第37話 守るべきもの

「べ……ベッド……いこ」

「……っ、わかった」



 吹っ飛ばされそうになる理性をなんとか堪える。

 心臓が痛いほどにうるさかった。

 緊張なのか、興奮なのか。たぶん、比率的には半々か。


 もうまともにウララの顔を見ることができなくなった俺は、シャワーを頭からかぶる。

 お湯の熱さで思考がクリアになるかと思ったが、全然そんなことはなく。

 閉じた瞼に浮かぶのは、ウララの肢体。

 

 昔と比べてかなり大人っぽく成長を遂げたウララ。

 容姿も、体付きも、思考も。

 もう、子どもじゃないんだと理解させられて。



「お兄ちゃん……すぐ行っちゃうの、やだ。一緒に入ろ……?」



 全身を洗い終えた俺に、ウララは震える声で言った。

 頷いた俺は、ウララと向かい合うように浴槽へ——ではなく。

 


「ウララ、おまえこそベッドまで我慢できないんじゃ……?」

「そ、そんなことないよ……っ! 恥ずかしいだけだもん!」



 体勢を変えて、俺に背を向けて乗っかってきたウララ。

 我慢できずに抱きしめる。

 白磁のなめらかな肌が赤身を帯びていて、女の子特有のやわらかさに半分ほど理性が飛んだ。


 

「やっ、ぁ、お兄ちゃ、ん、くすぐったい……っ」

「ウララ……彼氏とか、できたことないのか?」

「い、ないよ……っ」



 首筋や肩、髪の毛にキスをしながらウララの肢体を撫でる。

 


「そんなの、一度もできたことないよ……ずっと、お兄ちゃんが好きだったから」



 本当に、こいつは。

 


「んんっ……!?」



 半ば強引にキスをして、舌を捩じ込む。

 涙目になりながら必死に酸素と俺の舌を求めるウララがかわいくて。



「お兄ちゃ……!」

「ごめん。もう無理」

「っ、ぁ」



 長いキスを終えて、糸を引く唇。

 ウララの体をわずかに抱き上げて、正面を向かせた。



「ん……い、いいの……?」

「なにが?」

「わた……わたし、で」



 右に視線を向け、縮こまるウララを引き寄せる。

 俺の肩に沈むウララの頭を撫でながら、俺は俺の怪物をウララにあてがった。


 それが触れた瞬間にビクッとウララの体が震えた。

 甘い電流が俺にも走る。我慢できずに漏れるウララの声が、さらに奥へおくへと怪物を押し上げていく。



「お兄ちゃ、お兄ちゃん……っ、ぁぁ」

「ウララ。好きだよ」

「っ!?」

「誰になんと言われようとも、何があっても……俺がおまえを守る」



 だから。





「——湊。この子は栗花落麗つゆりうらら。きょうからうちで預かることになった」



 もう何年も前の話。

 高校一年のその夏に、親父がどこからか彼女を連れてきた。



「う、ウララです……よろしくお願いします」

「お、おう……よろしく……?」

「喜べ、湊。かわいい義妹の誕生だ」

「いや、ちょっといきなりすぎてついていけん……」



 縁側で急に、なんの前触れもなくはじまった新家族加入の話。

 親父の足元で俺を見上げる八歳の少女は、不安気に体を震わせていた。


 深く話を訊けるような状態じゃない。

 初めて出会ったウララの顔を見て、俺はそう直感した。



「えと……ウララちゃん? よろしくな」

「………」

「………」

「悪いなあ、ウララちゃん。うちの倅は童貞なんだ」

「子どもの前でンなこと言うなよ、気持ち悪りぃ」

「どーてーなの?」

「あーあ、親父アレだぞ。性的虐待だ。ウララちゃんから離れろ!」

「ぬぁに!? これが百女鬼家のスキンシップだ!」

「せめてこの子のまえで下ネタはやめろッ」



 俺は半ば強引にウララちゃんを抱き上げ、目配せした親父から逃げる。

 親父は全力で追いかけてきた。

 だから俺も、ウララちゃんをジェットコースターにでも乗せた気分で逃げる。



「……きゃはは」

「……!」

「あはは、すごーい! はやいはやい!」



 困惑していたウララちゃんだが、一分もすれば笑ってくれた。

 俺はそれがなんだか嬉しくて。

 これが妹ってヤツなのかと、少し顔がニヤけていた。



「——その子は、俺たちの恩人なんだ」

「恩人?」



 ウララが百女鬼家にやってきて一週間が経った頃。

 遊び疲れて昼寝しているウララのそばで、親父が唐突にそんなことを教えてくれた。


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