第45話 二番でもいいよ

「……入院代がキツい」



 逢木鬼あきぎに勝利したあと、大歓声に沸くなか俺も意識を失った。


 そして気がつくと前にもお世話になった病室の天井。


 どうやら丸一日眠っていたようで、破壊されたAランク以上の装備はすべて復元されていた。


 残念ながら、義手はCランク。

 破壊されたまま復元しないので、またガチャで当てに行くしかない。



「仕方ないよ、あれだけ派手にやったんだもん。一泊くらい入院してった方がいいって」

「ポーション飲んだんだから大丈夫じゃないか?」

「念の為だよ、念のため! そ・れ・に……」



 ずっとつきっきりで看病してくれていたらしいウララが、ベッドに上がって俺にまたがる。



「暇は、させないよ……♡」

「……こ、ここで?」

「鍵、閉めたよ?」

「そういう問題じゃ……」

「えへへ。声、我慢するからおねがい……お兄ちゃん♡」



 猫撫で声で甘えてくるウララ。

 正直なところ、目を覚ましてウララの顔を見た瞬間から息子が爆発しそうだった。

 

 A級と化したスキル:淫我いんがの副作用だ。

 等級を上げるたびに強くなっていく副作用それに抗うのは難しい。


 かなり強力なスキルだから、近いうちにはS級に底上げしたいのだが……代償が恐ろしい。


 いつかウララを壊してしまいそうな気がする。


 

「——ぉ、ぉ、へ、ぇぇ……っ」



 行為を終えて、意識を失う寸前のウララにシーツをかける。


 ここが三階でよかった。


 換気のために窓を開ける。なんとなく下に視線を向けると、見知った顔が花束を持ってこちらに手を振っていた。


 柚佳ゆかちゃんだった。



「マズい」



 ベッドの上で痙攣する半裸のウララをみて、俺は顔を引き攣らせた。

 病室にれるわけにはいかない。


 というか、今の状態のウララを見せるわけにはいかない。


 俺は着崩れた病衣を直して、病室を出た。

 エレベーターホールまで迎えに行く。


 やがてエレベーターが一階から上がってきて、



「——ん。来るのわかった? 元気そうでよかったよ」

「え——師匠?」

「ポテト、いる?」



 エレベーターから上がってきたのは、柚佳ちゃんではなく、清楚なワンピース姿の師匠だった。

 手には果物が入ったカゴと、マッ○の袋をぶら下げている。



「いや、今はいいっス」

「そう。残念」



 言って、師匠は俺の前までやってくると鳩尾あたりに手刀をついた。

 手首を左に捻りながら。



「……?」

「あと二ミリ、捻りが足りない」

「……厳しいな」



 おそらく師匠が言っているのは、逢木鬼へのトドメとなった最後の技・禍突かとつの話。


 師匠の家に代々伝わるという臥滅ふめつ流剣術の技の一つを、俺は決定打として教えてもらっていた。



「でも、よかったよ。だいたいイメージ通りに進んだ」


「俺は必死に喰らいついてただけだけどな。計算とかイメージとか、やってみたら実際そんな余裕なかったし。今だって、勝った実感ないし」



 俺一人の力で勝ったわけじゃない。


 柚佳ちゃんのスキルやウララのサポートと根回し、そして師匠の指導があってようやく五分にまで持って行けたんだ。


 

「アイツは俺なんかよりもずっと努力してて、遠いくらいに強いヤツだったよ」



 もう一度やれと言われたら、次は勝てる気がしない。

 いくつもの策と小細工を用意しての勝利だ。

 同じ種は通用しない。なにかしらの新しい策がなければ、次は確実に殺されるだろう。


 それと、拳を重ねてわかったこともある。

 アイツは見てくれやら口やらは悪いが案外、いいヤツなのかもしれない——ってこと。

 


「でも、勝ちは勝ちだよ。それを誇らないで、いったい誰が誇るのさ」



 そんな俺を見て、師匠が薄く笑った。



「二年という期間、レベル差、経験値の差、そして装備やスキルの熟練度。それら諸々において劣っていながらも、あらゆる手段を尽くして勝利をもぎ取った。最終的に立ってるヤツが偉いんだよ。ズルいとかダサいとか、そんな野次は戦ってないヤツらの戯言ざれごと。負けたあの人も、そこをとやかく言ってくることはないと思うな。むしろ、オレに勝ったんだから堂々としてろクソ雑魚、とか言われそう」



 逢木鬼の声と表情を真似る師匠。

 ぜんぜん似ていなかったが、俺を元気付けようとしてくれていることはわかった。


 ……勝利を誇れ。堂々としていろ、か。


 確かに勝ち方がどうであれ、俺は勝ったんだ。

 それを踏み躙るような態度は、敗者への侮辱でしかない。



「ありがとう、師匠」

「ん」

「俺、もっと強くなるよ」



 今よりもっと強くなって、逢木鬼とタイマン張っても勝てるくらいには強くなって。

 そしたら……



「だから次は、俺の相手をしてくれよ」

「……そう来る?」

「勝ったらご褒美、くれよな?」

「——っ」



 俺の冗談に、師匠は動揺した。

 動揺して、これまで一度も崩したことのなかったポーカーフェイスが剥がれた。



「か……彼女持ち、だよね?」

「師匠……。つまり、ご褒美ってそういうことをしてくれるっていう認識でいいのか?」

「——っ!」

「かわいいな、師匠」



 目線を右往左往させて恥じらう師匠。

 なんか熱いものが込み上げてきた。

 胸が昂る。



「う……浮気は、よくない」

「じゃあ、勝ったら都合のいい彼女になってくれ」

「ば——ばか。やだ。そんな……軽くない……!」

「とか言いながら、満更でもなかったりして」

「——っ!!」



 やば、この子おもしろ。


 と、思うのと同時に、一回りも年下の相手に俺はいったい何を言っているのだろうか、という罪悪感が湧いてきた。


 ……セクハラで訴えられたりしないよな?

