第35話 ふたりの夜 1/2

「……っ、はぁ……」



 筋肉痛で死んでしまいそうな体を引きずって、なんとか俺はきょうも、家に帰ってくることができた。


 システムとは接続済みで、身体強化が発動しているはずなのに、俺の体はいつかの朝のように重かった。

 

 ただ、あの時とは違って多少体力がついたのか、少しだけ余裕はある。



「ただいま〜……」

「おかえりなさい、お兄ちゃん。きょうもボロボロだね……」

「ああ、なんとか生き残ったぜ」



 出迎えてくれたウララに肩を借りる。

 部屋着姿のウララからいい匂いがした。 

 疲れて霞のかかった視界が、徐々に覚醒する。



「どうかした、お兄ちゃん?」

「あ、いや……」



 顔が近い。

 匂いが甘い。

 触れた箇所から、熱のようなものを感じる。


 ——マズイ。


 俺は下半身が急激に熱くなっていくのを感じた。

 間違いなくスキル『淫我《B》』の副作用だ。



「? ごはん出来てるけど、先にたべる?」

「し、シャワー浴びたい……汗まみれで気持ち悪いし」

「わかったよ」



 ウララに引っ張られる形で浴室に到着。

 仕事が早いことに、すでに浴槽にはお湯が張られていた。

  


「お兄ちゃん脱げる?」

「脱げる……! 一人で脱げるから……!」

「そう? ……ねえ、どうしたの? くの字になって。お腹痛いの?」

「鳩尾が痛い」

「い、今自分でお腹殴ったよね……っ!?」



 ウララに背を向けて鳩尾に喝を入れる。

 なんとか50%ほどおとなしくなった。

 とはいえ、ウララに正面は見せられないので、



「ありがとな。じゃ、脱ぐから出てってくひゃあ!?」

「ふふ、変な声出てるよお兄ちゃん♡」

「ぬげ、脱げるから一人で!」



 俺のTシャツが捲れ上がる。

 一瞬で、手際よく剥ぎ取られた布が洗濯かごの中にぶち込まれた。

 


「動かないでね、下も脱がすから!」

「マジで大丈夫だから! 触らないで!」

「だってお兄ちゃん、なんか辛そうだよ?」

「師匠のシゴきが壮絶だったんだよ!」

「シゴくって……」



 ウララが、俺の背中にベッタリと張り付いて言った。



「お兄ちゃんのえっち……♡」

「ば、っ——」



 あ、え?

 

 こいつ……なんで。


 上着、着てないんだ……!?



「んっ……お兄ちゃん、背中おおきくなった気がする……」

「おま……」



 背中ごしに感じるウララの体温とやわらかな肌の感触。弾力。

 かろうじて下着はつけているようだが、それでも肌と肌が密着しすぎている。

 俺はめまいにも似た感覚を覚えて、硬直した。



「もうちょっとだけ……こうやって甘えててもいい?」

「……っ」



 俺は目を閉じて、唇を噛みながら頷いた。

 逃げられない。

 普段は逃げたり、外に走りに行ったり、一人で致して気を鎮めていたのに。

 

 多分、もう限界が近かった。

 この三日間からくる疲労も作用しているんだと思う。


 

「お兄ちゃん……お兄ちゃんんはさ、どうして戦ってるの?」



 ウララの腕が正面にまわってくる。

 ゆっくりと撫でるように、俺の肌に指を這わせながら。

 


「そ、それは……前も、言ったと思う、けど……」

「わたしのヒモをやめるためだっけ?

 それとも保険のために手元に欲しい『アスクレピオスの杖三億』?』」

「りょ、両方……」

「ふぅん……」



 ウララの腕が、俺の義手を撫でる。

 


「もうさ、探索士やめてもいいよ」

「……は?」

「配信も、辞めてもいいよ」

「ど、どうしたんだよ、急に……もう少しで収益化できそうなんだろ?」

「本当はね……本当は、お兄ちゃんと思い出作りしたかったんだ」



 義手と肩の繋がる境界線を撫でながら、ウララは言った。



「お兄ちゃんとなにかしたかったの。ずっと大変で、怖くて、でもお兄ちゃんのためならいくらでも頑張れた。けど、あはは。限界だったの……かな。お兄ちゃんに甘えたくなっちゃった。お兄ちゃんに、そばにいて欲しくなっちゃった」


「う、らら……」


「こんなかまってちゃんになっちゃった。お兄ちゃんからご褒美、ほしくなっちゃった。わがまま、言いたくなっちゃった。——好きがね、溢れちゃった。でも」



 ウララの肌が離れる。

 名残惜しく、熱が弱まる。



「もう、いいんだ。十分だよ。お兄ちゃんがこんなにボロボロになってまで、お金を稼ぐ必要は……ない、よ——あ」

「ウララ」



 離れたくない。

 その思考に身を任せて、俺はウララを抱きしめた。


 壊れてしまうんじゃないかと思うくらいに、隙間なく強く抱きしめた。

 再び重なる肌。擦れる熱。

 こんなにも華奢で、繊細で、弱々しいのに。



「ずっと俺を守ってくれて、ありがとな」

「お、に……ちゃ」

「だから次は、俺が守る番だから」

「———」



唇が、重なる。

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