第23話 防御讃歌 2/2

「要は柚佳の耐久値が高過ぎて、オークが逆にダメージを喰らっちゃったんだよ。壁を素手で殴ると、殴った方が壊れちゃうでしょ? それと同じ原理」


「なるほど」



 柚佳のわかりやすい説明を聞いて俺は納得した。


 側から見れば女児にトラックが突っ込むような光景だが、その実、相対したのは三輪車と城壁。どう頑張ったって三輪車の方が痛手を負うのは明らかで、それほどまでにオークと柚佳ちゃんとの間に凄絶せいぜつなレベル差があったという事実。


 こんな抱きしめたら折れそうな華奢な体だっていうのに、尋常ではない数値の耐久が備わっているそうだ。


 こうして見る限り、全然硬そうには見えないのに……。



「あ、あ、あの……っ、そ、そんな見ないで……くだっ——」

「ツンツン」

「——ひゃ……っ」

「やわらかい」

「やわらかい——じゃないよお兄ちゃんッ!?」



 後頭部に強い衝撃が走り、俺の体が縦に一回転したのちに地面に埋まった。

 


「セクハラしていいのは妹のわたしだけって約束でしょ……!?」

「そんな約束、した覚えねえぞ……」

「じゃあ何? 浮気? 彼女の親友に手ェ出すとかサイテー」

「彼女じゃねえし、浮気もしたつもりはねえよ……」



 きっと、貞子も井戸から這い上がる時はこんな気分だったんだろうな。的なのを味わいながら、俺は地面から脱出。すぐさまHPポーションを二本飲み干した。



「言い訳なら聞くけど?」

「ちょっとツンしたくらいで怒んなよ」

「じゃあわたしがツンされたら怒らないの?」

「怒る」

「それと一緒!」



 一緒だった。



「いやな、ちょっとした出来心というか。そんな耐久値高いなら実際の感覚も硬いのかなって」


「たしかにそういうのは色々議論されてたけど、そういう『システム』だからしゃーなしってことで落ち着いたよ」


「なるほど」



 俺は別に頭がいいわけではないので、早々にとやかく考えるのをやめた。



「とにかく、やわらかかったぞ」

「そんな報告いらないよ。やわらかいのは知ってるし」

「っっっゅ」



 顔から湯気を出している柚佳ちゃん。

 ちょっと悪いことをしたな。

 ウララと同じ感覚ノリで触れたりするのは良くない。

 年頃の女の子なら尚更だ。

 


「ごめんな、柚佳ちゃん。気安く触れちまって」

「い、い、いえ……き、気にしてない、です……っ」


 

 とは言ったものの、柚佳ちゃんはモジモジと俺から逃げるように先行した。

 


「僕も娘がいるのでその気持ち、なんとなくわかりますよ。ちょっとしたスキンシップというか、そういう感覚で部下の女の子に触れるとセクハラで訴えられますからね、今の時代は。ははは、僕はありませんが嫌いな上司がそれでクビになったんですよ」


「おっちゃん……」


 

 おっちゃんが俺を慰めてくれているようだった。



「っと、無駄話している暇はありませんよね。さ、行きましょう湊くん。今日中にはあと一階層は上にあがりたいところです」


「ああ、そうだな」



 頷いて、俺とおっちゃんは柚佳ちゃんの後を追った。





「こ、ここ、ここは任せてくだひゃあああんぅぅっ!」


「………」

「………」


「ぁぅ、ひゃ、うぅぅっ! い、いまで、すすすんぁぁっ!」


「………」

「………」



 七体のオークに囲まれ、四方八方からリンチを喰らう柚佳ちゃん。


 自動発動パッシブスキル『挑発《A》』のおかげで、柚佳ちゃんがパーティに加入してから魔物は一切、こちらに見向きもしなくなった。

 

 なので俺も木原のおっちゃんも安全にオークを討伐し、順調にダンジョンを進むことができるのだが……。



「ああ、ぁぁぁっ、これしゅごいですぅぅぅっ!?」



 オークに殴られようとも、蹴られようとも、頭を揺すられようとも、柚佳ちゃんのHPが削れる気配はない。それどころか、オークの体がボロボロだった。


 おっちゃんの弱々しい斬撃で倒される始末。

 俺も本気で殴るのがバカバカしくなり、残りをおっちゃんに任せてウララのそばに近寄った。



「なあ」

「なぁに、お兄ちゃん。寂しくなった? よしよし、好きだよ〜」



 背伸びをして、俺の頭を撫でながら愛の告白を囁くウララ。

 俺も真顔で告白してやろうかと思ったが、カメラがまわっていたのでやめた。



「柚佳ちゃんのあれ、なんなんだ?」

「かわいいっしょ? 視聴者さんからも好評だよ」



 ほら、と言ってコメント欄を見せてくる。

 配信を開始してから一時間足らずで、同接六五〇〇人。投げ銭の合計が四万近くになっていた。


 

『ふぅ……』

『これは捗る』

『新入りの耐久値変態すぎる。なんでこんな弱小パーティに加入してくれたんだろ。……ふぅ』

『オークとの輪姦を愉しむロリ痴女タンクの迷宮攻略編やな』

『同人誌にありそう』



 そのほかにも、卑猥なコメントやらが殺到していて俺は見るのをやめた。



「水着で放り込めばもっと稼げるかな……」

「やめなさい」



 親友でなに考えてんだ、おまえ。



「あれは昔からなのか? あの、すごい卑猥な痴態は」


「中学生くらいの頃かな。二つ上のレディースな先輩に目ぇつけられて、そこから開花しちゃった」


「はあ……? イジメられてたってことか?」


「最初はね。でも自己防衛なのか性癖なのかはわからないけど、殴られたり写真撮られたりするのがノリノリになっちゃって。自分からマイクロビキニでダブルピースしながら先輩の家の前で待ち伏せたり、自分で目隠しと手錠つけて先輩の靴舐めはじめたあたりから先輩たちもドン引きしちゃって……」



 なんだろう。もう聞きたくない。



「イジメがなくなるのと同時に一次災害『魔物の虐殺行進デス・パレード』が始まって……そっから柚佳のアレに磨きがかかったって話」


「んぼぼぼぼぼぼぼぼっ——」



 恍惚とした表情でオークの攻撃を受ける柚佳ちゃん。まだまだ奥の方から、オークがニヤニヤと下卑た表情を浮かべてやってくる。


 木原のおっちゃんも忙しそうに剣を振るい、肩で息を吐きながら不意打ちに励んでいた。



「なんか、可哀想だな」

「そう? 本人がたのしそうならそれでいいと思うけど」

「………」


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