第51話 50階層へ 1/2


 ——駆ける。駆ける。駆ける。

 

 覚えている限りの道を最短でりながら、俺は進行方向上にいるオークに左腕を叩き込んだ。



『!?』



 穿たれた腹部の先を抜け、悲鳴すらも置き去りに階段を下る。

 一〇階層、到達。

 ここまで三分——逢木鬼あきぎ戦の時よりも到達が速くなった。


 道を覚えているっていうのと、敏捷値が上がったおかげだろう。

 しかし、それもここまで。

 


『ぶぉぉろぉぉ!?』



 俺の右腕を奪った憎きオーク・ディザスターの粒子を浴びながら、十一階層へ繋がる扉を蹴り開ける。

 

 ここから先は未知だ。

 道もわからなければどんな魔物が出てくるのか、俺は一切知らない。

 


「こういうのって、じっくり時間をかけて攻略していくのが楽しいんだが」



 マップ解放とか、宝箱の回収とか。

 あるのか知らないけど、隠し部屋とか探したり。

 RPGの醍醐味だろう。

 けれど、

 


「それは老後の楽しみにとっておくとして……」



 準備運動ウォーミングアップは終わり。

 ここから先はさらにギアを上げて、駆け抜ける。



「ははっ、すっげえ速さ! ついていくのがやっとだぜ!」


「そんなおっきい盾持ってついて来れるのが逆に驚きだよ」


「これでもLv.76なんで! 体力には自信あるぜ!」


「さすがキズナ・カンパニー。レベルがめっちゃ高い」


「レベルだけじゃねえぞ? みんな社長の要望で基礎値を鍛え込まされてるからな! 半年に一回、社長企画のフルマラソンとか走らされるし」



 もちろん、システムは切って。と椿は苦笑しながら、俺の背にピッタリと張り付いてくる。


 

「それは……強制参加系?」

「もちのろん。去年は登山道トレランだったな。三回くらい吐いた」

「………」


「まあそんな顔すんなって。入賞すれば五万、一位獲れば一〇万もらえるし。みんな何気に気合入れてやってるぞ。ダンジョン攻略に比べれば安全だし……山は結構、危なかったかもだけど」



 山を走るのはまず置いておいて。


 ダンジョンの最前線で戦うより、フルマラソンを走っている方が精神的に楽なのはなんとなく予想できる。


 賞金がもらえるなら尚更で、基礎的な体力もつけられるし。


 キズナ社長はクールを装った脳筋みたいなイメージだが、案外クレバーに物事を考えているのかもしれない。



「ところでさ、いまレベルってなんぼよ?」

「55や」

「ほーん……だいぶヤってんな、こんにゃろぉッ!」

「ぬぉ!?」



 椿が若干の殺意を込めて盾を振り回した。

 


「や、やってるって、な、なにを……?」


「いやいや、今さらしらばっくれるなよ。動画ぜんぶ観たぜ? あ、チャンネル登録もしてるから! 後でサインくれよ、頼む!」


「あ、あざっす……」



 顔が火を吹いているかのように熱くなってきた。



「今みたいにあんまレベル言いふらすなよ〜? おまえの場合、レベルの高さ=性行為の回数ってことだろ? 序盤の動画配信で罪色欲之王アスモデウスの効力は紹介されてたし、コンプライアンス的なあれでテレビではやってなかったけど、いろんな配信者が特集組んでるぜ?」


「……!」


「おれみてえな非モテからしてみりゃ、屈辱の数字だぜ! 羨ましい! おれも彼女ほしい! 強くならなくていいから性行為がしたいッ」



 椿の醜い欲望丸出しの姿を横目に、今後からはレベルをひけらかすのはやめようと誓った。

 


「しかもウララちゃんが彼女で義妹って……羨ましすぎるぜ。おれも昔はよくLALAチャンネル観てたんだ。おれもこんな美人と付き合いてーって毎日おもってたぜ。たぶん生き霊とか飛んでた」


「……あのお。どうしてLALAチャンネルのララが俺の妹のウララだって知ってるんすか?」


「え? みんな知ってるぞ。つっても、最初はずっと疑惑みたいな感じでネット記事になってて……ほら、マスクしての初顔出しの頃。LALAちゃんに似てね? って。

 確定したのは、逢木鬼戦の時にリカちーがちゃっかりウララちゃんをドアップで映して、『リカちーの勘違いじゃなかったらなんだけどぉ、あれLALAちゃんじゃない?』つってバズってた」



 またあのノーブラ女か。

 いつか絶対炎上さはらませてやるかんな。



『!?』



 そんな決意と共に魔物を殴り飛ばす。

 運よく階段を見つけ、俺はそこへ飛び込んだ。



「ち、ちなみに、ウララちゃんとする時ってどんな感じなん?」


「答えるわけないだろ!?」


「誰にも言わないからッ」


「そういう問題じゃないッ」


「下着の色くらい教えてよお兄ちゃん!」


「お兄ちゃん呼びやめろッ」



 その後もしつこく夜の営みについて訊かれながら、俺たちは二〇階層のボス部屋にたどり着いた。



「どんな雰囲気に突入したらはじまるんだよ!?」

「そういう雰囲気としか答えようがないぜ!!」



 俺はボス部屋を蹴り開ける。その奥、不気味に鎮座していた石像が震え、封印が解き放たれるその前に俺はアロンダイトを低く唸らせた。



ぶっ飛べアーデ・ヴィーダ

『———』



 凄まじい轟音と共に、石像——ガーゴイルが砕け散った。

 アロンダイトがクールタイムに突入する。

 レベルは……上がらなかった。



「……いやいや、二〇階層とはいえボスをワンパンって……オーク・ディザスターならまだわかるけど」


「急所にでも入ったんじゃないか? 運良く」


「そう簡単にクリティカルヒットって拾えるもんなの……?」


「知らんけど。とにかく、時間ないから急ごうぜ」


「お、おう……。んでさ、対面座位ってエロいよな?」


「エロい」


「やっば、え、どうやってそこまで持ってくの?」


「知らん。流れで」


「今度動画ください」


「撮ってないからな? 撮ってたとしても誰にもみせんわ」


「お金払いますんで……!」


「………」



 そんな下卑た会話を繰り広げながら、着実に俺たちは階層を踏破していった。



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