第28話 鬼神のごとく

 視界が真っ赤に染まっていた。


 一瞬か、あるいは一分、いや数十分か。

 体感的には短いが、どうやら俺は……意識を失っていたようだった。



「……勝ったのか?」

「お兄ちゃん、動かないで!? 腕が、腕が……!?」

「大丈夫、うちが守るから……! 今のうちに治療して……!」



 あれ、立っていたはずなのに。

 どうして寝てるんだろうか。



「ばか、ばかばかばか!! くそ、くっつけよ腕! ポーションでしょう!? お兄ちゃんの腕くっつけてよぉ!!」


「……ウララ」



 見たことのないウララの表情。

 俺は左腕を持ち上げて、ウララの涙を拭った。



「ポーション、無駄遣いすんなよ」

「な……に、言ってんの……っ!?」

「だから、無駄なんだろ?」

「まだ間に合うってお兄ちゃんが諦めないでよ!!?」


「——左腕があれば、十分だ」



 俺は上体を起こした。

 すぐ目の前で、柚佳ちゃんが俺たちを庇うように立っている。

 その向こうで、左腕を無くしたオーク・ディザスターが、よろよろと立ち上がった。



「決着、つけようか」

「頭……おかしいんじゃないの……」



 立ち上がろうとした俺の足を押さえつけるウララ。



「腕、無くなっちゃったんだよ……?」

「だから、左腕があるだろ」

「病院にいっても、くっつけられる先生、いないんだよ……?」

「この際だから、赤髪にしようかな」

「……死にかけた、んだよ……?」

「もう全快した」



 ウララの頭を撫でる。



「これは俺が勝負を焦ったツケだ。気にすることじゃねえよ」

「……っ」

「それに、俺は戦いたいんだよ。アイツと」

「さ、させません……うちが倒します」

「柚佳ちゃん……」


「きょうはもう、終わりです。もしかしたら、急げば、病院で腕がくっつくかもしれません」


「なんか、腕くっつけられる医者、いないそうだけど?」


「——もしかしたら! 間に合うかもしれないじゃないですか!!」



 柚佳ちゃんが全身を震わせて叫んだ。

 


「うちが……うちが、格下相手だからって油断してたから……湊さんの腕を……」


「だから」



 と、そこまで言いかけて。

 俺の声は瓦礫の爆ぜる音で掻き消された。



「バババババババババッババババあああああああああッヒッヒィぃぃぃ——ッッ!!」



 正常ではない奇声を発しながら、木原のおっちゃんが壁の奥から飛び出してきた。


 全身を痙攣させ、恍惚と涎を撒き散らしながらおっちゃんが、オーク・ディザスターに斬り掛かる。


 技術もクソもない、子どもが振り回しているかのような乱れ斬り。

 そんな攻撃じゃ、オーク・ディザスターにダメージを負わせることはできない。


 ——通常の状態で、あれば。



『……っ、ゴ、ぉ』


「ヒャハハハはははは——いただきましたぁぁぁッ!!」



 俺との戦闘で瀕死に陥っていたオーク・ディザスターは、ろくな抵抗もできず、傷口に降りかかる刃に死を視ていた。



「経験値ッ! 金ッ! 柚月ィィ!! いま助けるからなぁぁぁッ!!」



 オーク・ディザスターの頭上に浮かぶHPゲージが、一センチを切る。



「これで、トドメぇぇぇぇぇッ!!」


『———』

 


 絶叫と共に振り降ろされた剣が、オーク・ディザスターにトドメを刺す——そう誰もが思ったその刹那に。



 ソレは、現れた。



「———え、ぁ」



 赤い、血飛沫のようなほとばしる疾走が、木原のおっちゃんを吹き飛ばし——



『———』



 オーク・ディザスターが、真っ二つに切り裂かれた。



「——オイ」



 ポリゴン状となって消えていく、オーク・ディザスター。

 神々しく、禍々しいその粒子を背に。


 双剣の乱入者は言った。



「この程度の雑魚に苦戦してるようじゃ、アレだ」



 鬼神のごとく暴威を宿したその男は、こちらを嘲笑う。



「才能ねえよ」



 ランキング9位——



「辞めちまえ。雑魚どもが」



 逢木鬼ウユカは、ただそれだけを告げると、興味を無くしたかのように再び疾走を開始した。



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