第42話 VSランキング9位 ③

 互いの咆哮と共に得物が空気をきしませた。

 俺の髪が散り、逢木鬼の右肩の布が裂ける。


 着実に、微々たるものだがダメージを与えることができていた。それは俺の攻撃値がヤツの耐久値とそこまで大差がないということの証明にほかならない。


 いつかの柚佳ちゃんとオークのように、攻撃値と耐久値の差が大きければまず勝負にすらならない。攻撃したところでダメージを負うのはこちらなのだから、ジリ貧なんてレベルの話で片付けられない。


 そしてヤツの速度にも着いていけている。眼だけでなく、肉体からだも紙一重だが逢木鬼あきぎの乱舞に適応できている。



「らァッ!! どうしたよクソ雑魚、さっさとカウンター打って来いやッ」

「チッ……!」



 しかし、本当に危惧するべきはヤツの攻撃値だった。



「得意げにカウンターパンチャー気取ってたヤツが、ビビってんじゃねえよッ」

「クソが……!」



 逢木鬼の鋭さと威力を増した剣閃が俺の肩を掠める。

 掠っただけなのに、HPゲージが一センチ削れた。

 

 コイツ、攻撃値だけ見れば師匠と同等かそれ以上だ。


 この——バケモノめ。


 ビビって拳が出にくいじゃねえか!



「——ハハッ」

「あ? なに笑ってやがる気持ち悪りィッ!」



 思わず笑いが込み上げてきた。


 まったく、師匠あの子はいったい何者なのだろうか。

 

 これでトップランカーなのは確定した。

 そうじゃなきゃおかしいだろ。

 

 これが終わったら、まずは名前を訊こう。

 逢木鬼への勝利報告も兼ねて。



「……スッ」

「オラオラオラァッ!!」



 後方へ跳んだ俺を、肉食獣のごとく飛びかかる逢木鬼。

 


『お兄ちゃん、接続はできてる。こっちはいつでもいけるからね?』



 いいタイミングだ。

 俺もこれから、戦い方を変えるところだった。



「やっぱりこのまま倒すってわけにはいかねえよな」



 ステータスの差がほとんど詰められた以上、安全マージンを取りながらでも勝てるかと思ったが、やはりそう甘くはなかった。

 

 ギアを上げた逢木鬼あきぎは速い。こちらにカウンターをじ込む余地すら与えないほどに。


 ならば、どうするか。


 答えは至ってシンプル。簡単なことだ。

 ただ、ここからは俺ひとりじゃ成せない攻防になる。



「OK、お望みどおりの近接戦闘インファイトで相手してやるよ、クソ修羅ッ」

「舐めたクチ聞いてんじゃねえぞ、クソ雑魚」



 地面に着地したのと同時に俺は前へ転じる。

 降りかかる剣撃の嵐のなかへ、俺はアロンダイトを滑りこませた。


 

「まるでオレに勝てるとでも思っているかのようなその眼が、気に食わねえンだよ」



 左拳さけんが逢木鬼の顔面を捉えるも、打ち込んだ威力の倍以上の突進で俺は後ろに体勢を崩し、



「どいつもこいつも見下してんじゃねえ、オレは——」

「クソ……ッ」

「——最強だぞッ」



 一瞬にしてつくり上げられてしまったその隙をくつがえすのは、不可能だった。


 ほぼゼロ距離からの超加速突進と剣撃の嵐——


 俺の体は逢木鬼あきぎに反発するかのように吹き飛び、地面を抉り跳ねながら周囲を取り囲む陽炎かげろうに衝突した。



「死んでろ、クソ雑魚」

「———」


 

 そして無慈悲な、遠慮も躊躇も油断もなく再び距離を詰めてきた逢木鬼の刺突が、俺の喉に向けて放たれた。



「——!?」

「おい」



 しかし、



「ガラ空きだぞ」

「ぶァッ——」



 首の皮を裂きながら、俺は逢木鬼の顔面に頭突きした。

 よろけながら下がる逢木鬼。

 地面に打ち込んだアロンダイトが熱煙を噴き上げ、クールタイムに突入する。



「て、めえ……! 正気じゃ、ねえぞ!?」

「おまえ、喧嘩したことねえだろ」

「あ!?」

「刺し違えても殺すっていう気概が足りねえんだよ、クソ修羅」



 残りMPは1050。

 ほかのスキルも使用するってことを考えれば、打ててあと三、四回ってところか。


 頭やら首から流れる血を拭いながら、拳を構える。

 逢木鬼のHPは、今の頭突きでようやく一センチを超えた。


 対する俺は、レッドゾーン手前の黄色。

 色が赤に変わり、空白となったその時——俺は、死ぬ。

 死は、すぐ目前だ。



「———」



 息も詰まるような高揚感が俺の内側を支配する。 

 

