第46話 一番じゃなくても




「ランキング1位……」



 ウララの言葉を反芻はんすうしてみて、俺はなるほどなと納得した。

 道理で、強いわけだよ。

 彼女が噂の勇者だったのか。

 

 俺は改めて尊敬の念を込めた眼差しで師匠を見遣った。師匠は、得意気に紫色の長い髪を指でく。



「きょうは誘いに来たんだ」

「さ……誘い?」

「うん。あなたたちの力を貸してほしい」



 力を、貸してほしい?

 


「……師匠でも勝てない相手が見つかったのか?」


「たくさんいるよ、上の階層には。——ワクワクするでしょ?」


「俺はアンタと違って戦闘狂バトルジャンキーじゃないからな?」


「すごい。どの口が言ってんだろう。ふしぎー」



 師匠が意味ありげな視線で俺を捉える。

 ウララと柚佳ちゃんも、同様の瞳で頷いた。

 みんな、そういう認識で一致したらしい。



「そ……それで、詳しく教えてくれよ」


「手伝ってくれるってことでいいの?」


「貸しがあるからな。ウララが嫌がっても恩は返すぜ」


「お兄ちゃんでよければ好きに使ってください!」


「え、え、え、い、いいの、ウララ……!?」


「え? 柚佳もお兄ちゃん貸してほしい?」


「いいの? ——じゃなくて!」



 柚佳ちゃんは赤い顔のまま、俺を一瞥いちべつ

 なにか言いたそうにして、結局なにも言わず俯いた。



「かわいいなあ、柚佳は」

「うぅ……っ」



 そんな柚佳を抱き寄せて頭を撫でるウララ。

 


「相変わらず仲がいいね」


「師匠はいつウララと知り合ったんだ?」


「お兄さんがニートしてる時に」


「なんかすまぬ」



 とりあえず謝っておく。



「色々あったんだ。助けてもらったし、助けてあげた。うちのチームに誘ってもいたんだけど、断られちゃって」


「チームとかあるんすか、パイセン」


「あるよ。深江市ダンジョン攻略最速プロジェクトチーム」


「なが」


「通称、キズナ・カンパニー(株)」


「自分のなまえ会社名にしちゃったんだ」


「このまえ上場した」


「うまくいってんじゃん。——え、どこまで本当?」


「全部、本当」



 す……すげえ。それ以外の言葉が見つからないぜ。

 ……いや、待てよ。ってことは、



「シャッチョさん、シャッチョさん。俺、このあたりで一番いいお店知ってるよ? よかったら紹介するよ、かわいい子もたくさんよ? なんなら肩でも揉むよ? あ、靴舐める?」


「露骨に媚び売り始めた」


「俺と師匠の仲よ。なんでもするよ? 踊りでも踊ろうか?」


「じゃあ来週の日曜日……深江駅地下ダンジョン七〇階層ボスを討伐することができたら、報酬として一千万あげる」


「!?」



 いっせ……!?

 

 突然の真面目な話カウンターに俺は、服を脱ぎかけたまま固まった。



「その話、マジですか?」

「うん。あなたにはそれだけの価値があるってこと」

「それは……ちょっと多過ぎじゃないか?」



 いくら社長とはいえ、一人の人間に支払う報酬としては多過ぎな気がするぞ。


 他にも社員とかいるんだろうし。


 その人たちの給与がどれくらいかは知らんけど、あまり多過ぎると俺、殺されちゃうかもしれないし。



「もし今後も攻略を手伝ってくれるなら、年棒として五千万あげる」


「プロ契約っすか!?」


「今季のあなたの価値は六千万。来季はもっと伸びてるかも」


「さ……三億とか、稼げますかね?」


「あなたの頑張り次第」



 俺の肩にポンと手を置いて、師匠が頷いた。

 俺は、



「ウララ。俺、プロになる」

「お兄ちゃん……」



 振り返ると、ウララは満面の笑みでこう言った。



きずなさんとすっっっっっごく仲良いんだねッ!」

「……!」



 あれえ?



