第24話 深階層

「そんなことよりお兄ちゃん。マウリちゃんの絆ストーリー蹴ったの正解だったよ」

「え? そうなのか?」



 そのことに若干の後悔を感じていた俺は、ウララの言葉を待つ。



「うん。あの子、すごいお金かかるらしいよ」

「へ、へえ……まあなんとなく、わかるけど……」



 Dランクスキルを無理やり買わされたしな。



「最初はノルマ達成の手伝いでスキルとかアイテム買わされて、そのお礼でデートを何回か重ねるんだけど、財布を出したことがいっかいもないんだって」

「い、いるよな、そういう女……」



 払う気がなくとも、せめて財布くらい出せよって話だよな。うん。


 まあでも、できる男だと事前に会計を終わらせたりしてるんだろうな。

 そういう男に、俺はなりたいよ。

 まずデート相手からほしいです。



「そのうち家の借金を背負わされたり、行方をくらませたり、見つけたと思ったら心中してくださいって一緒に海に飛び込んだり」


「なあ、それってノベルで体験するんだよな? 実際にマウリちゃん、画面から出てきたりしないよな?」


「実際に現れたりしないけど、探さなきゃいけなかったり海に飛び込まないといけないよ」


「……どゆこと?」


「んー……拡張現実AR的な。そこにいないけど、アプリを通せばそこにいるって感じ。だから、側から見て誰もいない場所に向かってマウリちゃんを説得しなきゃならないし、一人で海に飛び込んで生還しないといけないの」


「……ごめん。なんか頭がおかしくなりそうだ」



 あまり難しい話はしないでほしい。

 俺のスペックはそこまで良くないんだ。



「まあともかく、絆ストーリーを蹴って正解だったよね。って話。みんなも早々に引き上げてたよ。——あ、戦闘終わったみたい。木原さん、レベルが十も上がってる!」



 マウリちゃん……。

 俺はロック画面のスマホを見つめる。


 なんだろう、この寂寥せきりょう感は。

 

 頭の中で、マウリちゃんの笑顔と声がよみがえる。

 


『探索士さま! これ買ってください!』

『探索士さまぁ〜! きょうも残業ですぅ〜』

『あ、探索士さまみっけ! えへへ、一緒に帰りましょ〜?』

『探索士さま……マウリの、マウリだけの探索士さま……』



 光の速さで駆け抜けていく、あったかもしれない過去。

 俺の瞳から、一筋の涙が溢れ落ちた。



「……お兄ちゃん……ちょっとキモイよ」

「マウリちゃん……俺は、いつかきっときみを……」

「きも」





 ——深江駅地下ダンジョン、七〇階層。



きずなぁ、またその配信観てるの? ここんところずっとじゃん」

「ん……応援してる」

「応援してほしいのはこっちの方なんだけ、どッ」



 斬響とともに吹き荒ぶ風塵。

 漆黒の鎧に身を包んだ『リザード・ネテロ』が仰け反り、次いで流れる閃がその鎧冑ごと体を切り裂いた。



「世奈さん、こっちの応援お願いします! ひとり離脱しました!」

「俺カバー入ります! 世奈さん見ててください俺の勇姿——」

「バカ、そこ動くと雪崩れ込むって!!」

「うぁぁっ!?」


「はあ……」

「行かないの?」

「HPが赤くなったらいく」

「なったよ、赤」

「んもう! いくわよ! ちょっと休憩させなさいよバカ!」

「こんな時に赤城あかぎくんがいればよかったのにね」

「まったくよ!」


 

 世奈と呼ばれた女性が、身の丈ほどの大剣を伴って地をる。

 押し倒された壁役タンクに群がる三体のリザード・ネテロを払い切り、爆炎を撒き散らしながら追い討ちをかける。


 その勢いに乗ってほかの前衛もリザード・ネテロに喰らいつき、約一時間にものぼる死闘は終わりを迎えた。



「少しでもHP削れてたらポーション飲んで! MPも忘れずにね、あと死んだ人いない!?」

「腕ちぎれかけてたヤツいるけど、なんとか繋がりました!」

「あのバカね! どうでもいいわ!」

「ちょっと!? 聞こえてますけど!?」



 ホールの中央で軽い笑いが起こる。

 世奈は呆れ顔を浮かべながら背を向けて、ホールの奥……七〇階層に鎮座する巨大な扉に背を預けたきずなの隣に腰をおろす。



「はあ……さすがに疲れた。一体いったいがレベル60越えのくせに湧いたら一時間は止まらないって、なんなのよハード過ぎない?」

「でも、今のところおいしい狩場だよ」

「そうね……そうなんだけどね……ちょっと五巡目はキツい」

「もう無理?」

「んー……ここんところ毎日出しね。ちょっと精神的にキツい。赤城くんがいればもっと楽なんだけどさ」



 世奈の顔に影が落ちる。

 一ヶ月ほど前から急に行方をくらませた『キズナ・カンパニー』の幹部。

 

