第26話 破滅への足音 2/3

 なんとかおっちゃんを説得してみたものの、「元気ですから」「調子いいですから」と押し切られ、ダンジョンに入ることとなった。


 せめてもの対抗として、いきなり一〇階層にテレポートするのではなく、一階層から向かうことにした。


 時間稼ぎだ。

 おそらく一〇階層にたどり着く頃には、日が暮れている。


 いい感じの運動で血流をうながし、少しでもおっちゃんに負担をかけないようにと——そんな俺たちの目論見は、レベルの上がったおっちゃんによって一蹴された。



「どうですか、僕! 強くなったでしょう! 一週間前に比べて段違いですよ、これえええ!」



 ゴブリンの群れに単身突っ込み、嬉々として剣を振るうおっちゃん。

 確かに、おっちゃんは強くなっていた。

 レベルやステータス、技術的にも以前と比べ物にならない。

 しかし、



「おっちゃん、深入りしすぎだ」


「ははは、あれ、どうしてこんなHP削れてるんだろう。まあいいや、ポーションあればすぐに治りますし!」


「………」



 無駄な動作、リズムの悪い剣技、ポジショニング——そのどれもが不細工で、歪。


 何よりも気味が悪いのは、ダメージを受けていることに気が付いていない節があること。


 新しく獲得したというA級装備のおかげでダメージは微々たるもの。

 だが、痛みは当然ある。


 あれだけ袋叩きにあっていれば、かなり特殊な性癖でも持っていなければ、精神的にくるものがあるはずだ。


 それなのに、おっちゃんは防御を捨てて暴れまわっている。

 荒い息と汗を垂れ流しながら、据わった目で剣を振るい続けている。


 あの新装備がなければ、おっちゃんはすでに、一〇回は死んでいた。



「どうしちまったんだよ、おっちゃん!」

「え、なにがです?!」

「たしかに昨日もテンション高くてキモかアレだったけど、きょうはおかしすぎるぞ!」



 おっちゃんがダメージを受けないよう立ち回りながら、俺はゴブリンを沈めていく。

 おっちゃんはなに振り構わず奥へおくへ、魔物の居る方向へ進んでいく。最短距離で階層を駆け降りる。


 装備の性能によるゴリ押しで、おっちゃんは魔物を次から次へと屠っていく。

 


「僕は強くなりました! この調子で三億稼いで、娘との生活を取り戻すんです! そのうち新しい妻なんかも迎え入れちゃって、あははは、この歳で二人目って流石にキツイですかねえええ!!」



 テストステロンをビンビンに張り巡らせた木原のおっちゃんは、ハイテンションのまま四階層の階段を駆け降りた。



「今の僕ならッ! この装備があればッ!」

「ちくしょう、もう四階層……! おっちゃんの体力やべえな!」


「——ボスだって楽勝ですよ、湊さぁぁぁんッ!!」


「お、お兄ちゃん……」

「………っ」

「ふぉぉぉぉぉぉ——ッッ!!?」



 奇声を上げながらオークに突撃を仕掛けたおっちゃんが、返り討ちにあって壁に沈んだ。しかし、流石というべきか、A級装備をまとったおっちゃんは気味の悪い笑みを浮かべながら這い出てきた。



「んんぅぅぅ〜……痒いですねえ」

『グラォォォッ!!』

「来なさい、豚野郎」



 オークの突進を真っ向から受け止めたおっちゃん。わずかな後退を得て、おっちゃんは剣をオークの脳髄に突き刺した。



『———』

「ぁぁぁ……ッ」



 恍惚とした表情でオークの血を浴びるおっちゃん。

 ポリゴン状となって消えていくオークを吸い上げるようにして、おっちゃんは深呼吸を繰り返す。



「次……次のオークは——どこですかあああああ!?」


「——わた……わたしの、せいかな……!」

「………」

「わたしが、わたしが……木原さんにハードなスケジュール押し付けたから……」



 俺は無言で首を振った。

 


「過労であんなハイにはならんだろ」

「なな、なにか、あ、あ、ありますね……」

「でも……」


「俺の予想じゃ、もう少しで体力が尽きるはずだ。顔色もさっきより悪くなってるし。いくら装備が変わったからって、体力が無尽蔵になるわけじゃねえだろ」


「……あの装備ね」



 ウララがか細い声で言った。



「MPを消費する代わりに『身体強化《C》』と『体力増強《C》』が付与されるの」



 身体強化《C》って、マジかよ。俺より上じゃねえか。

 道理でおっちゃんの動きがおかしいと思ったぜ。



「体力増強はね、HPに起因するものじゃないんだ。精神的なタフさ……目に見えない、数値にも表れない状態を強化するの」


「……つまり、今のおっちゃんは限界を超えてもそれに気付かないほど最ッ高にハイってヤツなんだな」


「うん。MPが尽きれば終わりだけど、まだ一〇〇は残ってるし……この調子で行けば、ボス部屋にたどり着いちゃうよ」

 


 俺は背中に冷たいものが流れるのを感じた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る