第44話 ファイナル・ラウンド

『な、なにこのステータスの伸び……!? き、急にステータスが……!』


「——っ、怒髪冠どはつかんか?」



 驚愕に打ち震えるウララの声。

 俺は痛みに呻きながらも訊き返す。



 たしか、ヤツの固有スキル:怒髪冠《S》は怒りの総和を攻撃力に加算するものだったはず。ただでさえ高い攻撃力がさらに跳ね上がる——直撃すれば最期。掠りすらも致命傷の域での死闘がラストスパートの手筈だ。



『ううん……それは攻撃力だけ。でも、これは全部のステータスが——え、嘘』

「どうした?」

『なに、これ。進化……? お、お兄ちゃんスキルが進化して——』



 ウララの言葉は、最後まで聞き取ることができなかった。



「——余所見してんな」

「ッ」

「オレにぶっ殺されるところをしっかりみとけ」


 

 ソイツは、気がつくと目の前にいた。

 目先に、刃が迫る。



 はやい——爆風にも似た熱の奔流が、俺の体を駆け抜けた。



 回避、不可能。


 ただでさえ陽炎に追い詰められ、逃げ場がないにも関わらずこの超速度の追撃。



「———」



 防御か?

 いや無理だ。

 HPゲージが視界の端で赤くチラつく。

 柚佳ちゃんの恩恵を失った以上、確実にかわす以外は等しく死に直結する。



 たとえ完璧に防いだとしても、掛け離れたATKとDEFのフィードバックで——死ぬ。



 いやに遅く流れる時間の中で、導き出された結論は俺の敗北だった。


 どう転んでも、この一撃で残りのHPは完膚なきまでに削られ。


 俺は、死ぬ。


 ならば——



「この一瞬に——燃焼ねんしょうすればいいだけの話だろ」



 瞬間、俺の体から吹き荒れる黒。


 眼前の赤を喰らうように、俺のアロンダイトが唸りを上げた。



「ハッ——そう来なくっちゃなァッ!!」

「行くぞぉぉぉぉッッ!!」


 

 スキル:淫我いんが《A》の発動——ATK、DEF、 AGIに+1200の恩恵を受けた俺は、咆哮を振り絞って拳を突き出した。


 互いに音速を越えて放たれた得物は激しく火花を散らし、駆け抜ける衝撃がHPゲージを喰らう。


 消える——命の灯火が。


 その前に。それよりも速く——もっとはやく……ッ!!



「うぁぁぁあッぉおぉぉぉおおおおおおおおお———ッッ!!」



 何度も何度も何度も何度も突き出した拳は、しかし全て双剣に見切られ。



「オレに勝てると、一瞬でも思ったか?」


「——ぁ」


「うぜえンだよ。身の程知らずが」



 HPゲージが0からになるのと同時に、俺の胸に剣が突き刺さった。


 完全なオーバーキル。


 込み上げてくる血反吐——



「あの世でもしっかり布教しとけ。逢木鬼あきぎウユカは最強だとな」



 俺の鮮血と共に抜き放たれた剣。

 背をひるがえす逢木鬼の姿。

 徐々に体から力が抜けていく。

 


 ああ、これが……死か。



 冷たいな。

 倒れた地面の冷たさを感じながら。


 俺は、きっと。


 笑顔で死ねたんだと思う。



 ——マスターの死亡を確認しました。


 ——黒鳳凰イルセトを起動し、戦闘を続行しますか?







「——あ?」



 逢木鬼あきぎウユカは、その凄絶な気配を受けて振り返った。

 振り返って、目をく。

 

 確かに、ヤツは死んだはずだった。

 HPゲージの消失も確認した。

 だというのに、



「なんで立ってんだよ」

「———」



 返答はない。

 両腕をぶらりと垂れ流し、顔を下に向けて。


 とても自然体とは言えない状態で、しかし確実に湊は立ち上がっていた。



「なんで、生きて……やがる……——ッ!?」



 湊の口から返答はない。が、応えるかのように〝漆黒〟が胎動たいどうを始めた。

 

 脱力して動かない湊の足元から黒が這い上がり、飲み込んでいく。

 

 つま先から頭まで。

 湊という存在を喰らうように、全てを飲み込んで——それは形成された。



「ッ」


 

