第34話 秘密の特訓 3/3

『——スキル:気配感知《D》が《C》にランクアップしました』


『——スキル:危機察知《D》が《C》にランクアップしました』


『——スキル:暗順応《F》を獲得しました』



「——ッ!!」

「……ッ」



 拳と剣がぶつかる。

 火花が散って、間髪入れず振り抜いた蹴りが獣の首をへし折った。



『ギィ!?』


「スッ——」

「……!」



 襲いくる剣撃を真っ向から凌ぎ、旋回。

 四方から飛びかかってきた獣を返り討ちにし、その勢いのまま師匠へ攻勢に出る。



 視界が明るくなったか? 


 ——否、目が慣れた……と言った方がいいのか。

 

 以前として視界は不良。

 闇が蔓延はびこったままだが、それでも眼球が暗闇に潜む影を認識していた。


 スキルの影響か?

 暗闇の中でも戦える的な。



「——邪魔だな」



 俺は瞼を落とす。

 今いいとこなんだよ。邪魔すんな。



「ッらぁぁぁあああッ!!」

「っ、すごい……!」

「く、そ——こっちのセリフだよ!」



 渾身の一撃が真上に弾かれる。

 ガラ空きになった俺の胴体へ、容赦無く師匠の剣が降り注いだ。



「スぅぅッ!」



 間髪入れず義手を挟み込み、スキル:鎧冑がいちゅうの如く《D》を発動。

 まるで己が岩石にでもなったかのような感覚をイメージする。


 瞬間、衝撃——。


 なんとか師匠の斬撃を耐えた俺は、すぐさま右腕のアロンダイトを唸らせる。


 

「一発ぶち抜くぜ、師匠——」



 MPを二〇〇消費することによって、アロンダイトは瞬間的に攻撃力を増す。

 

 漆黒の装甲が軋み、地獄の底に繋がれた悪魔のような低く低い唸り声を撒き散らし——


 膨れ上がった魔力が暗闇より黒く輝き、波濤はとうを轟かせた。



ぶっ飛べアーデ・ヴィーダ——ッ!」


「———」



 凄まじい衝撃がダンジョンを駆け抜けた。

 あまりにも強い反動に俺も地面を引きずり、壁に背中を強打する。



 フシュゥゥゥ——とアロンダイトが煙を吐き出し、冷却時間に突入する。


 

 再使用まで、残り一分。

 MP二〇〇とかなりの大喰らいだが、その分強力な力を引き出すことができる。


 アイテムボックスからMPポーションを取り出し飲み干すと、すぐさま疾走をはじめた。



「おいおい、まさか今ので死んだりしてないよな師匠!」

「まさか。でも」

「——!?」

「今のは、効いたよ」



 瞼の裏からでもわかるほどの蒼白。

 闇を払う神秘的な光が、超高密度の刃となって俺の肩口を裂いた。



「おかえし」

「や、やりすぎじゃ……!?」



 一瞬にして俺のHPがレッドゾーンに迫る。

 庇った義手の耐久が危うい。


 きょう引き当てたばっかだぞ、早速ぶっ壊そうとかしてんじゃねえ!


 すぐさまHPポーションを飲み込もうとして、瞬間首筋にひんやりとした感触が伝わった。

 


「教えてあげます。格上相手の場合、ポーションを飲んで体力回復という考えは捨ててください」

「……ハイ」

「体力が削れた時点で回復は諦める。攻めて攻めて、攻め切るしかない」



 俺はぐうの音もでず、両手を挙げた。

 師匠は、剣を俺の首から離すと鞘におさめた。



「それか、あまりオススメしないけど『HP自動回復』を取るの選択肢の一つ」

「……なんでオススメしないんだ?」

「次もらえば死ぬ……そんな絶望の淵を綱渡りして乗り越えなきゃ、強くならないから」



 メルヘンな師匠はそういうと、その場にシートを取り出して腰を下ろした。



「……休憩か?」

「うん。気付いてないと思うけど、そこボス部屋だから」



 ということは、もう一〇階層まで来たのか。

 システムの時計を見ると、時刻は十八時過ぎ。


 退院したのは昼前だから……かれこれ六時間以上は休みなく潜っていたことになる。



「お兄さんは才能あるよ。この短時間で凄まじい成長してる」


「つっても、ステータスはそんな伸びてないぞ。スキルだったりは増えたり強化されたりしてるけど、レベルは1しか上げってないし」


「システムじゃ測れない部分もあるんです」



 師匠はぽんぽんと隣を叩く。お言葉に甘えて、師匠の隣に座った。


 先ほど獲得したスキル『暗順応《F》』のおかげで、暗闇の中でもしっかり師匠が手渡してきた飲み物を受け取ることができた。


 これは、マッ○のアイスコーヒーだ。

 さらにポテトやハンバーガーまで、師匠のアイテムボックスから取り出された。



「好きですか、ハンバーガー」

「好きだけど……」

「私も好きです。アイテムボックス内に入れておけば腐らないから、一ヶ月分はストックしてあるんです」

「へえ……」


 

