第33話 秘密の特訓 2/3

「……ここは」

「裏山ダンジョン……私はそう呼んでる」



 師匠の提案に乗り、俺はいつもの山に来ていた。

 とはいえ、もっと奥深く。

 入ったこともない、入ろうとしたこともないその場所に、俺たちはいた。


 山頂を超えたその先……深江市からではみえない背中辺りに、その洞窟はあった。



「多分、誰も知らない。私だけが使ってる秘密のダンジョン」

「……ただでさえ、ほとんど人が近寄らない山だからな……」



 こんなところ、逆によく見つけられたものだと感心した。

 洞窟の奥からひんやりとした空気が流れてくる。

 わずかな獣の匂い。

 一メートル先すら視えない闇の向こうから、低い唸り声が聞こえてきた——気がした。



「全一〇階層で魔物の平均レベルは四〇。今のお兄さんならちょうどいい訓練になると思う」

「師匠は、一人で踏破したのか?」

「うん。誰にも教えてないし、私が見つけたんだから独占してもいいかなって」

「そうか。……ありがとな。教えてくれて」



 俺が礼を言うと、師匠は薄く笑った。



「死にそうになったら助けます。道はほぼ一本道で、視界はほぼ皆無。全神経を集中させて魔物を迎撃してください。じゃないと、あっという間に死にますよ」


「了解。と、その前に」



 俺は装備画面を開いて『A級装備:黒腕のアロンダイト』を左腕に装着した。

 瞬間、左腕に鉄の感触が伝わってくる。

 肩の部分から指先までを覆う、黒く艶やかな装甲。

 重そうな見た目とは裏腹に紙のように軽く、加えて体が軽くなるのを感じた。



「新しい武器?」

「ああ、ついさっきガチャで当てた。A級装備だってよ」

「いいのを手に入れましたね。敏捷AGI攻撃値ATKがプラス800になってる」

「あなたも鑑定持ちですか」

「当然」



 ステータスを覗かれるのはもう仕方がない。

 気にするのはやめよう。


 

「当たったのはそれだけですか?」

「いや、S級の装備とかも当たったんだけど……ちょっと特殊で」

「?」

「実はもう着けてる」

「……どこ?」

「ここ」


 

 俺は自分の胸……おおよそ、心臓があるであろうそこを叩いた。



「心臓?」

「紋章型らしい。発動条件ってのもあって……」



 俺は掻い摘んでS級装備:黒鳳王イルセトの説明をした。



「……なるほど。わかった」



 難しい顔でうなずいた師匠。

 きっとよくわからなかったに違いない。

 俺だってそうだ。実際に発動してみなければ、わからない。


 俺はガチャで当たった装備を身につけ、最後に『A級武器:人斬り・戒』を腰にく。


 使うことはほとんどないだろうがもしものためのセカンド・ウェポンとして。


 それとこの刀が保有する武器スキル:飢えた血《A》は、自分よりレベルの高いものと戦闘を行う場合、全ステータス+300を与えてくれる。



「ちなみに、どれくらいで踏破できる?」

「お兄さんのセンスがよければ、三日で」

「じゃあ、今日中に踏破してくるわ」

「ふふ。楽しみです」


 

 師匠に見送られて、俺は洞窟の中に入っていった。

 視界は……予想していた通りに悪い。

 ていうか、なにも視えない。

 一面、闇だ。

 どこからどうみても、なにも視えない。

 


「怖いですか?」

「……いや」



 怖い。

 一メートル先すらなにも視えないことが、こんなにも怖いなんて思わなかった。

 しかも、今この瞬間にでも魔物が襲ってくるかもしれないのだ。

 怖くないはずがない。

 だが、



「大丈夫だ。いける」

「かっこいいですよ、お兄さん」


 

 精一杯の強がりを吐いて、俺は進む。

 全神経を尖らせて、暗闇を一歩ずつ進む。



「———」



 気配を感じた。

 生ぬるい風と匂い——瞬間、衝撃が腹部を襲った。



「ごほッ」



 肺から空気が漏れる。

 なにかが俺に体当たりをしてきた。

 すぐさま腕を振り払うが、もうなにもいない。

 


「——がぁ!?」



 次は後ろ。

 その次は右、上、下から衝撃が襲ってくる。


 痛みは強くない。装備のおかげでHPの減りも低い。 

 だがこの調子だと、師匠が先に言った通りあっという間に死んでしまう。



「くっ……!」


 

 敵が一体なのか、二体なのか、あるいはそれ以上なのかもわからない。

 闇雲に攻撃するも、掠りすらしない。

 焦りが生まれる。

 暗闇に恐れが滲む。


 俺は、軽いパニック状態に陥りかけて——



「ッらぁぁぁッ!!」

『——!?』



 気勢を放つ。とにかく叫んだ。

 俺はビビってない、ビビってねえよと咆える。

 

 咆えて、感じた。

 息を呑む気配——すぐそば、右下から。



「そこかクソがッ!!」

『——ッ』



 振り抜いた義手がなにかを捉えた。

 犬のような形をしたソレは、ちいさな断末魔を上げて粒子となった。



「なんとなくわかったぞ」



 ほんの少しだが。

 気配を感じ取るコツが、なんとなくわかった気がした。



『スキル:気配感知《F》を獲得しました。

 続けて、スキル:危機察知《F》を獲得しました』

 


 微弱だが、嫌な感覚や気配がさっきより強く肌に感じる。

 この感覚に、意識を集中させる。

 

 息を吐いて、吸く。


 ここで生き残りたければ。

 なにかが動き出す、その瞬間を誰よりも先に感じ取れ。



「——どらぁぁッ!!」


『!?』



 繰り出した裏拳がヒットする。

 断末魔。

 右脇腹に衝撃が走る。

 よろけながら、俺は新たに向かってくる敵に拳を合わせた。



「——お見事」


「ちょ、ちょっと……なにしてんすか師匠……!?」



 火花が散って、一瞬だけ暗闇の中で師匠の美しい顔がひらけた。

 すぐに気配が遠ざかり、声だけが洞窟に響く。



「存外、センスがいいじゃないですか。お兄さん」

「そりゃどうも」

「なので、難易度を上げます」



 なにかが飛来してくる気配。

 頭に石のようなものがぶつかって、俺はよろけた。



「ここに潜むブラインド・ウルフやビック・バット同様に、私もお兄さんを襲います。対処しながら一〇階層に向かってください」


「マジかよ」


「一階層下がるごとにまた難易度を上げます。早く暗闇に慣れておいた方がいいですよ」



 冷汗が背を伝う。

 


「随分と可愛らしいことやってくれるじゃねえか、師匠」

「勝ちたいんですよね、あの人に」

「———」

「なら、これくらい乗り越えてください。——時間はありませんよ」



 バシッと、石が俺の額を打った。

 


「上等」



 義手と手甲を叩き、気合を入れた俺は暗闇を進み始めた。

 

 


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