第27話 破滅への足音 3/3

 ウララの予想通り、ものの一時間で一〇階層にたどり着いた。


 破竹の勢いで階層突破を遂げたおっちゃんは、ボス部屋の扉を蹴り開ける。俺たちの到着を待たずして、おっちゃんはボス部屋へ先行してしまった。



「待てよ、おっちゃん! いっかい休憩挟んだほうがいいんじゃねえか?!」

「MPポーションならさっき飲んだので問題ありませんよ!!」

「マジかよ」



 そういえば、MPもポーションで回復できるんだった。

 すっかり忘れていた俺は、急いでボス部屋へ向かう。



「お兄ちゃん、気をつけて。いくらあの状態の木原さんでも、ボスは……」

「わかってる。柚佳ちゃん、頼むぜ」

「は、はい……!」



 頼りの綱である柚佳ちゃんと頷きあって、俺たちはボスの待ち構えるその空間に足を踏み入れた。——瞬間、



「!?」

「——がほッ」



 おっちゃんが野球ボールのように吹っ飛び、バウンドしながら壁に沈んだ。

 舞う飛礫つぶて。血の匂い。


 次いで、耳をつんざく絶叫にも似た歓喜。


 部屋の中央で、そいつは気持ち良さげに叫んでいた。

 一目でわかる。


 あれこそが、この先の侵入を拒む守護者——



「オーク……ディザスター……ッ」

「き、きます……! うう後ろに!」

「木原さんのことは一旦忘れて、目の前に集中してお兄ちゃん!」

「……っ! ちくしょう、やるか!」


『——ドルララァぁぁぁぁぁァァッ!!』

 


 並のオークとは比べ物にならない大きさの巨体に、身の丈以上にも迫る大斧。


 これまでの魔物とは一線を画すボスとしての風格、迫力に圧倒されながらも、俺は拳を構えた。


 気合いを入れろ。

 ヤツから目を離すな。

 俺は、俺にできることをやれ。



「突進来るよ! 柚佳が受け止めるから、お兄ちゃんは——」

「んんっ!」



 巨体とは思えないほどの速度で突進してくるオーク・ディザスター。


 尋常ではない重圧——トラックなんて比ではないそれに、しかし柚佳ちゃんは紅の大盾で容易たやすく受け止めた。


 さらに、



『!?』



 オーク・ディザスターが押し返され、一瞬の硬直が生じる。

 盾を扱う壁役タンクにのみ許された高等技術、ノックバック。


 その隙を、俺は待っていた。



「——ぶっ飛べアーデ・ヴィーダッ!!」


『——ブッッ!!?』



 手加減なんて微塵も与えない。

 持ち得る全てのスキルを総動員して、俺はオーク・ディザスターの急所に拳をねじ込んだ。


 一瞬、淫我《B》の副作用がどれほどのものなのかが頭をよぎったが、考えるのをやめた。



「すごいっ! 三分の一けずれた!? まさかのクリティカルヒット!?」

「もう一発いくぞ!」

「だ、ダメです、一旦下がってくださいっ」



 追い討ちをかけようとした俺を柚佳ちゃんが静止する。

 


「う、ううう腕、治してください!」

「———」

「う、うちが時間、稼ぎますから……っ」



 アドレナリン全開で気付かなかったが、俺の右腕は変な方向に曲がっていた。

 所々から骨が皮膚を突き破り、血を撒き散らしている。

 それに気付くと、急に痛みが襲ってきた。



「お、お兄ちゃん大丈夫!? お兄ちゃんのHPも三分の一けずれてるよ!?」

「もう大丈夫だ」


 

 空になった小瓶を隅に投げ捨てる。


 あと二発——

 それだけぶち込めば、終わる。


 俺の腕は、多少無茶したところでもポーションを飲めば治る。

 ちぎれたりしなければ、治るのだ。

 だから今は。


 速く、決着をつける。

 


 

「もう、やっぱり武器持ったほうがいいよ!!」

「仕方ないだろ、シェイカーとか棍棒しか当たんなかったんだから!」

「それ使ってよ!」

「男は拳だろ!?」

「どうしてここぞという時にしか運を発揮できないかなあ!?」

「ないものねだりしても仕方ないだろ。こんなの、胃腸炎と比べれば……!」



 オーク・ディザスターの大斧が、柚佳ちゃんの大盾に弾かれる。

 再度のノックバック。

 硬直したその刹那に、俺は懐に飛び込んだ。



「二発目ッ!」

『ばウゥッ——!!?』

「これで——ラストッ」



 右腕の一撃がオーク・ディザスターをわずかに押し下げる。

 腕が使いものにならなくなる感覚。激痛。

 それを無視して、俺は左腕を構えた。



「お兄ちゃ——」

「マズイ——」



 オーク・ディザスターの急所へ、左拳さけんを叩き込むのと同時に俺の体にも強い衝撃が走った。


 ぶちぶち、と何かが千切れる音。

 損失感。



『———ッ』


「———ハッ」



 刹那、絡み合う視線。


 大斧を捨てたオーク・ディザスターの拳が、俺の右腕を殴り飛ばした。


 皮一枚で繋がっていた俺の右腕は鮮血を撒き散らしながら地面を転がり——。

 背後でウララの悲鳴が聞こえてくる。

 痛い。

 なんて、レベルじゃない。

 しかし、



「——愉しい、なぁ」


『———』



 このコンマにも満たぬ時の流れの中で、俺はオーク・ディザスターと同じ気持ちを共有していた。


 そして、互いに膨れ上がる闘気。笑み。

 

 俺とオークの咆哮が重なり、互いに繰り出した拳が衝突した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る