第43話 VSランキング9位 ④

 ——クソ。

 クソ。クソ。クソ。

 クソクソクソクソクソクソ———



「クゥソがァァァ——ッ!!」

「———」



 たける殺意の濁流だくりゅう

 吐血と共に搾り出した絶叫イカリに乗せて天照月詠之理双剣を力任せに振るう。


 しかし、当たらない。


 いや、正確には、生み出された斬風によってダメージを与えられているはずなのに——

 


「どうして死なねえ……ッ! さっさとくたばれよクソ雑魚がァッ!」



 オレの前に、いつまでも立ってんじゃねえ。



「なんなんだよオマエ……ッ」



 オレの邪魔してンじゃねえよ。



「テメエは——なにがしてえンだよッ!!」


「———」



 天井知らずに猛る怒りがもたらした過去最高の一閃——。

 しかし、



「が、ァ」


 

 強烈な衝撃と共にダメージを負っていたのは、己の方だった。

 に、カウンターを合わせてきた。

  


 ——なんて、ヤツだ。



 まるで地獄の番犬が吐き出す吐息のごとくきしえるみなと黒腕アロンダイトが、逢木鬼あきぎの顔面を打ち抜いた。


 たまらず後ろへる。

 HPゲージが視界の端で削られていく。

 気が付けば、それは半分を過ぎていた。



 ——クソが。オレは一体、なにをしてやがンだ。



 顔面を突き抜けた衝撃と共に、意識が混濁をはじめた。



「ぁ、あ——」



 闘技場の天井に浮かぶ光から、懐かしい女の声が響いてきた。



『おい、クソウユカ。おまえ恥ずかしくねえのかよ、いい歳していじめられっ子のままとかよ』



 おぼろげに映し出された教室。

 積み上げた人間の背に腰を降ろしたその女は、いつものようにオレを見下していた。



『勉強もいいけど、少しは体鍛えろ。あともっさり髪やめろ。メガネもやめろ。殴られたら殴り返せ。これは社会でも大事なことだぞ』



 オレより一つ上の、まだ高校を卒業もしていない学生ガキが社会について語ってんじゃねえ。的なことをオレが言うと、女は呆れたように笑った。



『声がちいせえ。なにぼやいてんだ、オマエ? あたしが好きって話ならまあ、諦めな。——あたしはな、強い男が好きなんだ』



 あたしを組み伏せられるくらいに強い男が好き。

 そんな男、この深江にいるのかよ。アンタを負かせられるほどの男が、この国に。



『さあ? いるんじゃねえの? あたしもオマエも、井の中のかわずだ。まだ世界どころか深江の外も知らねえ。きっとこの町を抜けたら、あたしより強えヤツがゴロゴロいるんだろうな!』



 きっとアンタは、生まれる年代と世界ジャンルを間違えてるよ。オレがそう言うと、



『というか、そんな顔するくらいならオマエがあたしより強くなれ』

『——は?』

『あたしが欲しいなら、強くなれよウユカ』

『———』



 その時の顔が、忘れられない。



『あ、あたしは最強の女だからな! 生半可な努力じゃ届かないと思うけど、まあ頑張ってくれ!』



 それからあのやかましい女は、あっさりと退学処分を喰らい、高校から姿を消した。

 バカだ。心の底から思った。


 しかし、本当にバカなのはオレの方だった。

 

 あの女の言葉を真に受けて、オレはその日から肉体改造を行っていた。

 毎朝ジムに通い、夜は毎日十キロ走った。

 髪も整えた。親に頭を下げてレーシックを受けさせてもらい、視力を取り戻した。

 

 オレをイジメてくるようなヤツは、もう一人もいなかった。


 簡単なことだった。 

 こんなことで、あっさりとイジメがなくなるのかと一瞬面食らったが、どうでも良かった。


 ただオレは、強くなりたかった。


 あの自称最強を負かすほどに。

 あの笑顔を、ただ一人、オレだけのものにするために——



 そして半年が経ったその日、世界は一変した。



 俗にいう第一次災害『魔物の虐殺行進デス・パレード』が始まり、筋トレや学校どころではなくなった。

 

 歪みねじ切れた漆黒の亀裂そらから濁流のごとく溢れ出す魔物の大群。

 ダンジョンの隆起。


 生きるか死ぬか。逃げるか戦うか——選択の余地もないほどに、死に物狂いで足掻いた日々。


 ただ、あの女だけは嬉々としてこの世界を楽しんでいるんだろうなと、頭の片隅で思いながら。



『ありがとうございます、本当に助かりました!』

『助けてくれてありがとう!』

『息子を助けていただきありがとうございました! なんてお礼すれば……!』



 レベルが30を超え、身を守る副産物で助かった人間に感謝されながら、オレもまたこの世界を楽しんでいたのかもしれない。


 あんなに弱かったオレが、喧嘩の一つもできなかったオレが。

 今ではまるで救世主のように崇められ、感謝され、必要とされている。



 オレは、強くなった。

 

