキルが画面越しでも通用するって認識でOK?」


『OK! ——ではなく! 今回はそんなお話をしにきたわけではありませんから画面越しにマウリのお腹ツンツンしないでぇッ』


「ここら辺かな、子宮は」


『〜〜〜ッ!!』



 すっげえ、さすがBランクにまで上がった俺の性魔術。異次元を超えて女の子を気持ち良くさせることができるなんて。Cランクだった前回に比べ、タッチ数少なめでマウリちゃんをわからせることができた。


 だらしない顔を晒しながらテーブルに突っ伏すマウリちゃん。とても演技とは思えなかった。最近のAIってすげえや。



「まさかマウリちゃんとそういう遊びができるなんて……全然知らなかったぜ」


「ウキウキすんなよ。俺のだぞ」


「いやみんなのだろ!」


『お金さえ払ってくれれば、マウリはみんなの彼女になりますよ?』


「この際だから尻軽でもかまわねえ。卒業させてくれ!


『三億稼げるようになったら目の端くらいには留めてあげますね!』


「今は眼中にないってよ」


「でもなんかいけそうな気がしてきた!!」


「バカだ」


『そんなことよりも』



 そう、そんなことよりも——



「急げ椿、時間がねえぞ!!」


「そだった! ごめんマウリちゃんまた今度!」


『あ、了解でーす。お疲れ様でしたー! ——って待ってください、お話聞いて!』



 全速力で飛ばす俺と椿に平然とついてくるマウリちゃん。固定ウィンドウだから消すこともできなかった。



「このままでいいなら聞いてやるから、さっさと話せよ。こっちはプロ契約がかかってんだからッ」


『やったー、六千万の件ですねっ!』


「もしかして少し分けてもらえるとか思ってないよな?」


『え? 全額支給ですよね?』


「マジでおまえ、孕ませてやるから覚悟しとけよ」


『マウリ、自分で言うのもアレですけど結構お金かかりますよ?』


「妊娠したら逃げるからOK」


『みなさーん! クズがここにいますぅ! やっちゃってくださーい!!』


『ボウボウボウッッ!!』


「うおぉ!? どっから湧いてきやがったこのイノシシ集団!?」


『五〇階層を生業なりわいとしているスカーレット・ボアのみなさんです! 女性の大きな声に強く反応するというやらしい習性を持っています! どっかの誰かさんみたいに常時繁殖期なので、女の子の声を聞くとすっ飛んできますよ!』 

 

「おま、仮にもギルドの受付嬢だろ!? 探索士を危険な目に遭わせるな!」


『だってえ、可愛い子には旅をさせよって言うじゃないですかあ?』



 斜め上のアングルに切り替わり、必然と上目遣いになるマウリちゃん。いじいじと胸元の前で指をいじり、腰を左右に振りながらぷくっと唇を膨らませている。



「どうしよう湊、ちょーかわいいガチ恋しそう」


「騙されるな。こいつは男の殺し方をしっかり心得えている狩人だ。あるいは金の亡者。タチの悪いことにめちゃくちゃかわいいから無碍むげにもできないという特性で数多あまたもの男を不幸にしてきた怪物だぞ」


「それでも……そっち側にいきてーよ……まうりちゃぁん……!」



 若干ヘラってる椿に同情しつつ、俺は進行方向上のスカーレット・ボアを殴り飛ばして道を開ける。


 全員を相手にしている時間はない。道の妨げになる魔物だけをたおして、最短距離で道を駆け抜ける。



『じゃあ仕方がないのでこのままお話しますね! まずはお二人に報酬をあげちゃいます!』


「ちょ、視界に被せて報酬リスト出してくんな!? 嫌がらせか!?」


『いいじゃないですかあ、こういうちょっとしたイタズラがかわいいんじゃないですかあ』


「死ぬわ!」



 あやうく魔物との距離感が掴めずに拳が空回りするところだった。



『ひどい……お金払ったのに……アイテムだってたくさんあげたのに……』


「いやモンスターハウス踏破の報酬だろそれ」


『あ、そうそう。レベル3が踏破されたので、レベル4への挑戦権がお二人には与えられます』


「レベル4?」


『はい! 皆さんの要望にお応えし、今回のアップデートでレベル4が実装されることになりました!』


「ほーん」


『ちなみにレベル5まで今回ねじ込んだので、仲間と協力して経験値やらアイテムをたっくさん獲得してくださいね! もちろん、報酬もたっくさんガバガバですわ!』



 ……ガバガバはいい表現なのだろうか。



「ちなみに、レベル4はどこで遊べるんだ?」


『ぼくれべるふぉぉ……って叫べば、いつでも転送させてあげますよ?』


「モンスターハウスは……まだ進化するのか」


『冗談はさておき、報酬の中に転送キーが入っていますのでそれを起動させてください。ちなみに推奨レベルは70。起動コードは《神よ、神よ、何ゆえ私を見棄てるのですかエロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ》です』