 現れたのは、光すらも飲み込む極黒ごっこくの全身鎧に身を包んだ湊。


 騎士……と呼ぶにはあまりにも禍々しく、不気味で、異質なソレから声が響いた。



「構えろよ、クソ修羅」


「———」


最終決戦ファイナル・ラウンドだ」



 刹那、逢木鬼の剣と湊の拳が重なり——赤と黒の波濤はとうが闘技場を覆った。

 

 

「っ、ぐ、の野郎ッ!!」



 ミシミシ、と全身の骨が軋むのを感じる。

 重い拳だった。

 先ほどまでとその質が違う。


 真っ向から防御を捨てて攻撃してくるあたり、耐久値にも自信があるのだろう。


 ゼロから最大値まで完全回復したHPゲージは、わずかに削れるばかり。


 そして何より——異様にはやい。



「——うらァァッ!!」



 攻撃値というアドバンテージをこちらが保有しているのに対し、向こうはこちらを上回る敏捷びんしょう性を獲得していた。


 逢木鬼が双剣でなければ、そして長くつちかってきた戦闘経験がなければ、剣を自由に振ることも許されなかっただろう。


 極黒ごっこくの残像を撒き散らしながら肉薄する湊へ、憤怒の一撃が落とされる。


 呼応するように、湊の黒腕こくわんが轟いた。



「一度死んだ気分はどうよ!? 主人公気分でカッコよく復活ってか? それもどうせ次はねえだろう!? なあ、もう一度ぶっ殺してやるから今の気持ちを教えてくれよなァッ!!」


 

 互いの足元を砕き、蜘蛛の巣状に亀裂が広がっていく。

 駆け抜ける衝撃波に両者共に臆せず、



「興奮するなよ、犬っころ。すぐ向こうに連れてってやる」

「ソレはこっちの科白せりふなんだよサルがッ」



 再度ぶつかる拳と剣。弾ける炎。軋む装備。

 秒刻みで減っていく互いのHP。


 一撃でも多く相手に打ち込む——ただそれだけのために、二人はたけえる。


 そして、



「——!?」

「ッ!?」



 幾度めかの剣と拳が重なったその瞬間に、それは訪れた。

 

 耳をつんざく絶叫をたたえて、互いの得物から粒子が溢れ出した。


 湊の黒腕こくわんが。

 逢木鬼の一振りが。


 れたガラス細工のように、音を発して消えていく。



「——な」


「逸れたな、意識が」


「ッ!?」



 先に我を取り戻したのは、逢木鬼あきぎの方だった。


 戦闘経験の差がここで如実にょじつに現れ、そしてその一瞬は致命傷たり得る結果を導いた。


 残された双剣の片割れが袈裟に放たれる。


 間髪入れず滑り込ませた義手が鎧ごと、右腕のアロンダイト同様に耐久値の限界を越えて破砕はさい


 

「しまっ——」


「終わりだ——あばよ、クソ雑魚ぉぉぉぉぉッッッ!!!」




 返す刃が湊の首筋に迫る。

 



 ——やっぱり、ダメなのか?

 

 俺じゃ、こいつには勝てないのか?!


 ちくしょう。ちくしょう!

 あと少しなのに。

 あと少しで勝てるのに。

 


 ここまで追い詰めたのに……!!



「あばよ、クソ雑魚ぉぉぉぉぉッッッ!!!」


「く——そがぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」



 俺の本当の最期をいろどる赤い閃光。

 確実に、死んだ。

 確実に。


 アロンダイト武器もない。

 黒鳳凰イルセトの効力も二十四時間に一度しか使えない。


 もうダメだ——詰み。

 俺にはもう、為す術が——










「ない——ってか?」


「!?」


「くたばるのはおまえのほうだ、クソ修羅ッ」







 斬響と共に真上へ弾かれる逢木鬼の刃。

 





抜刀ばっとう——目覚めおきろ、人斬り」




 おまえが俺の、最後の切り札だ。

 

 


「——格上が最も油断するのは、勝機を確信した時だけ」



 師匠の言葉がよみがえる。

 


「必ず終盤で武器破壊というアクシデントが起きる。そこに、わたしの勝利イメージを打ち込む」



 コツは、脱力と捻り。

 そして……



「必ず仕留めるという気概——」


「て、め——」


「全身で味わえよ、これが俺と師匠の化学反応だ」



 臥滅ふめつ流・赤炎せきえんノ型——



禍突かとつ



 超高速で突き出された刀の切先が、逢木鬼の急所に直撃——



「く、そ……が」



 真っ赤な、ほんの一握りのHPゲージだけを残して、逢木鬼は意識を失った。





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