第50話 入社試験、開始
「——さて。五分前に到着したわけだが……」
予定通りの時間に到着した俺は、周囲を見渡してみる。
ダンジョン前のコンビニはたくさんの探索士で賑わっていた。深江市どころか、日本で一番の売上を叩き出していると有名な無人コンビニには、一日に五回も商品仕入れのトラックがやってくる。
おそらく二回目の配送となるトラックのおっちゃんが、迷惑そうに探索士を見やりながらも慣れた手つきでステアリングを操作した。
「探索士とトラックがぶつかったら、きっとトラックの方がタダじゃ済まなさそうだな……」
みんな、それなりにいい装備を身につけている。
ということは、ガチャを定期的にまわせるほどの実力者ばかりだということ。当然、耐久値も高いだろう。
そりゃもう二年も経ってるんだ。俺や木原のおっさんみたいに、最近はじめましたってヤツの方が少ないに決まっている。
「チッ……ったく、ここはいつ来ても若いのが多いぜ……」
トラックから降りてきたおっちゃんがタバコを咥えながら、荷物の搬入を始めた。
人が多いのは仕方がない。このコンビニは探索士の待ち合わせスポットだ。俺も例に漏れず、ここで待っていろとマウリちゃんを通してキズナ社長に言いつけられている。
「そんなに楽しいかねえ。命を削ってまで、金を稼ぐってのは」
おっちゃんの愚痴から、並々ならぬ感情を感じ取ることができた。
首を突っ込むのはよくない。おっさん連中は話し出すと長いし。
俺は店内に入らず、隅の方で待つことにした。
キズナ社長が直々に迎えにきてくれるのだろうか。
いや、たぶんあの子は来ない。
なんとなく、だが。
というか、初出勤がいきなり
一旦事務所とかオフィスとかそういうところに案内されると思っていたんですけど……。
「ねえねえ。あの人、もしかして
「え、うそホンモノ!? あたしちょーファンなんだけど!」
「画面越しよりカッコいい! あんなおとなしそうな顔して、すっごい激しいバトルするよねえ!」
「あ、みてみてあの人、
「うわ本物だよ、本当にここで活動してるんだ! すげえ、握手してくれるかな!?」
「ちょ、ちょっと声かけてみようぜ!?」
「でもヤバいって、逢木鬼を倒したひとだよ? しかも実の妹と……その、えっちなことしてるって……」
「は? 義妹だろ。なら大丈夫じゃん」
「ん? んんっ? え、そういう認識なの男って?」
……すごい注目を浴びていた。
これが配信の影響力か。
数週間前までは知名度皆無のニートだったのに。
まあ全世界生放送で逢木鬼に勝った男だし?
率直にモテ期、到来だろうか。
アナウンサーからバーレスク、地下アイドルからグラドル、キャバ嬢まで総舐めだろうか。
……おっと。危ない。顔が崩れるところだったぜ。
冷静に……冷静に、
俺は周囲のざわめきなんて聞こえていません、みたいな顔で壁に背を預けた。
さあ、来い。
俺の守備範囲は広いぞ。
とりあえず未成年以外でお願いします。
「ねえねえ、優しそうだしさ? もしかしたら一緒にパーティ組んでくれるかもよ?」
「えー、んー、でもさあ、妹ちゃんとのカップリングがあるし……」
「割ってはいるのも悪いよねー。てか、二人のカップリングが尊いし……」
「同じ女として、彼氏持ちに手を出すのはいただけないかな」
「えー……みんながそういうなら、きょうはやめておこうかな?」
「俺らともやめておこうぜ……なんか次元が違いすぎてよ……」
「そだな……トップランカーはトップランカー同士がお似合いっていうか」
「もっと強くなってからじゃないと、近づけないや」
「彼女持ちでもぜんぜんオッケーなんだけど、誰かと待ち合わせしてるっぽいし?」
「どうせ妹ちゃんでしょ? 邪魔しちゃ悪いから、やめておこうよ」
……。
…………。
………………あれえ?
次第にざわめきがなくなっていき、俺の話題をする人がいなくなった。
誰にも声をかけられなかった。
女性のみならず、野郎からも声をかけられなかった。握手くらいしてやるのに……。
「……くっ」
認識させられた。
俺は少し、調子に乗っていたようだった——と。
「んー……もしかして、もしかしなくってもアンタが
誰だよキャバ嬢とシャンパンタワーでナイトオブファイアーとか妄想してたの。
アナウンサーの大事な喉を俺のエクスカリバーで封殺とかやめろ恥ずかしい。
許せ、ウララ。
結局男っていうのは、こういう生き物なんだ。
「おーい? どうしたんだ、すっげえ落ち込んでるけど。壁に手ぇついてさ……どっか具合悪りぃの?」
「あ、いえ……ちょっと理不尽な目に遭いまして」
「相当ひどいことされたんだな……まあ泣くなよ。入社祝いでキャバクラ連れてってやるからさ」
「え、マジっすか?」
「うわ、立ち上がりはええや。ランエボかよ。おもしろいな、おまえ!」
「……もしかしてキズナ・カンパニーの方ですか?」
気を取り直して、俺は目の前の青年に訊く。
俺よりいくつか年下っぽい彼は、キャップ帽を斜め上に持ち上げてはにかんだ。
「おう。おれは
「じゃあ、よろしく……椿」
「おう、よろしくな!」
握手を交わす。
来てくれたのが気さくな人でよかった。
予想通りというか、キズナ社長は来ていない。
きっとボス戦前で忙しいのだろう。
俺の迎えは椿ひとりだけだった。
「ところで、アシスタントの子は? 妹ちゃんとディフェンダーの子も来るって聞いてたけど」
「ああ、体調崩して寝込んでる。社長には連絡済みだ」
「なるほど……っけど、困ったな」
「ん?」
椿は、なにやら難しそうな顔を浮かべて肩をすくめた。
「十三時の隊長ミーティングまでに合流しなくちゃいけないんだけどさ、もしそれに間に合わなかったら契約の話が白紙になるって」
「な……に?」
「いわゆる入社試験ってヤツだな。おれはディフェンダーだから、違うテストだったけどさ」
ってことは、もし間に合わなければ俺の年棒六千万は無かったことに……?
俺は時間を確認しつつ、椿に訊く。
「ち……ちなみに、何階層で合流っスか?」
「五〇のボス部屋っス」
「……!」
「さすがに二人だけってのはキツいよなあ。あと四時間しかないし。連絡、入れておこうか?」
「……いや」
現在時、09:05。
十三時まで約四時間しか残されていない。
それまでの間に、たった二人で五〇階層まで踏破しなくちゃいけないなんて……。
「さすが師匠。やることがえげつねえ」
「おいおい……噂に
ニシシと鼻の下を指で擦る椿。俺は、一括装備機能を使って換装した。
完全修復されたアロンダイトの感触を確かめながら、俺は首を鳴らす。
「時間がない。飛ばしながら話そうぜ」
「おうよ! 遠慮なくぶっ飛ばしてくれや!」
同じく装備をまとった椿を確認し、俺は初速から全開で地を駆けた。
「俺の六千万……!」
失ってたまるかよ……!!
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