第52話 50階層へ 2/2



 悪魔を彷彿ほうふつとさせる黒い羽根。鋭く伸縮するサソリの尻尾。そして強靭にして堅牢けんろうな獅子の肉体——四〇階層の支配者たるその巨獣は、赤焼けた岩石の上で咆哮を轟ろかせた。



「階層ボスのマンティコア《Lv.45》だ。こいつからが難易度高くって、登竜門なんて呼ばれてるようなヤツだぜ」


「なんか特殊パターンでも増えるのか? 人型に進化したりとか」


「攻撃に属性が付与されんだ。まあ戦えばわかるって。つっても……」



 バチバチ——とマンティコアから弾けるような音が鳴った。

 椿つばきは大盾を構える。その額に一筋の汗を流して。

 


「二人だけで挑むような相手じゃ——ないんだけどな!」



 刹那、



『■■■ッッ——!!』



 マンティコアの肉体に電流が轟く。大きく開いた口腔こうくうの奥から青白い光がまたたいたかと思えば、椿の大盾が激しく震えた。



「すげえ、雷の球体が飛んできた!」


「はしゃぐなよ、死ぬぞ!? それなりに攻撃値高いんだからな!?」


「椿、前みろ。突進来てるぞ」


「——へ?」


 

 椿のアホ面が前を向いたその瞬間、稲妻を纏わせたマンティコアが、容赦なく彼をいていった。


 回転しながら宙に舞う盾と椿。追い討ちの雷球が二発ほど椿を襲った。



「……大丈夫か?」


「う、げ……く、くそ、ここまで……か……ッ」



 ドサ、と砂埃を舞わせて地に落ちた椿は、案外余裕そうに顔を歪ませた。



「さすがレベル76の壁役タンク。あれだけ喰らっても青色ゲージじゃん」


「ま、まあな……ダサい姿を見せてしまったことへの精神的ダメージの方がああああああああ」


「ご主人様にじゃれるペットみたいで微笑ましいぜ」


「ちょ、ま、いだいって、待て! 待ってお願い待て待てよ引きずるなあぁああああああッ」



 椿の右足に喰らいつき、サソリの尻尾で締め上げながら大地を駆けるマンティコア。常に電流が走っているのも相まって、さすがの椿でもHPゲージがものすごい勢いで減っていった。後少しで黄色ゲージだ。



「もう少し見ていたい気持ちもあるんだけど、助けに行った方がいいか? 先輩」


「お、おれってば、あくまで後衛職ディフェンダーなんで! 攻撃手段少ないんで!」


「……つまり?」


「助けてください!!」


「りょ」



 要請が来たので、俺は近くにあった岩をマンティコアへ向かって蹴り飛ばした。命中。ヤツの注意が俺に向く。しかし、時すでに遅く……椿は口の中だった。上半身だけが、舌のようにマンティコアから垂れ流されていた。



「くわ、喰われ、る……!?」


「プフ、ヤッベ、めっちゃおもしろ」


「スマホ向けてないで早く助けてよ!?」


「ハイハイ」



 おそらく、いや間違いなく椿レベルの後衛職じゃなかったら死んでるな、と思いつつ。

 俺は疾走を開始した。

 


『!?』


「まずは吐き出せよ。無粋だろ」



 俺の速度に反応できなかったマンティコアは、腹部から襲った衝撃にたまらず椿を吐き散らかした。


 わずかに浮いた巨体へ、



「震えろ、アロンダイト」



 追撃のアロンダイト左腕を打ち込む。



『■■■ゥゥゥ——ッッ!!?』



 MP二〇〇を消費して、アロンダイトが暴威を吐き出した。空気が軋み捻じ曲がる音と共に、マンティコアが地面を滑走かっそうする。やがて岩壁に激突。マンティコアの四本あったHPゲージの一つが消失した。



「さすがにワンパンってわけにはいかないか」


『……ッ』


「けど、



 



「うええ、粘液まみれ……これなんの食べカスだよ、くっっさうえええ」

「パイセン、緊張感持った方がいいっスよ」

「おまえにだけは言われたかねえよ……」



 ヌルヌルと気持ち悪い光沢を帯びた椿が、苦い顔を浮かべながらHPポーションを飲み干す。



「しっかし、おまえの一撃は重いのな。マンティコアのHPゲージまるまる一本喰らっちまうなんてよぉ……世奈せなさんと同等かそれ以上の攻撃値だと思うぜ。んまあ、逢木鬼のヤロウは別格だけどな」