 

 多分、いやきっと、もうあの女を超えたはず。

 


『よし——会いに行こう』



 会って、あの日から変わらぬ想いを告げる。

 どこにいるのかはわからないが、あの女は騒がしいところが好きだから。

 きっと今も、魔物と激戦を繰り広げているに違いない。

 だからこのまま、魔物が多いところを目指していけばあの女に会える——



 はず、だった。

 


『———』



 再会したのは、それから三ヶ月後。


 第二次災害『死人の舞踊ゾンビ・パニック』が始まったその日に、オレはあの女と再会した。



『——アァァ』

『なに、してんだよ』

『アァァァ』

『オイ……だから、なにして——』



 女は、あっさりとくたばっていた。

 穴の空いた脇腹。折れた腕。砂や埃や血で汚れた肢体。ボロボロの服。

 ゾンビとなって街を彷徨っていた女は、オレを見るなり襲いかかってきた。

 


『なにが、最強だよ』



 なにが、欲しいなら強くなれ、だ。



『——なに勝手にくたばってんだよ、最強……ッ!』

『アアアァァァ』



 脳天が割れんばかりの怒りが走ったのを、今でもはっきりと覚えている。

 その怒りに任せて女をぶっ殺した。


 微々たる経験値。

 レベルは、一つも上がらなかった。

 

 雨なのか、涙なのかよくわからないものが流れた。

 

 その日から、オレは『最強』になった。


 最強の女を倒したのだ。最強を継ぐのは道理で、最強でなければならない。



 欲しいものは手に入らなかったが、あの女も同じ気持ちを抱いていたことを思うと、まあ仕方がないと割り切ることができた。



 いや……割り切ることなんて、できるがわけなかった。


 

 怒りが、いつまで経っても収まらない。

 怒りが、世界の全てを醜く映し出した。

 怒りが、オレを狂わせた。



 どうしてあの女は、死ななければならなかったのだろうか。

 


 いつしかそんなことばかりを考えるようになった。

 もう終わったことなのに。

 過去のことなのに。


 どれだけ汗を流しても血を流しても魔物を殺しても、その疑問怒りだけがついてまわった。


 怒りが、世界と魔物に対する怒りが日に日に積もっていく。

 

 だから、オレは決めた。

 この怒りを抱いて、世に最強を示す。


 魔物を一匹残らず殺し尽くせば、誰よりも速くこの世界を終わらせることができれば。


 そいつはきっと、本物の最強だろ。

 

 


「——クソ、が」




 混濁していた意識がめていく。

 長い夢でも見ていたかのような感覚だった。

 時間にしてみれば経った数瞬。


 その瞬きに、逢木鬼ウユカは己が原点怒りを視た。


 

「——せ、ねえ」



 あの時の感触は、まだ手に残っている。

 体温を失った冷たい体。死臭。


 欲しかったものを失い、代わりに手にしたのは、行き場なく膨れ上がる果てなき怒り。



「ゆる、せねえんだよ……ッ」



 どうして、あの女は死ななければならなかったのか。

 どうして、オレがこんな惨めな思いをしなければならないのか。


 どうして。

 どうして。どうしてどうしてどうして——!!


 

「誰だよ」



 やがて、その怒りは。



「どこのどいつだよ」



 臨界点を突破する。



「あの女を——ったのはどいつだァァァァァ————ッッ!!」

「!?」



 っていた体が急前進——スキル:魔力放出を使用して無理やり体勢を取り戻した逢木鬼あきぎの頭突きが、湊の顔面をとらえた。


 一瞬にして吹っ飛び、地面を削りながら陽炎かげろうに衝突する湊。


 ダメージを肩代わりしていた柚佳の意識も同時に吹っ飛び、HPゲージが真っ赤に染まった。



『お兄ちゃん!? ヤバい、柚佳が……!!』


「——立てよ、クソ雑魚」


「が、くッ」



 周囲の温度が増した。

 比喩ではなく、実際に温度が上昇をはじめていた。



「教えてやる」



 怒髪、天を衝く——赤くあか闘志オーラを纏わせて、その言葉が示す通りに逢木鬼の長髪が逆立つ。



「オレが、最強だ」



 その道を阻む者ならば、例外なく殺す。

 並び立つ者など不要。

 最強はただ一人。

 己のみ。


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