 倒錯とうさく感——全身の毛穴からアドレナリンが湧き上がってくるようだった。

 それがたまらなく、



「気持ちイイ……ッ!」

「イカ、れてやがる……ッ」



 たのしくてしようがない。


 今、この瞬間だけ。

 俺は、俺として存在していられる。


 妹を想う兄でも、ましてや探索士でも社会人でも、同胞の無念を晴らす復讐者でもない。なんらかのしがらみに囚われた大人でもない。



「結局のところ、俺は俺なんだ」



 昔に戻ったような気分だった。

 あの頃の、喧嘩と武術に明け暮れた日々に。

 強くなりたいと願ったあのガキの頃に。



「あの頃から、俺はなにも変わっちゃいない」


「オイ、なにボソボソえつってやがる……そのふざけた顔のまま勝手に逝ってろクソがッ!」


『お兄ちゃん大丈夫!? しっかりして!!』


「ああ——ウララ。俺、いま——」



 愉しくて愉しくて、しようがないぜ。



「!?」



 逢木鬼の首に蹴りが炸裂し、ヤツの凄まじい突進の威力も相乗されて逢木鬼はたまらず後ろに仰け反った。


 

後ろ回し蹴りバックスピンキック……!?』



 次いで、間髪入れず逢木鬼の腰に組み付き、俺はそのまま後方へ背中を落とした。


 俺の真上を通るように、逢木鬼は頭から地面に打ち付けられる。



『ふ……フロント・スープレックス……!?』


「はは、犬神家の出来上がりや」



 蜘蛛の巣上にひび割れた地面に逆さになって埋まる逢木鬼の腹部へ、俺は肝臓打ちリバーブローを叩き込んだ。







「——素晴らしいな」



 不意に、わたしのすぐ近くから感嘆とした男性の声が聞こえてきた。


 わたしが顔を向けると、そこには二人組の男が壁に背を預ける形でお兄ちゃんと逢木鬼の死闘を眺めていた。



「ああ、そうだな兄貴。ここまで仕合がこじれるとは思ってなかったぜ。なんせ、相手はランキング9位で——いや7位か——もう片方は探索士になったばかりの新人。結果は火を見るより明らかになると思ったが……」



 二人の会話に聞き耳を立てながら、わたしも頷く。

 この場の誰もが同じ考えに違いない。


 配信のコメント欄でも、当初は負け戦だの自殺志願者だの騒がれていたが、今ではニュースのコメンテーターでさえ二人の戦いに釘付けで適当なことしか言えてない。


 その熱は冷めることなく、高まるばかり。

 わたしたちのチャンネル配信では同接がすでに一万人を超え、登録者数も跳ね上がっている。



「お兄ちゃん……!」



 お兄ちゃんの善戦を、いったい誰が予想できただろうか。


 わたしでさえ、勝利を願いながら本当は心のどこかで、敗北の気配を感じていたというのに。



「これが罪色欲之王アスモデウス|……凄まじい成長率のスキルだ。おれもまた、戦いてえヤツが増えた」


「ふ……勘違いするなよ、雄介ゆうすけ。俺が褒めてるのはその部分じゃない」


「なんだって?」


「俺が魅了されているのは、本来ヤツに搭載されている戦闘力について、だ」


「……どういうことだ、兄貴」


 

 兄貴と呼ばれた青年は、腕を組みながらお兄ちゃんを凝視する。

 あの人は、見たことがある。

 数舜考えて、



「……っ」



 生唾を飲む。


 あの人は、ランキング5位——『深江の碧い彗星』と呼ばれる実力者。

 

 川橋淳介かわはしじゅんすけだ。



「わからないか、雄介」


「わからないぜ、兄貴。おれは兄貴みてえに頭がいい方じゃねえからな。さっぱりだ」


「俺はそういうおまえの方が恐ろしいぜ。理論ではなく、感覚で俺にタメ張るおまえのほうがな」


「おれは忙しい兄貴と違ってニートだからな。レベル上げする時間は山ほどあるんだ」



 なんだろう、ちょっとあの兄弟に親近感が湧いた。



「それで、兄貴はアイツのどこに惚れたんだ?」


「ボクシング、空手、レスリング、ムエタイ、テコンドー、詠春えいしゅん拳、システマ、ジークンドー」


「……なんだ、突然?」


「アイツの動きの全てに、それら格闘技の匂いがチラついてるってことだ。しかも生半可なものじゃない。俺から言わせてみれば、達人の域に足を踏み入れている」


「……っ」


「そんなにかよ……!」



 その淳介さんの言葉にわたしも驚いて言葉が出ない。



「そ……そういうスキルをいくつも取ったってことか?」


「いや、俺の知る限り『格闘術』というスキルしかシステムには存在しない。それを取ったところで、多少おぼえがよくなったり、システムの補正で動きが矯正されたりする程度。素人が武術をあのレベルに落とし込むには、そうだな……せめてSランクの格闘術スキルと七年の実戦経験は必要だろう」