 ちょっと怖い。


 これもきっと淫我スキルのせいだと思うことにした。



「あ……そういえば、なにか忘れてるような」

「い……一番、がいい」

「ん?」



 ボソッと師匠が呟いた。


 俺はなにか忘れかけている重要なことに手を伸ばしながら、師匠に視線を戻す。

 


「……っ」



 師匠は、赤らめた顔で唇を噛みながら、俺を見上げていた。

 あの強くてクールぶったポテト好きの師匠とは思えない、とてもかわいらしい顔で、言った。



「私は、一番が好きだから」

「師匠——」

「あなたの一番に、なりたい……っ」



 俺の、一番?

 それって……つまり。



「安心しろ、師匠」


「え——」


「俺の中で師匠はもう、一番だ」


「———」


「アンタが一番の好敵手だよ」


「——誤魔化さないで」


「!?」



 気付くと首筋に刃が添われていた。


 あの……それ、ヤバいヤツです。


 木刀とか手刀とかならまだしも、それガチ武器じゃないですか。

 ニヤニヤとこっちを伺っていた看護師さんも顔真っ青ですよ。



「がんばって想いを伝えたのに」

「……ハイ」

「鈍感なふりは、よくない」

「ゴメンナサイ」

「また、ふざける」



 ムクっと頬を膨らませて、剣をアイテムボックスにしまう師匠。

 看護師さんと俺は胸を撫で下ろす。

 師匠は、



「ごめんなさい。迷惑、だったよね」

「へ?」



 急にテンションを下げて俯いた。



「彼女、いるのに」

「あ、いや、えっと」

「もう、あなたとは会わないから」



 すごいデジャブを感じて、俺は咄嗟にエレベーターホールへ向かおうとした師匠の手を掴む。



「おいおいおい。ズルいぞ、そんなこと言われたら引き留めるしかないだろ」

「じゃあどうするの?」

「どうするって言われても……本気か?」



 本気で、俺のこと……。



「思春期の女の子を弄んだ罪は軽くない」

「弄んだつもりはないぞ」

「年上の男性とあんなに濃厚な時間を過ごしたら、誰だって好きになる。私も好きになる」

「変な言い方やめろ」



 一緒にダンジョン行っただけだろ。

 おいそこの看護師たち。修羅場だ修羅場って騒いでないで仕事しろ。



「あー、もう。どうすればいいんだ、俺は」


「ふればいいと思うよ。私を」


「ふったらもう会ってくれないだろ」


「男って、そういう都合のいいところあるよね。おれのこと好きな女はとりあえずキープ、的な」


「少女漫画だけの話だろそれ」


「目の前にいるもん」


「俺はそんな——」


「お兄ちゃん、何してるの?」


「——クズじゃ、な……ああ……?」



 背後から声をかけられて、俺は口から心臓が飛び出そうだった。

 


「お兄ちゃん」


「………」


「わたしを置いて」


「………」


「外でなにしてるの?」


「………」


「ねえ。こっち向きなよ」



 いやに明るいウララの声。まるで背中にナイフでも突き付けられているかのような感触。

 俺は恐るおそる、振り返った。


 そこには、気まずそうに目をそらす柚佳ちゃんと。



「後ろにいる人、だあれ? 紹介してよ、顔がよく見えない」


「……っ」


「お兄ちゃん……まさか、もう浮気してたり、してないよね?」



 してないです。と言いたいところだったが、おいやめろ。病衣の中に手を忍ばせるな。

 冷たいし……その指の感触は、マズイ。



「助けてあげよっか?」

「………」

「助けて欲しかったら右に重心傾けて」



 俺は不自然にならないよう右に重心を傾けた。

 すると、



「今は二番でもいいよ」

「!?」

「そのうち、一番になるから」



 そんなことを呟いて、師匠は俺の右側から威風堂々と姿を現した。



「——久しぶり。ウララちゃん」


「——っ、きずな……さん……!」

「あ、え、き、き、紲さん……!」


「え、知り合い系……?」



 予想とは全く違う二人の反応につい口が開く。

 キズナ——その名に、聞き覚えがあった気がした。



「お兄ちゃん……紲さんと知り合いだったの?」

「し、知り合いっていうか、俺の師匠……」

「……! 紲さんが、お兄ちゃんの……!」



 面食らったように固まるウララ。

 さっきまでの物騒な雰囲気はどこかへ吹っ飛んでいた。

 ラッキー。



「お兄ちゃんのことだから、その人がいったいどういう人なのかわからないと思うけど!」


「ああ。名前も知らなかったぞ」


「まさか師匠が女の子だとは思わなかったけどね、わたしは!」


「それはすまぬ」


「別にいいけど、よくないけど! でも、そっか。紲さんが師匠だったから、お兄ちゃんはとんでもなく強くなったんだね」


「言い過ぎだよ。あなたのお兄さんは、元から高い資質があっただけ」


「そ、そ、そんなことないですお兄ちゃんだってニートだもん!」



 もうニートじゃねえよ。



「……で、師匠はいったい何者なんだ?」



 俺の問いかけに、ウララは嬉々として言った。



「不動のランキング1位——最強の勇者さまだよ」



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