 あんまりジャンクフードを食べるような顔してないのに、意外だ。

 スタイルだっていいし。ニキビだったりシミだったりも一つもない。

 まだ若いからか?

 それとも運動量が激しいからか。



「さっきの続きです。短時間で強くなるには、システムに頼らない地力を底上げするのが一番だと思ってます」


「……フィジカル的な?」



 ウララの言っていたことをなんとなく思い出す。



「簡単に説明すると、ジムで鍛えるか家で鍛えるかの違いです」

「え、と……?」

「じゃあ、フリーウェイトかマシンか」

「いや、わからんって」



 あれなのか? 最近の若い子は筋トレマストなのかな?



「筋肉をデカくするならジムに行った方がいい。高重量を扱えますから。でも身体能力の向上を目指すなら、自重で鍛えたほうがいいっていう話です。わかります?」


「えーと……?」


「ボディビルダーが、体操選手と同じアクロバティックな動きをやれるかどうかを考えてみてください」



 ちょっとだけ想像してみる。


 なんとなく筋肉が重すぎて、オリンピックなんかでみるような体操選手の激しい動きは出来なさそうだった。



「システムでスキルを買ったり、強化したり、武器や装備でステータスを上げたりすることを悪いとはいいません。人間には限界があるから、一定ラインを超えるためにゆくゆくは必要になることです。ですが、ほとんどの人はまだその段階ではない」



 師匠の言いたいことが、なんとなくみえてきた。

 ちょっと前にウララも似たようなことを言っていた気がする。



「システムに則って繰り出される剣撃スキルじゃ、時間と熱量を積み上げた剣撃スキルには敵わない」



 山頂で、延々と素振りする師匠の姿を思い出す。



「即席の技術じゃだめなんです。安全なところで得たものは軽いから。命を懸けて、時間を費やして身に染み込ませた技術と肉体こそが、本物の強さ足り得るから」



 だから、師匠はこんなも強いのか。

 考えることなら誰でもできる。

 けど、師匠は実際にそれをやってのけている。



「すげえよ」



 俺は改めて、師匠の偉大さを知った。

 

 

「やっぱ師匠はすげえよ」



 なら、彼女を越えるためには、どうすればいいのか。

 答えは簡単だった。



「だけど、俺の方がもっとすげえ」



 それを今から魅せてやる。



「……うそ」



 俺はシステムの接続を切った。

 装備も義手とアロンダイト以外アイテムボックスにしまう。



「流石に拳が壊れたら戦えないから、これだけは持ってくけど」

「……っ」



 息を飲む気配がする。

 スキルの恩恵を失った俺は、再び暗闇に包まれた。

 しかし、怖くない。

 道中で嫌というほど暗闇と対面してきた。

 なんとなく、ボス部屋のある方向もわかる。

 俺はそっちに向かって歩き始めた。



「それは、正気じゃない。けど」



 隣に気配を感じた。師匠が、蒼白の剣を抜く。



「そういうノリは、嫌いじゃない」

「まさかとは思うけど……」

「もちろん、システムは切った」

「はっ」



 鈍い音と共に扉がひらかれた。

 強い獣臭に混じってカビの匂いが空間を充満した。



『グルルルルル……ッ』



 部屋の奥から低い唸り声が聞こえてくる。

 姿は見えないが、強烈な気配が肌を突き刺してきた。


 体が震える。

 これは、恐怖からくるものじゃない。


 高揚からだ。



「私の中の私が言ってる。ここは、とても愉しいところだって」

「奇遇だな。俺も、愉しくて仕方がない」



 死ぬかもしれない。

 その気配が俺の……俺たちの周囲を覆っている。

 だというのに、死ぬ未来が視えないという矛盾。


 脳が沸いて溶けてしまいそうなほどの熱量に突き動かされて、俺は地を蹴った。

 


『グルルルォォォォォオオ———ッッ!!』



 吹き荒ぶ咆哮に身を委ねて、俺は拳を放つ。



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