第21話 マウリの罠

『お買い上げありがとうございました! こちらのスキルもちょーオススメですよ、探索士さま!』


「身体強化か……」


『買ってくださるなら、む……胸タッチ、一回だけ許可します!』


「オラ」


『んぁっ!?』



 画面の中でマウリちゃんが屈辱そうに身悶えた。

 すると、ポップアップ画面が現れ、



『スキル:身体強化《D》の決済をお願いいたします』


「——な、に……ッ!?」


『にや……ッ』



 嵌められた……ッ!?


 強制的に決済画面へと移行し、俺の所持金から十二万が引かれた。



「わ、罠だ……これは罠だッ!?」

『マウリの胸はそれだけ需要と価値があるんです!』

「ちくしょう……ッ! クーリングオフだ!」

『カスタマセンターは本日、おやすみとなっております!』

「ああああああッ!!?」



 せめてFランクだろ!?

 どうしてDなんだよ!?


 俺は地面に突っ伏してマウリちゃんを睨みつける。


 マウリちゃんは、口角をニヤつかせながらボイスなしの吹き出しを頭の上に浮かばせた。



『やったラッキー、探索士さまチョロすぎ〜♡ このままたぁくさん搾り取って、マウリのお給金上げちゃお♡』


「……おいおい、そんな清純そうな見た目してちょー性格悪いじゃねえか」


『これで働けない姉さんとその子どもたちにパンを食べさせてあげられる。喜ぶ顔がみられる……。パンを盗んで捕まった兄さんの分まで……マウリが、頑張らないと……』


「キャラ背景がレミゼなのはなーぜなーぜ」



 しかもそんな下卑た顔で不憫設定持ち出すな。



『でも……探索士さまって、素敵ですよね』


「なんだ? 急に媚びてきたぞ、こいつ」



 吹き出しが消えて、マウリちゃんがライブ2Dで動き出した。



『マウリはいま、とても楽しいです。探索士さまと出会った日から、マウリは嫌なことも苦しいことも耐えられるようになりました。マウリ、幸せ者です』


「急に鬱ゲーのヒロインっぽい雰囲気出すなよ……やめてくれよ、もう怒らないから」


『マウリ、きょうのノロマが終われば八時間ぶりに家族に会えるんです。だから、マウリ……たくさん探索士さまにお願いしても……いいです、か……?』



 再びポップアップ画面が現れた。

 内容は『絆ストーリー①:マウリのノルマ』を受諾するかどうかのものだった。

 

 俺は、



「騙されんぞこのビッチめ」

『!?』

「定時で帰ろうとしてんじゃねえ、残業しろ」



 俺は『いいえ』をタッチしてポップを消す。

 消えたのと同時に現れたマウリちゃんの顔は、驚愕に満ちていた。



「なにがノルマが終われば家族に会える、だ。八時間ぶりって、それが普通だよ仕事舐めてんじゃねえ」


『や、やめて……!』


「俺は入社日に二十二時間残業してんだよッ!!」


『ひぃぃぃッ!?』


「ムカつく上司に媚びて仕事受けて残業してブチギレられて体壊しながら会社のために働いてたんだよッ」


『も、もうやめ、ぁぁぁッ!?』


「挙げ句の果てにイジメられてた先輩たすけて二人で孤立して無視されて仕事なくされて不倫して胃腸ぶっ壊して——」



 んなことよりもとにかくムカつくのが、



「どうせほかの男にもそうやって媚びて金巻き上げてんだろうがぁぁぁッ!!」


『むぉぉぉぉぉんぅぅぅ〜〜!』


「はぁ……はぁ、はぁ……」


『……、……っ(ビクビク)』



 気がつくとマウリちゃんはギルドの床に突っ伏していた。

 俺は連打していたパイタッチをやめる。



「お……お兄、ちゃん……?」

「み、湊……くん?」

「………」



 周囲を見渡してみると、木原のおっちゃんやウララが俺を可哀想な目で見ていた。



『………』


「ご……ごめんな、マウリちゃん。ちょっとやりすぎた」


『………』



 マウリちゃんは、汗ばんだ赤い顔で俺を睨みつけた。



『の、ノルマ……おわら、せないと……っ』

「わ、わかったから……なんか一つだけ買うから」

『成長、剤を……』

「せ、成長剤な。買う買う」



 俺は逃げるようにショップ画面に移行。

 ひとつ一万円もする成長剤を購入した。



『成長剤:探索士の成長値を『1』上げる。残り使用回数×7』



 ホーム画面に戻ると、マウリちゃんは鏡の前で前髪をなおしていた。

 俺の存在に気づくと、



『……お、お買い上げ、ありがとうございました……(ぷい)』



 と、真っ赤な顔で視線を逸らした。


 俺はまたポップアップが出現する前に、スマホの電源を落とした。

 


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