第18話 おっちゃん改造計画
「大変だよ……」
ウララが深刻そうに言った。
「……マズイな」
俺も同意して頷く。
「め……面目ない……」
木原のおっちゃんが、困ったように苦笑した。
現在地、深江駅地下ダンジョン六階層。
おっちゃんが正式にパーティ加入した、次の日。
俺たちは朝九時に集合し、急ぎ足で前日に到達した六階層にやってきた……のだが。
「木原さんの火力じゃ、オークを倒せない……」
「倒した本人しかドロップ品を獲得できないなんて、理不尽だッ」
ここで、新たな問題が露呈した。
道中のゴブリンや蜂の姿をした大型の虫、芋虫は倒せても、六階層から上を縄張りにしているらしいオークに苦戦していた。
俺ひとりなら、三体のオークが襲って来ようが難なく倒せるようにはなった。が、おっちゃんひとりじゃ傷ひとつ与えることすら至難の業ときた。
「サポートに徹しても、ちょっと動きが危なすぎてお兄ちゃんの邪魔になってるし……」
「……せめて、トドメさえ刺せればドロップ品もらえるんだけどな」
「ほ、本当に申し訳ありません……っ! 皆さんの足を引っ張ってしまい……っ」
「いや、いいんだ。仕方ないだろ、そこは」
おっちゃんに戦闘の才能がなさそうなのは火を見るよりも明らかで、無論承知の上だった。しかし、こんな早くにつまずくとは思わなかった。
「子どもでも戦えるようになるっていうのが『システム』の売りだと思ってたのになあ。木原さんのシステム、バージョン古いんじゃない?」
「え、アップデートできるんですか?」
「できないです」
「………」
「おっちゃんを揶揄うな」
「てへっ」
雑談で聞いた話だが、木原のおっちゃんは運動部にも入ったことがなく、筋トレどころか喧嘩の一つもしたことがないそうだ。
そんなひとが、歳取ってから自分よりフィジカルの強い化け物と喧嘩するってのは、無茶とか無謀とかの範疇を超えている。
一般人がボクサーと殴り合うようなものだ。地力が違うし戦闘における経験値も違う。だからこそのシステムだとは思うのだが……。
「……ウララ、どうにかなんないのか?」
「んー……。どうにかできないことはないよ」
「ほ、本当ですか!?」
ウララの反応におっちゃんが食い付く。尋常ではない顔で。
「木原さんは多分、年齢もあって元のステータスが初期お兄ちゃんより低いし、成長地も『2』だからステの上がりが悪いんだよね。そこは仕方ないから、肉体改造しつつお金をかけてスキルを獲得して、地道に戦闘経験を積ませるって方法が一番だと思うけど」
「肉体改造……ですか?」
「とりあえず週六でジムに通う、だね。そのうちの二回はパーソナルで。とりあえず筋肉と体力つけないと。筋トレ後は二十分有酸素ね」
「ジムに、パーソナル……。だ……ダンジョンを終えた後に、ですよね?」
「朝イチでもいいけど、そこはお任せしますよ。あと一日六食、四〇〇〇キロカロリー摂取を目標に食べてください。食べれなかったら飲んでください。ミキサーとか、ゼリーとかで」
「………」
我が妹ながら提案が恐ろしくキツかった。
すでに木原のおっちゃんの顔面は蒼白だ。
「なあ、五十代でそれはキツすぎじゃないか?」
「筋肉に年齢は関係ないよ」
「ダンジョン潜る前に筋肉痛で死ぬって」
「でもお兄ちゃん」
ウララは、至って真面目に言った。
「これだけやれば強くなれます——みたいな
「………」
「お兄ちゃんの持ってるそのEXスキルも、システム上では優位に立てるかもしれない。けどどんなに取り繕ったって、それはシステムという面の上でしかない。本当の強さは、積み上げるしかないんだよ」
それこそ、血反吐撒き散らしながらね。
ウララはどこか達観した様子でドヤった。
せっかく良いこと言ったような雰囲気が、一瞬で台無しになる。
「木原さん。娘さんのためにも、弱音なんて吐いてられないですよ」
「……。……はい、そう、ですよね……っ」
木原のおっちゃんは、震えながら頷いた。
「僕が頑張らないと、娘は……
「頑張れ、おっちゃん。俺も一緒にジム通ってやるからな」
「その調子だよ、木原さん。……お兄ちゃんが行くなら、わたしも行こうかな」
俺は胸が熱くなるような、苦しいような、叫びたくなるような気持ちでおっちゃんの肩を叩いた。
娘のためなら仕方がない。娘のためなら命を投げ出せる。
この貧弱なおっちゃんの体から、そんな決意を感じて俺は目頭が熱くなった。
「ち……ちなみに、どれくらいかかるんでしょう……? 結構、高くなりそうですかね……?」
「ジムは安くて四千円くらいだけど、トレーナーのいるジムだと七千円くらいかな。初期費用とカード発行代で二万くらい。パーソナルは一ヶ月間の週一メニューで二万ちょっとかな。週二だと三万超えるかも。あ、なるべく効率よく行きたいから
「おいウララ」
「食費もだいぶかかりますよー。クレアチン補充したいんでタンパク源は牛肉で。もちろん赤身です。筋分解とかも考えて常時
「おっちゃんがもう死んだ」
「あ——」
これから襲いくるであろう筋肉痛と飛んでいく出費に、おっちゃんは白目を剥いて壁に座り込んだ。
「にゃはは……これだけやってもまだまだ足りないんだよねえ。なにせ、期限は一年なんでしょ?」
「でも、これ以上は本当に死ぬぞ。てか心が折れる」
「だから、そこはもう頼むしかないよ」
「頼む?」
「うん。友達」
言って、ウララはスマホを耳にあてた。
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