第19話 友達 1/2

 ウララがどこかに電話をかけた後、俺たちは一時間ほどオークと戦闘を交えてから迷宮を出た。

 

 時刻は十二時半。

 お昼休憩のために俺たちは、迷宮前のコンビニにやってきた。



「あ、僕は弁当を持参しているので、外のテーブルで待ってますね」

「おっす。んじゃ買いに行くか、ウララ。ひとり三百円な」

「せめて五百円で!」

「節約節約ゥゥッ!」

「なら自炊しようよ!」



 生意気な妹を引き連れて店内に入る。

 店内は昼休憩の探索士で賑わっていたが、店員は一人もいない。


 無人コンビニだ。



「そういえばおまえ、さっき誰と電話してたんだ?」



 カゴの中におにぎりやら飲み物を適当に入れながら、後をちょこちょこついてくるウララに訊く。

  

 ウララは、ニヤリと口角を上げて答える。



「え、知りたい?」

「いや、まあ……んだよ、その反応」

「男かも」

「へいへい」

「実は彼氏だったり」

「ほうほう」

「セフレかも」

「それは許さん」

「ちょっとお兄ちゃん、真面目にやってよ!」



 ウララの意味不明なツッコミに応えあぐねていると、ふらっと前方から香水の匂いが漂ってきた。



「——あ、あ、ああの、ま、待っ……た……?」


 

 その独特な甘さとエキゾチックな香りを伴った吃音きつおんには、聞き覚えがあった。

 俺は吸い寄せられるように視線を左に向けた。


 そこには、背のちいさな桃髪の少女と。

 少女が背負うにはあまりにも似つかわしくない紅の大盾。


 いやに目立つそのシルエットの彼女は、周囲からあてられる視線にビクビクしながらも、音をボソボソと呟いた。



「ご、ごめん、っ、ちょ、ちょっと準備に、て、手間取った……っ」

「おひさ〜、柚佳ゆかっ♡」

「あ、あぅひっ!?」

「ありがとねえ、急に来てもらって!」

「い、い、いい、よ。べ、べべ、べつにひ、暇だから……っ!」

「お礼にお昼ご馳走してあげる♡」

「う、ララ……い、いいの、っ、も、もう……?」

「ん? お金のこと? 心配しないでよ、結構稼いでるからうちのお兄ちゃん♡」

「で、で、でも……っ」

「ほらほら好きなのカゴに入れて〜!」



 声色を変えたウララが柚佳ちゃんの背を押してカップ麺コーナーに向かっていった。

 


「———」

「………」



 すれ違いざまに、目があう。

 柚佳ちゃんはおどおどしながらも、上目遣い気味にコクっと頭を下げた。

 

 

「……まさか、だよな」



 ウララの電話をかけた相手は、十中八九あの柚佳ちゃんで間違いない。

 ということは何かしら手伝ってくれるということで。

 


「あの背中の盾……いやいや、まさか」



 まさか、あの小柄な体型で壁役タンクとか……言わないよな?


 ゴブリン程度ならともかく、オークの突進でペシャンコになってしまいそうな……悪く言いたくないが、木原のおっちゃんと同等くらいに線が細いから、到底タンクなんてできそうなイメージはないが……。



「お兄ちゃん〜? レジ並んどいてよー。もうすぐで決まるからさっ」

「お……おう」



 俺は言われた通りにレジに並んだ。

 

 俺の前には、強そうな装備をまとったチャラい探索士が二人いた。



「あの二人、なんかめっちゃ輝いてるな……かわいい」

「両方いける。見たところ探索士っぽいし、誘ってみるか?」

「………」



 眩しいくらいの笑顔ではしゃぐウララと、その眩しさに顔を俯かせながらも口角を曲げる柚佳ちゃん。


 通常のコンビニより二倍広いとはいえ、店内であれだけはしゃげば目立つ。

 しかも容姿が並以上。

 俺だって自然と気になってしまう。

 


「ちょっと声かけてこようぜ。連れいないっぽいし」

「マジ? 頼むわ、オレあっちの根暗ちゃんの方で」

「んじゃあオレは金髪ちゃん——っ、ぅぅぅッ!?」

「あ? おい、どした急に腹押さえて!?」

「わ、わか、おぅぅぅッ」

「おいマジでやべえって!! 誰か救急車!?」



 レジを離れようとしたチャラ男が、うずくまって嘔吐した。


 ブルブルと体を震わせて、「痛いイタイ」と泣きながら鳩尾付近を押さえてゲロの上を転げまわる。


 俺は耳に当てていたスマホをポケットにしまいながら言った。



「いま救急車呼んどいたんで」

「あ、す、すみません——ああどうしよう、くそコイツ、ゲロの次は漏らしやがった!?」


『レジにお並びの方、どうぞ』


「先、いいですか?」

「す、すんません……! すんません!」



 連れのチャラ男は周囲に頭を下げながら、のたうちまわるチャラ男を引っ張ってコンビニの外に出て行った。


 すぐさま清掃ロボットが現れ、嘔吐物の処理と不快な匂いの消臭を終わらせる。


 騒然としていた店内も落ち着きを取り戻し、レジでの会計が終わる頃には救急車が到着。チャラ男探索士はすぐ近くの病院に運ばれて行った。



「お兄ちゃん、ゲロかかってない?」

「だ、だ、大丈夫、です、か……?」

「ああ、大丈夫。それにしてもどうしたんだろうな、あの人」

「さあ? ダンジョンで変なの食べたんじゃない?」

「はは、気を付けろよ。ウララも」

「はぁーい」

「……あの」



 コンビニを出る直前。

 後ろの服を引っ張られる。柚佳ちゃんが、ビクビクしながら俺の右腕を指差した。



「……血、で、出てます……っ」

「あ」

「うわ、どうしたのお兄ちゃん!? 皮も剥けてるしなんか拳へんな色してる!? お兄ちゃんも病院行かなきゃ!?」

「いやポーション飲んどけば大丈夫だろ」


「どうしよう柚佳〜!? オーク殴りすぎたからかな? でも耐久値と攻撃力で拮抗していた昨日ならともかく、どうして急に……!?」


「し、し、身体強化系のスキル、と、取っといた方が、い、いいんじゃ、ない……? それか、ぶ、武器……」


「それだッ! お兄ちゃん、今すぐ『身体強化』と十連ガチャ引いて!」


「ポーション飲んだからもう大丈夫だって。ほら」



 俺は完治した手をひらひらさせる。

 ウララは、納得いかないような顔で俺の手を包んだ。



「でも、どっちか選ぼうよ。スキルか、武器か」




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