「世奈……確か、ランキング6位の?」


「今は……5位だな。4位の赤城あかぎさんが消えちまったから、繰り上がったんだ」


「消えたって、どういう——」



 いらえは、マンティコアから。

 超高密度に束ねられた電流のレーザーが、数百メートルも離れた地点から放たれた。


 直撃はマズい——そんな予感を受けて、俺はすぐさま右に跳んだ。



「うそん」



 それが、椿の最期の言葉だった。


 盾を構えることもできず、レーザーにさらわれていった椿。遙か後方まで雷の柱が伸びていき、



「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」


「おまえの勇姿は、社長に必ず伝えておくからな。あの写真と一緒に」


おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼそれだけはマジでやめてくれ!?」



 ……元気なヤツだな。

 

 

「さて、じゃあこの隙にぶっ倒しちまうか」



 相当椿に強い恨みを抱いているのか、はたまたお気に入りなのかは知らないが、まだレーザーを吐き散らかしているマンティコアの喉元に肉薄——捻るように手首をまわしながら、手刀をじ込んだ。



『ッッ!!?』


「まだだぜ。ここからが気持ちいいんだろ?」


『ッッッ』



 喉元の急所ウィークポイントの、さらに奥へ。

 撒き散らされる鮮血を浴びながら、俺はそれを掴み取って——引き抜く。



『———ッッッ!!!!??』



 声にもならぬ悲痛の絶叫をたたえて、マンティコアが地面でもがき苦しむ。

 俺はマンティコアの体内から引き抜いたソレ——『雷包器官』をアイテムボックスにしまった。



『雷包器官×1を入手しました。

 雷包器官……体内で雷を生成するために必要な臓器の一部。ドロップ率10%』


「なるほど。こういうドロップ方法もあるのか」



 なんとなく思いつきでやってみたことが功を奏した。しかもドロップ率低めってことはそれなりにレアなアイテムのはず。売れば高くなりそうだった。



「さあて、いったい死ぬまでに何個のアイテムを剥ぎ取れるか実験してみるか」


『!?』


「悪く思うなよ。おまえだって喰おうとしたんだ。喰われても文句言えないだろ」



 あからさまに怯えた表情をみせるマンティコア。四肢を震わせながら後退しようとするヤツの背後にまわり、尻尾の根元を掴んだ。掴んで、土色のケツを蹴り飛ばす。


 ミシミシと、筋繊維か何かが引きちぎれる音がした。数メートル先を転がるマンティコア。俺の手には、蠍の尻尾があった。



『獅子王の蠍悪尾さあくお×1を入手しました。

 獅子王の蠍悪尾……40階層、階層ボス『マンティコア』の尻尾。ドロップ率12%』


「二つ目ゲット。もっと早く試してみるべきだったな」


『ゥゥ、ゥゥ……ッ』


「もう赤ゲージか。次で最後かな」



 最後は、どの部位にしようか。

 頭からつま先まで、値踏みする俺。

 息も絶え絶えで血溜まりを形成するマンティコア。

 俺を構築する全ての細胞が、ゾクゾクと悦に震えていた。


 

「——あのぉ、湊さん?」

「椿。どの部位なら高く売れそうだと思う?」

「階層ボスで剥ぎ取りプレイしてるヤツ、おれはじめて見たよ……」



 呆れたような、ちょっと引き攣った顔で椿は俺をみたのちに、



「じゃなくて、そんなことしてる場合じゃないだろ?」


「ん?」


「おい、まさか忘れたのか? 十三時までに五〇階層いかなきゃならないんだぞ?」


「あ——」



 背筋に冷汗が走った。

 俺は震える手でシステムを開き、時間を確認する。



「11:30——マズい!! 忘れてた入社試験!!」


「思い出したんならさっさとトドメ刺して行こうぜ?」


「俺の六千万!! 退けオラァッ!!」


『!?』


「うわあー……」



 蹴り飛ばしたマンティコアが粒子となって消えていく。ドン引きする椿を置いて、俺は出口へ走った。



『獅子王の涙×1を入手しました。

 獅子王の涙……それは悲痛からの解放か。あるいは……。ドロップ率1%』


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