第16話 アスクレピオスの杖

「そういえば、お二人はどうして探索士に?」



 三階層の中盤、ちょうど五戦目を終えた頃に木原のおっちゃんがそんなことを訊いてきた。



「生活費を稼ぐため?」

「お兄ちゃんをまともな男にしてあげたかったから?」

「は、はあ……な、なるほど」



 俺たちの答えに、困惑しながらも納得した様子……でもなかった。

 おっちゃんは剣に着いた血をぼーっと眺めながら言った。



「僕はね、反対なんだ。きみたちのような若い子が、こんな危ない仕事をするのは」

「……つっても、これが一番稼げるんだろ?」


「それでも、こんなの幾つ命があっても足りない。お金のためにわざわざ危険に身を晒すなんて、間違ってると思う」


「そりゃ危険かも知れないけどさ……」



 俺はウララと顔を見合わせる。


 まあ、確かに言いたいことはわかる。俺だってウララにこんな危ないところに来てほしくは……ない、のか?


 そりゃ最初はたしかに不安で心配もしたが、こいつ、ケロッとしながら普通に生還してくるし。それで養ってもらってるから感謝は言えど文句なんて言えないし。


 てか、考えないようにしてたけどウララは今、どれくらいのレベルなんだろうか。時折みせる強さ的に、俺なんかじゃ足元に及ばないようなレベルのはずだ。



「お、お兄ちゃん、木原さんの前で見つめないでよ……っ」

「お、おう。悪かったな……ちょっと考え事してた」

「んーん……べつに、嫌じゃないし……」



 俯き加減に視線を外すウララ。いつもと違う反応に、心臓が停止しそうだった。



「あの……よろしいですか?」


「あ、ああ、えとおっちゃんは探索士って職業に反対なんだっけ? じゃあおっちゃんはどうして探索士なんてやってるんだよ」


「……それは」



 おっちゃんは、剣の柄を強く握りしめた。

 怒っている。何に対してか、正確にはわからないが。


 おそらく、自分自身に向けた感情なのではないだろうか。



「三億、必要なんです」

「そりゃ……また随分な大金だな」

「知っていますか、湊くん。三億あれば何を買えるのか」



 俺は、ウララを一瞬だけ視界の隅に捉えた後、首を左右に振った。



「これです。三億あれば、これが手に入る」

「……『アスクレピオスの杖』……木原さん、もしかして誰かを」

「僕の、娘です」



 アスクレピオスの杖。

 おっちゃんのスマホの画面に映し出されたそれの値段は、三億。


 効果は、あらゆる病、怪我の治療。


 ガン細胞、白血病、指定難病、四肢の欠損問わずすべての異常を正常に完治させることができる。

 

 死んでいなければ、虫の息一つあればどのような状態からでも復活させられるのが、『アスクレピオスの杖』というアイテムだった。



「娘は、探索士でした。まだ十六で、高校に入学したばかり。それなのに、あんなことになって……」


「——魔物の虐殺行進デス・パレード


「……はい。妻はそれで死に、一時は娘とも逸れてしまい……。その後の二次災害、死人の舞踊ゾンビ・パニックも重なり、娘と再会できたのは一年後……娘は立派な探索士となって、魔物と戦っていました」



 なんか俺の知らない単語がいっぱい出てきた。

 困惑しながらも俺は、あたかも知っていますよみたいな雰囲気で頷いた。

 


「なるほどな」


「お兄ちゃんは胃腸炎とか色々ストレスでやらかしてたから知らないでしょ。一年間ずっと寝てゲームしてご飯食べてってしてたから、知らなくて……当然、かな?」


「え、でもそれは流石に無理があるんじゃ……家は無事だったんですか? それでも普通に外から音が……」


「お兄ちゃん、至近距離からの告白を聞き逃すほどの鈍感なんで」

「………」

「多分、深江市でたったひとりだけ、普通の生活してた人だよ。奇跡的にね」



 なんとも言えぬ視線を浴びる俺。

 以前の俺なら、それを胸を張って誇らしげにドヤってたかもしれない。

 けど、そんなことを無神経にできるほど子どもじゃなかった。



「……ありがとうな。ウララ」

「え」

「おまえには助けられた」

「———」



 ウララの頬を撫でる。

 ウララは、驚いたように口をぱくぱくさせて、目元から涙をこぼした。



「お兄ちゃんっ!」

「ブボッ!?」



 ウララが抱きついてきた衝撃で俺は壁に激突した。

 鎖骨と肋骨が砕ける音。

 俺は激痛で一瞬だけ意識を飛ばして、また激痛で意識を取り戻した。



「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん好き好き好き——」

「う、ウララさん死ぬ、死ぬぅぅぅッ」



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