「やべえな……兄貴の言っていることがめちゃくちゃ過ぎておれには理解できねえ」



 肌をあわ立てながらわたしも頷く。

 だって、そんなはずない。


 お兄ちゃんは確かに、意外と筋肉質でしなやかで、雰囲気だけはあったけど喧嘩をしたり、なにか習ってたりしていたような記憶は——



『おいせがれ。時代は拳じゃなくなった。これからは勉学に励め』

『は?』

『じゃないと彼女できんぞ一生童貞だぞ』

『俺、きょうから勉強がんばるわ』



 昔、夜中にお義父さんとお兄ちゃんがそんな会話をしていたのを思い出す。


 さらにそういえばと、ほつれた糸からわずかに記憶がよみがえる。


 お兄ちゃんは、むかしっからやけに朝が早かった。

 夜はわたしが寝るまでそばにいてくれたのに、朝はわたしが起きるよりずっと早かった。


 そして、いつも疲れてた。

 たまに傷だらけになって帰ってきたこともあって、軽自動車に轢かれたとか言ってたっけ。

 


「もし、かしてお兄ちゃん……」



 立場が逆転し、お兄ちゃんが今度は逢木鬼を追い詰めていた。


 当初の、相手の攻撃が当たらないよう距離を保ちつつカウンターを狙っていくスタイルから大きくかけ離れ、完全な近接戦闘インファイトに切り替えたお兄ちゃんは凄まじかった。


 

「ひぐ、ひぎ、いぎぃぃ……っ♡」

「……はい、ポーション飲んで」

「ビクビク……♡」



 神風特攻のごとく、避けれない斬撃はあえて正面から拳で叩き伏せ、ほぼ一方的にHPゲージを減らしていく。


 その動きは、確かに……淳介さんが言っていたとおり素人の格闘術それじゃない。



「けどよ、兄貴。アイツがすげーのはわかった。けどあんな攻撃値オバケの野郎に特攻は危険過ぎじゃないか? 下手したらアイツ、次の一撃で死ぬかもしれねえぞ」



「は?」




 ……さすがランキング5位。鋭い。

 


逢木鬼あきぎのATKと百女鬼どうめきのDEFの差は3000近い。まともに受けなくとも掠ったり、相殺するだけでもダメージは通る」


「なんだって? じゃあ、なんでアイツは生きてる?! もう随分と前からレッドゾーン手前の黄色だぞ!?」


「わからないか、雄介」


「わからない!」


「アレを見ろ」


「あれ?」



 二人の視線が、わたしに向けられた。

 正確には、わたしの隣で痙攣している柚佳。



「あれは百女鬼どうめきの妹と……なんだ、あの変態。こんなとこでAVの撮影か?」



 弟の方が軽蔑するような視線で柚佳をみた。

 その視線でさらに柚佳は体を震わせ、四つん這いになって悶えている。


 顔を真っ赤に染め上げ、犬のように荒い息を吐きながらくねくねと身をよじらせて、必死に声を押し殺してるけど抑えきれていない。


 口の端からよだれとポーションを垂れ流しながら、柚佳も必死に戦っていた。



「『重装騎士』の職業専用スキルに『我が剣は己にあらず』というものがある。それは、指定した対象が受けるはずのダメージを肩代わりにする、といものだ」


「……!? ということは……っ」


「ふ、おもしろい男だ。勝つためなら自分の女にダメージを負わせることもいとわないくせして、あんなにも高い熱量で拳を握ってやがる。俺が女なら、キスを浴びせてやりたいぜ」



 ちょっと待ってほしい。

 誰が、誰の女だって?

 そこについては訂正させてもらいたいです。



「だからってどうしてあんなビクビクしてんだよ……」


「そういう性癖セカイもあるってことを覚えておくんだ。雄介」


「……わかったぜ、兄貴」


「しかし、いくら重装騎士で耐久値をカバーできるとはいえ、永遠じゃない。そろそろ限界も近いはずだ」



 そう、その通り。

 柚佳の耐久値がいくら高いからと言っても、柚佳自身の限界がある。

 気を失えばおわり。スキルの効果も消える。


 足元にはすでに十本の空便。

 ポーションは大量に用意してはいるけど……!



「がんばって、柚佳……! お兄ちゃんが勝つまで……!」


 


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