 紲に次ぐ実力者で、視野も広く、頼れる兄貴的なポジションにいた彼の不在は大きかった。

 精神的な支柱を一つ失い、そのしわ寄せを受ける世奈は疲労困憊。

 一日の活動量も以前とは比べて短くなっていた。



「はあ……赤城くん……何してるんだろ……どこにいるのかな……」

「……さあ」

「……さみしいな」



 瞳を潤ませて、泣き言を口にしはじめた世奈。

 紲はそこでようやくスマホから目線を外して、言った。



「きょうはこれでやめて、明日は休みにしよう」

「え、いいの?」

「うん。みんなの平均レベル75になったし。そろそろかなって」

「……ボス、か」



 二人は背を預けた扉に目を向ける。

 


「前回は、何人死んだっけ?」

「たくさん」

「次も、死ぬかな」

「死なないように、今回は時間をかけた」



 一ヶ月前に行った七〇階層ボス攻略戦は、無様なほどに敗北を喫した。

 幹部も二人失い、多くの仲間が死んだ。

 戦力の三分の一を失い、それから何人もの仲間が探索士をリタイアした。



「全盛期にはほど遠いし、さ……もう少し待ってもいいんじゃないかな」

「………」

「それに、この先……ダンジョンを攻略したってさ、元の生活にはもう、戻れないよ」

「そうね」



 紲は同意する。つまらなさそうに同意して、スマホをみた。



『お兄ちゃん、戦わなくていいの? てか戦ってよ。わたし、お兄ちゃんの戦ってる姿が見たいな』

『そだな。おっちゃん、交代しようぜ。少し休んでろよ』

『は、ハヒィ……!』

『あ、ちょ、お兄ちゃんどうして不意打ちしないの!?』

『おいクソ豚ども、俺を視やがれ』

『お兄ちゃん、ノリが不良漫画なんよ……』



 スキルの有利を無視して、背後からではなく正面から突っ込んでオークを屠っていく配信主。

 


「そういえばその兄妹、さっきコンビニで見たわよ」

「え?」



 横からスマホを覗き込んだ世奈が言った。



「妹がナンパされそうになってて、すれ違いざまに男の鳩尾に拳ぶち込んでたの。でもおかしいのよねえ。相手の装備と耐久値的に、ダメージを与えることなんてできないはずなのに……」


「……倒したの?」


「ええ。他の人には見えてなかったみたいだけど。善人面して救急車なんて呼んであげちゃってさ、拳なんて複雑骨折してたのに」


「………」


「でも……あの動き、素人じゃなかった。明らかにスキルの恩恵——」


「——世奈」



 世奈の唇に指が添えられる。

 強制的に口を封じられた世奈は、すぐに気がついた。



「う、嘘だろ、さっき終わったばっかじゃんか!」

「もうリポップした!? しかもあの数、さっきの倍はいるぞ……!?」



 悲鳴にも似たどよめきと共に、再出現したリザードマン・ネテロの大群が咆哮を上げた。



「っ、すぐに戦闘準備っ!! あと支援班は急いでテレポーター設置して! 私が時間を稼ぐから——」


「世奈」


「?!」



 またもや唇を指で封じられ、世奈は目を見開いた。



「私がやる」



 ただ、それだけ短く言って。

 紲は悠然と迫りくる跫音きょうおんに向かった。



「む……無茶だ、紲さん!」

「あの数、流石に紲さんでも……!」



 仲間たちの言葉に眉ひとつ動かさず、剣を抜く。

 蒼白に輝くその一振りは、息を呑むほどに美しい。


 その場の誰もが彼女と彼女の剣に魅了され、動くことができなかった。



「もう、会いたいな」



 骸録紲がいろくきずなは囁いた。



「きょうもたくさん貢いであげるからね」



 真っ白な肌を、わずかに紅潮させて。



「だから、早くここまで来て」




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 名前:骸録 紲

 Lv.96

 職業:勇者

 称号:解放者


 HP=9600/9600(■■+1200)

 MP=3840/3840(■■+1200)

 ATK=2390(+2000)(■■+1200)

 DEF=2550(+1000)(■■+1200)

 MAG=2050(+500)(■■+1200)

 AGI=3100(+500)(■■+1200)

 LUC=2100(+100)(■+1200)

 成長値=7(20)

 固有スキル:■■

 職業専用スキル:■■

 スキル:剣術《S》、鑑定《A》

 スキルP:500

 


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