第41話 VSランキング9位 ②

「——た、た、大変だよウララ……! こここ、れ、見て!」



 柚佳が悲鳴にも似た声をあげて、ウララは顔を上げた。

 乱れた呼吸を整える。

 すでに戦闘は始まり、眼下では壮絶な攻撃の応酬が繰り広げられていた。



「っ、はあ……ぅ、ふぅ。そんなことより、カメラまわしてる?」

「う、うんもちろん! ——じゃなくて!」

「なによ、お兄ちゃんのカッコいい姿から目を離すほど重要なこと?」

「あき、あ、あ、逢木鬼あきぎの順位が上がってる……」

「ん?」

「だ、だ、だからランキングが、二つも上がってる……!」

「なっ——」



 柚佳が表示していたランキング画面……その9位の枠部分に、逢木鬼ウユカの名前がない。

 そこには見知った名前があるものの、標的の名ではなかった。

 下へスクロールする。

 わずかに下がったそこに、ヤツの名はあった。



 ランキング7位——逢木鬼ウユカ。レベル90。



 三日前より、レベルが五つも上がっていた。

 すぐさま鑑定を発動し、逢木鬼ウユカを視る。


 そこに表示された数値を見て、ウララは冷汗を流した。



「……あのレベルの上がりずらい高ランク帯で、たったの三日間で5も上げてるってのも異常だけど……あの人、どれだけの魔物を殺してきたの……?!」


「ATKの補正数値が、2000を超えてる……っ」



 逢木鬼ウユカの職業:凶戦士は、ATKとDEFの成長値を3倍にする。加えてたおした魔物の数+1をATKに加算する異質にして強力な職業だ。


 つまり、魔物をたおせばたおすほどに強くなる職業。得られる経験値が半減するという最大のデメリットに目を瞑れば、どれだけストイックに迷宮に挑んだかによって強さが変わる。


 ウララがもっとも危惧きぐしていたのは、この特性だった。時間を掛ければ掛けるほどに、相手は秒単位で強くなる。ほぼ毎日のように迷宮へ、一階層から攻め続けている逢木鬼あきぎウユカに時間をゆるせば、こちらの勝率も秒単位で下がっていく。


 だから準備期間は三日しか取れなかった。けれど、その三日間でまさかこんなに禍々しく成長してくるなんて……一体だれが想像できただろうか。



「き、きずなさんでも二つしか上がってないのに……」

「……ああいうタイプは、努力するのは嫌いだと思ってたけど……」

「……バケモノ」



 震える柚佳の声。

 固唾を飲むウララ。

 

 けれど、



「——それでも、お兄ちゃんなら勝てる」

「……ウララ」


 

 言い聞かせるように、祈るようにウララは空気を震わせる。



「成長率なら、お兄ちゃんだって負けてない……!」



 湊が探索士になってから、昨日までのことを振り返る。



「最初はゴブリンに苦戦しているようなお兄ちゃんだったけど」



 まだ、二週間だ。

 たったの十四日前後で、恐ろしい成長を遂げてみなとはあの場に立っている。


 対して、逢木鬼ウユカは第一次災害デス・パレードからの古参。


 それだけを切り抜いて考えれば、どちらの成長が速いかは一目瞭然だ。



「それにお兄ちゃん。結局わたしに言わなかったけど、なんか隠してるんだよね」

「か、隠しごと?」

「うん。それがなんなのか、まだわかんないけど……でも、お兄ちゃんは負けない。勝つって顔、してるから」



 なにも数字が全てじゃない。

 数字では測れないものだってある。


 

「だから、信じて」

「うん。み、湊さんも、一人で戦ってるわけじゃないし……っ!」



 そう、お兄ちゃんは一人じゃない——。

 片耳に嵌めたイヤホンに触れる。


 私は私にしかできないことをする。お兄ちゃんにできないことを、私がやる。


 私が、お兄ちゃんの眼になる。

 私が、お兄ちゃんを勝たせる。 


 私が、お兄ちゃんを——だから。



「聞こえる? お兄ちゃん——返事しなくていいから聞いて。逢木鬼とお兄ちゃんのステータス差は、ほとんどないよ」



 わたしはお兄ちゃんの勝利を願って、ちいさな嘘を吐いた。



* 



『聞こえる? お兄ちゃん——返事しなくていいから聞いて。逢木鬼あきぎとお兄ちゃんのステータス差は、ほとんどないよ』



 ——そうか。

 それは、いい情報だ。ありがとな、ウララ。

 元より臆したつもりはないが、それでも——



「———」



 猛威を振るう双剣の乱舞が俺の体をすり抜けていく。

 凄まじい剣風が肌身を撫でるたびに、毛穴の奥から冷汗が沸いて出るようだった。

 だが、



「———」

「ウザってえッ!!」



 

 


 想像していた以上にえる。

 逢木鬼の剣技、足運び、視線、呼吸——そして己の動きの全てが。


 千里眼《A》——俺が初めてマウリちゃんから買ったスキルが、ここぞとばかりに本領を発揮する。


 さらに師匠との稽古で身についた気配感知《C》と危機察知《C》もうまく掛け合わさり、



「クソがッ」

「——ここか」



 俯瞰した視点から得られる情報と、肌身を通して伝わってくる攻撃の気配。

 それら全てを読み切って、最小の動きで剣に拳を合わせる。


 振り抜かれた剣の腹部分と放たれた拳が一瞬火花を上げた。一閃の軌道を変えつつ、アロンダイト左腕が逢木鬼の胸部をぶち抜く。



「ッ——!?」

「もらうぜ、まずは一発ッ」



 空気をきしませえ上げるアロンダイトの一撃。


 MP200を消費して放たれた重低音は、その凄まじい衝撃を轟かせて逢木鬼と俺を後方へ押し戻した。



「チッ……!」

「流石に硬いな」



 かなり良いのが入った感触だったが、それでも逢木鬼の顔色を変えるにはまだ足りない。


 それでも、ランキング9位の動きに着いていき、且つ一発かましてやったことに脳汁が溢れそうなほどの興奮を覚えた。



「おまえの動きはだいたいわかった。おい——しっかり着いてこいよ、トップランカー。ギア上げるぞ」


「……ッ」



 息を吐きながら両の拳を構える俺へ、逢木鬼は沸々ふつふつと怒りをたぎらせた瞳で俺を射抜く。

 


「ハッ……よほど気分がいいみてェじゃねえか。この程度の動きに着いて来られるようになったってのがよォ」


「———!」



 生ぬるい風が吹いた。

 逢木鬼の足元から、なにかが揺れる。


 影——まるで奈落の底から這い上がる死人のような影が、陽炎かげろうが、あふれ俺たちを囲むように放たれた。


 瞬間、俺の体に重さが乗った。

 

 背に、影がしがみついている——



「上等だオラ……身の程を叩き込んでやるからかかって来い……ッ!」


『——お兄ちゃん、ここからが本番だよ。気を抜かないで』



 ああ、わかってる。

 多少ステータスの減少があろう動きが鈍ろうとも、俺の拳の冴えに変わりはない。



「行くぞ、オラァァァッ!!」


「行くぞ、クソ修羅野郎ッ!!」



 

『職業:凶戦士……禍々しい血風身にまといし餓狼。得られる経験値が半減する代わりに、ATKとDEFの成長値を3倍にする。さらに魔物を斃す度にATK+1』


『職業専用スキル:凶剣の殺意S……凶戦士の殺意に当てられたものは、戦闘終了までステータスが15%下がる。さらに殺意の影が対象と周辺を覆い、逃げ道を塞ぐ』



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