「へえー。ふぅ〜ん。そっかあ。お兄ちゃんはー、そういう感じなんだー」


「あの、ウララさん? なにか勘違いしてませんか?」


「してないよ。プロ契約、おめでとう。お兄ちゃん。——行こっか、柚佳」


「ぁ、え、ぅ、ぅん……あ、ああ、あの、ま、また後で……!」



 柚佳ちゃんを引きずるようにして廊下の奥へ消えていくウララ。



「めちゃめちゃ怒ってるぜ……」


「じゃ、私はこれで」


「おい。アンタ責任取れよ」


「じゃあ結婚してくれる?」


「急に重いな!」


「私、重いよ。きっとウララちゃんより」



 そう言って、さりげなく俺の指に指を絡ませながら、



「ちょっとだけ、ワクワクしてる」

「え?」

「一緒に働けること」



 絡まった指が解ける。そのまま紫色の髪をなびかせて、師匠は来た道を戻って行った。



「とりあえず明後日、朝十時に深江駅集合ね。ボス攻略前のミーティングするから」



 ——今よりレベル、上げといてね。


 そんな無責任な言葉を最後に残して。






 退院準備を終え、決して安くはないお会計を済ませるために俺は病室を出た。



「……階段で降りるか」



 エレベーターはちょうど動いたばかりで、戻ってくるのにしばらく時間がかかりそうだった。


 俺は反対側の廊下を進み、階段を降りる。


 一階の踊り場に差し掛かったところで、強い香水の匂いが鼻を刺した。


 

「この匂いは……」



 独特で異質な甘い匂いを放つ香水は……あの子しかいない。


 

「やっぱり。こんなとこで何してんだ、柚佳ちゃん」

「さ、さ、さっきぶりです……み、湊さん……っ」



 階段を降りた先、全く人気ひとけのないそこで壁に背を預けた柚佳ちゃんが、俺に気付いて頭を下げた。



「こ、ここにいたら、会えるかもって……」


「……俺がエレベーター乗ってたらどうしてたんだ?」


「あ、諦めてました」


「ギャンブラーだな」


「で、でも、か、勝ちました……」



 モジモジしながら上目遣い気味に俺を見遣る柚佳ちゃん。

 こうして二人っきりっていうのは初めてのこと——ではない。

 これで、三回目だ。



「ウララは?」

「さ、先に帰りました。う、うちは、よ、用事があるって……」



 一回目は、木原のおっちゃんを伴ってのダンジョン後にこっそりと提案してきた。



「ご、ごめんなさ、い。で、でも、我慢、で、き、きなく、て」



 二回目は、逢木鬼あきぎ戦の二日前。師匠との特訓を終えた帰り道で。



「ご、ご褒美、ほ、ほしい、です。か、勝った……ご、ご褒美……!」



 しゅるっと、柚佳ちゃんの腰からスカートが落ちた。

 あらわになる赤い下着。

 壁に手をつけた柚佳ちゃんが、いやらしく俺を誘う。



「て、て、手伝ってあ、あげたんですから……! こ、これくらい、いいですよね……!」

「………」

「じ、じゃなくて——う、ウララを助けるため……そ、そうです、ウララのためですから! れ、レベル上げ、し、しましょう……! は、はやくぅ……!」



 ……ウララのため。

 そう、ウララのため。

 

 実に都合のいい言葉だった。



「お、お願いし、します、早く……だ、誰か、来ちゃう……からぁ」

「ウララの親友のくせに、クズだなおまえ」

「み、湊さんだって、う、嘘つき……で、す——ぁぁぁぁっ!」



 嬌声きょうせいを上げて身悶える柚佳ちゃん。

 俺は小ぶりの腰を強く掴んで、乱暴に壁へ押し付けた。

 柚佳ちゃんは快感に震えながら、喘ぐ。



「す、スキルのことも、こうしてこっそり会ってることも、まだ隠してる……っ」

「………」

「い、いいですよ。う、うちは別に一番じゃなくても」



 挑発するように、柚佳ちゃんが舌を唇に這わせた。


 普段は虫一匹殺せないような顔をしているくせに。


 自分の欲望のためなら、いくらでも獰猛どうもうになれる——それが彼女の本性。



「そ、そういうのが好きなんです……! つ、付き合うとか、しなくていいから、つ、都合のいい女でい、いいから……! いつでも、呼び出されたら行きますからぁぁ! 好きに使ってくださいぃぃ……!」


「……俺は」


「う、ウララを助けるのに、三億、必要……なんでしょう?」



 俺は彼女を黙らせるために、腰を打ちつけた。

 下品な声を階段に響かせながら、柚佳ちゃんは言った。



「い、いヒィ、ま、より強くなってぇぇ、ヘぁッ、……っ、だ、ダンジョン攻略に貢献できればぁぁ、も、もっとお金がまわりま——はぅぁッ」


「………」


「じ、時間、あまりな、いですよぉ……!」


「……こ、のッ」


「ら、来年の春までにぃぃぃっ! あ、ぁぁアスクレピオスの杖ぇっ、手に、入れない、と——ふぁぁぁっ!」



 ——ウララ、死んじゃいますよ。

 


 盛大に、柚佳ちゃんの中へと吐き出した俺は。


 レベルアップの感触と共に、数週間前のことを思い出した。



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