第32話 秘密の特訓 1/3
「お兄ちゃん、これからちょっと柚佳の家に行ってくる。調べたいこととかあるから」
「おう。気をつけてな」
「うん。お兄ちゃんは準備できたらタクシーで帰るんだよ」
「で、ではしつ、失礼します……!」
ウララと柚佳ちゃんが病室を足早に出ていく。
俺は退院準備を行いながら、呟いた。
「……あんま時間ねえな」
——決行は三日後。
それまでの間に、少しでも差を詰める必要があった。
「
「え? あ、ありがとうございます……?」
看護師さんが花束を持って病室に来た。
……誰からだ?
宛先は不明。
ただQRコードだけが書かれた手紙が一通、花束の中に隠されていた。
「
花束に手紙って。
これが挑戦状だったら確実に高橋涼介ファンの仕業だ。
とりあえずスマホでQRコードを読み込んでみると、強制的に『ギルド』が開かれ——
『探索士さま、洒落にならない女剣士さまからお金を預かってます! 受け取ってくださいね!』
「……は?」
笑顔のマウリちゃんから麻袋を受け取った。瞬間、所持金に+一〇万が加算された。
俺は、頬が引き攣った。
洒落にならない女剣士。
いつもいつも配信を観てくれて、決して安くはない金額を投げてくれてはいるが……こう、こんな大金を毎回まいかい受け取っていると、怖くなる。
間違いなく彼女の投げ銭だけでサラリーマン時代の月給以上はもらっている。
見返りになにを要求されるのか、俺は怖くてたまらないぜ。
『よいお友達を持ちましたね、探索士さま! ぜひマウリにも今度紹介してください!』
「どうせおまえは金目当てだろ」
『探索士さま、なにを言っているのかマウリにはわかりません!』
……最近思うのだが、こいつ、俺の声を認識してたりしてないよな?
こっちはこっちで怖いぞ。
「……とはいえ、助かる。恩に切るってヤツだ」
武器ガチャだったりスキルだったりで金を使い過ぎていた分がチャラになった。
目標金額には程遠いが、少しでも手元に金は残していたい。
精神的な余裕のためにも。
「行くか」
準備を終え、世話になった看護さんに礼を言って俺は病院を後にした。
……ちなみに。
一週間の入院費用で見舞金一〇万が消し飛び、俺は絶望した。
*
「はあ……死ぬ」
うなだれて病院を出る。
ギルド決済ができなかったらいったいどうなっていたのだろうか。
「どうかしました?」
「いや、思っていた以上に入院代が高くて……」
「そうですか、大変でしたね」
「そうなんですよ。せっかくもらった見舞金が——へ?」
「お久しぶりです、お兄さん」
弾かれるようにして俺は、声の方向に目を向けた。
そこには、建物の柱に背を預けた少女がいた。
紺色の制服に紫色の長い髪。
一度見たら忘れることなんてできない、弩級の美少女がそこにいた。
「し……師匠……なぜ、ここに」
「その呼び方、やめてください」
彼女は俺の師匠。
名前はまだ知らない。
毎朝、山の上で俺に剣の稽古をつけてくれているので、とりあえず彼女を師匠と呼ぶことにしていた。
「どうしてここに? 師匠もだれか病院送りにされたのか?」
「……そんなとこです」
「そうか。それは、アレだったな。なんていうか……」
「いえ。元気そうなので、気にしないでください」
「それはよかった」
俺は近くの自販機に向かって、適当な炭酸ジュースを買った。
「炭酸、飲めるか?」
「飲めますけど」
「いつもの礼だ。また明日から通うから、頼むぜ。稽古」
「あっ」
俺から炭酸を受け取った師匠は、珍しそうにそれを眺めてから言った。
「……明日からで、いいんですか?」
「ん?」
キャップを開けて、ごくごくと炭酸の刺激に負けず喉に流し込む師匠。
液体が白い喉の奥を通っていくその動きが、妙に
「私は、今からでも構いませんけど」
最後の一雫が、師匠の唇から垂れる。
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