「——湊、抜けたぞ! ボス部屋はこの先だ!」



 椿が叫ぶ。俺の前蹴りがスカーレット・ボアに炸裂したのと同時に、ひらけた道の向こうにソレはあった。



『ではわたしはこれで失礼しますね。探索士さま、がーんばれ♡』


「うぉぉぉぉぉおぉぉおお!!」



 マウリちゃんのハートにあてられて、椿が咆哮とともにシールドバッシュ。近い将来、破産する椿の光景を瞼の裏に浮かべつつ、



「視えた——ボス部屋が」



 ボス部屋特有の巨大な扉。ようやく視えたその終点へ、俺は疾走した。



「五〇階層のボスたおせば終わりか!?」

「いや——これ持って扉ひらけば終わりだ!」



 魔物の合間を縫って飛んできたカードをキャッチする。

 これは……



「それを持って扉を開ければ……まあ話すより見た方が早いさ」


「……おまえは」


「おれは、ここでこいつらを食い止める」


「椿……」


「いけよ。どのみち、おれの足は限界なんだ。もうおまえのスピードにはついていけない」



 椿は、キャップ帽を被り直しながら俺に背を向ける。


 後方からは、道中ずっと執拗に追いかけてきた魔物の群れが迫ってきていた。一番しつこいヤツは四十五階層からついてきている。



「おまえと出会えてよかったぜ。社長を——頼んだ」


「……ああ。俺もだよ」



 時間がない。



「先に行って待ってる。——必ず、戻ってこい」


「はっ……」



 そして俺は、椿が魔物を惹きつけている間にボス部屋の前まで走った。

 

 そのすぐ後で、後方から凄まじいシールドバッシュの音が響き渡った。


 ……バトル漫画の終盤みたいな雰囲気を出してはいたが、魔物と椿のレベル差は20以上だ。


 加えてディフェンダー。無抵抗でも死なないだろう。


 ただ、ゴール目前で体力が切れたのは間違いない。回復したらすぐに向かってくるはずだ。



「さて、ただ開ければいいんだよな……」



 時間を確認してみる。

 12:20……案外、まだ時間に余裕があった。



「……んー、こうしてここまで来ると緊張するな」



 面接とかするのだろうか。何にも練習してきてないけど、即興アドリブでいけるか?


 キズナ社長も、やっぱり俺が下につくと態度とか変わるのだろうか。

 冷たくされたら悲しいなー。


 ていうか他の人とうまくやっていけるだろうか。

 俺、二十六だけど歳近い人いるか?


 歓迎されなかったらどうしよう。



「……ちょっと不安になってきたから、椿と一緒に入ろう」



 一人で入って、怖い人に『仲間見捨てて一人だけ来たんか我ェ』とか言われたらプロ契約どころじゃないし。



「じゃ、待つか」



 まだ時間に余裕があるし。

 俺はその場で、椿が来るのを待つことにした。



「——そういうことなら別に手伝いに来てくれてもいいんじゃないですかねえ?」


 

 緑ゲージの椿がやつれた顔でようやくボス部屋の前までやってきた。

 相当疲れているようだった。

 


「いや、人の狩りを横取りするのはマナー違反だろ」


「レベル上げしてたわけじゃねえし……まあいいや。腹減ったし、飯食いに行こうぜ」


「おう」



 げっそりとした椿がボス部屋の扉を押し込む。


 生ぬるい風が頬を撫でる。開かれた扉の先では、三つ首の黄金竜が好戦的な表情で待っていた。



「あれが噂の世奈さんか」



 話に聞いていた通り、たしかに気の強そうな女だった。



「どこをどう見ても女じゃないし人間ですらねえだろ!」


「やっぱりか」


「そういえばカードキーおまえに渡したんだった、あぶねえ!」



 慌てて扉を閉める椿。

 どうやらカードキーを持っている俺が開けなくちゃいけないらしい。



「じゃ、行きます」


「あー、疲れたー」



 そして扉を開けると、さっきとは違って眩い光と喧騒が耳にとどいた。


 

「……冒険者、ギルド?」



 扉の向こう側は、ラノベやネット小説なんかで語られるような、冒険者ギルドの風景が広がっていた。


 木造で二階建て。中央には依頼ボード。受付カウンターらしきところで書類作業をしているかわいい女の子。武器や防具に身を包んだ人たちがテーブルで食事摂って談笑している。



「すげえだろ。社長が改築に改築を重ねてここまで再現したんだ」


「すげえ……異世界に転生した気分だ」


「ま、中に入れよ。——おーい、みんなー。新入社員の到着だぞおおお」



 椿に背を押され、俺はギルドの中に足を踏み入れた。

 瞬間、その場にいた全員の視線が俺に向いて、



「「「入社おめでとう!」」」

 


 おびただしい量のクラッカーとパンケーキと生ビールが飛んできた。

 俺は咄嗟に椿を盾にして受け止める。

 なんだ、これ。

 新手の嫌がらせか?



「うぼ……おま、新人なんだから受け止めろよ……」


「いや……先輩たちの愛が重すぎて無理だった」


「だからっておれを盾にするな……」



 もはや原型をとどめていない椿の姿に同情していると、階段を降りて一人の女性が近づいてきた。


 スレンダー美人、という言葉がよく似合う女性だった。ウララや柚佳ちゃんとはまた違う、大人の女性という魅力があった。若干、気の強そうな目つきから察するに、彼女が椿の言っていた……



「ようこそ、キズナ・カンパニーへ。あたしは桐島世奈きりしませな。社員を代表して歓迎するわ」


百女鬼湊どうめきみなとです。よろしくお願いします」


「ふぅーん……意外と礼儀正しいんだ」



 そう言って、すぐにきびすを返した世奈さん。二つにわれた長い茶髪が、太ももの裏で揺れる。



「社長が待ってるわ。着いてきて」





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