第30話 父と娘
「お兄ちゃん……ここだよ。病室」
個室の前で止まる。
『木原蓮二』の札が挟まれたそのドアを、ウララがノックした。
『はい……どうぞ』
中から、少女の声が聞こえてきた。
俺は、震える手でドアをスライドした。
「……あなた方は……お父さんの」
「きみは……
何本もの管に繋がれ、死んだように眠るおっちゃん。
そのそばで、車椅子に乗った黒髪の少女が振り返る。
おっちゃんとは似ても似つかない、気の強そうな女の子だった。
「はい。私が柚月です。帰ってもらえますか、湊さん?」
「——っ」
「あ、あの、わたしたち……謝りたくて」
「はあ?」
小馬鹿にしたように柚月ちゃんは鼻で笑った。
「なにそれ。謝ったらお父さん、目ェ覚めるの?」
「それ、は……」
「ねえ。私たち、いまどういう状況か知ってて協力してたの?」
「……どういう、意味かな?」
柚月ちゃんは、自分の胸を小突いた。
「私、あと一ヶ月で死ぬの」
「……え」
「心臓の病気。余命宣告されてるの。半年前に。
——ねえ、もう治らないんだって。深江市じゃ、治せる医者も施設もドナーもないんだって」
俺とウララは、もう何も言えなかった。
「お父さんが三億あれば、アスクレピオスの杖があれば治せるからって探索士はじめてさ。バカだよね、運動音痴でモヤシのくせに。喧嘩なんてしたことないくせに。五十代で、いい歳したおじさんで、そんな人が魔物と戦って三億稼ぐって、いったい何年待てばいいのよって……私、もう死んじゃうのに……待ってらんないよ」
ウララが体を震わせて、口元を押さえた。
崩れ落ちる。嗚咽を押し殺して。
「杖なんて要らないよ……私が死ぬまで、ずっとそばにいてくれればよかったのに……っ」
「すま、ない……本当に、申し訳、ありません……」
俺は、その場で土下座した。
それ以外、なにもできなかった。
なにも声をかけることができなかった。
いや、そんなことができるような立場じゃない。
「お父さんの、バカ……っ!」
俺は……俺たちは、彼女から一番大事なものを奪ってしまったのだから。
家族との時間……明確に記された、期限付きの。
「もう帰ってください……これ以上、そこに居られると……殺したくなる」
二度と来ないでください——。
明確な拒絶を受けて、俺とウララは病室を後にした。
*
俺にあてがわれた病室に戻ると、柚佳ちゃんがお見舞いに来ていた。
「た、たた体調は……どう、ですか……?」
「ああ、ありがとな柚佳ちゃん。めっちゃ調子いいよ」
「そ……そんな、わけ……」
俺の右腕をみて表情を落とす柚佳ちゃん。
そんな彼女の頬に手を添えて、無理やり顔を上げさせた。
「なあ、〝
「は、え……?」
「二つ名なんだけどさ、どっちもカッコよくて俺には決められねえのよ」
「……ばか?」
「真顔でそんなこと言わんでくれよ、ゆかちー」
なんて言いながら、柚佳ちゃんの胸に食指を伸ばした。
しかし、
「………」
「………」
「……おい、誰か止めないのか?」
「………」
「………」
「さ……触っちゃうぞ……?」
触られそうになっている柚佳ちゃん然り、嫉妬深いはずのウララも微動だにしない。
相当、精神的に参っているようだった。
俺はすこしでもこの場の空気を変えるために、スマホを取り出した。
「あれ……あ、そだった。右腕、ないのか」
「………」
「………」
いつもの癖で、右ポケットにしまったスマホ。
そこにあったはずのものがない違和感。
俺はなにも考えないようにしながら、体を捻ってスマホを取り出した。
「たしか、義手ってあったよな。武器ガチャの排出一覧表にそんなのが書かれてた気がする」
『お久しぶりですね、探索士さま……もう、帰ってこないのかと思いました』
「ずっと寝てたからな。会いたかったぜ、マウリちゃん」
『……あれ、きょうはないんですね。パイタッチ』
マウリちゃんの欲しがるような言葉を流して、俺は『ガチャ』に移動した。
武器ガチャ。
一連で千円。十連だと一万円。
十連にすれば高レアリティ武具の排出率が跳ね上がるらしい。
「来い、義手!」
俺は無理やり明るい声を出して十連ボタンを押した。
画面が切り替わり、マウリちゃんが十個の宝箱を一つずつ開いていく様子が映し出された。
『こ、これは……!?』
四番目に開かれた宝箱が虹色に光り、マウリちゃんの驚愕顔がカットインで流れる。
『探索士さま、どうぞ受け取ってください!』
・S級装備:
・A級武器:黒腕のアロンダイト(左)
・A級武器:人斬り・戒
・B級装備:聖母の祈り(指輪)×2
・B級装備:魔人の憤り(ローブ)
・B級装備:魔人の憤り(指輪)
・C級装備:戦闘用強化義手(左右使用可)
・C級武器:聖人の戒め(腕輪)
・D級装備:プロテインスクープ
マジか、と俺は排出した装備一覧を見て呟いた。
「マジで、なんか義手あたったぞ。しかも……腕専用装備もこのタイミングで」
数日前はふざけたような装備類しか当たらなかったのに、今回の十連は仕組まれたかのように良排出だった。
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