第15話 代償

 巨体とは思えないほどの速度で走ってくるオークを、俺とウララは左右に飛んで回避した。

 


「「あ」」

『——ッッ!!』



 反射的に避けてしまったことにより、オークは壁に激突した。壁に埋まっていた探索士もろとも。



「……や……やったか?」

「お兄ちゃん、生存フラグ立てても多分、生きてるのオークのほう……」


『新しい生存フラグの立て方でワロタ』

『兄貴すきw』

『あいつは死んだな』

『うん、死んだ』

『間違いない』

『御愁傷様です』

『これがフリースタイルダンジョンの洗礼や』



 ウララのスマホから次々とお悔やみの言葉が流れてくる。

 俺は、頭に血が昇るのを感じた。

 今、目の前で人が死んだっていうのに、こいつらは……。



『ぶるぉォォォッ!!』


「お兄ちゃん、気をつけて! オークのレベルは17で、ステータス的にお兄ちゃんよりちょっと上くらいだけど——」



 壁から抜けて振り返ったオークの鳩尾に拳を叩き込んだ。まるで発砲スチロールに穴を開けるかのように簡単に、拳は肉体に沈んでいく。


 粉砕する肉片と血飛沫。オークは、ゆっくりと膝をついて絶命した。



「スキルの影響で……耐久が……あれ」



 目を、文字通り点にするウララ。パクパクと口を開いて、ウララは俺を凝視していた。



「ちくしょう」

「お兄、ちゃん……?」

「また、レベル上がんなかった」



 舌打ちをしながら俺は、壁からちょこっと飛び出ている足を引っ張った。

 瓦礫と一緒に、確かにレアそうな装備をまとった男を地面に転がす。

 片膝をついて、俺は口元に耳をあてた。



「ぅ、ぅぅ……」

「……生き、てる……っ」



 俺は急いでアイテムボックスからポーションを取り出した。


 喉を詰まらせないように液体を流し込むのは難しかったが、程なくして顔色も良くなり、静かな寝息を立てはじめた。



「……はぁ。よかったな、兄ちゃん」



 安堵する。

 よかった。死んでなかった。


 俺は男の肩を叩いて、心の底から安堵した。


 ……パキ。



「ん?」



 パキパキ——パキ、パ——

 

 俺の叩いた箇所から装備がひび割れていき、やがて悲しそうにポリゴン状となって消えていく……レア装備。


 男はパンツ一丁となって肌寒そうに体を震わせていた。



「……なあ、弁償ってできるのか……?」

「お兄ちゃんは悪くないよ」



 なにやら難しい顔をして考え込んでいたウララだったが、思考を中断して俺のそばに寄ってきた。



「オークとの戦闘で装備の耐久値がほとんど削られてたんだよ。まあ確かにトドメを刺したのはお兄ちゃんかもしれないけど、命の恩人なんだし、お釣りぐらいもらってもいいとこでしょ」



 付け加えて、



「そもそも、オーク相手にどんだけ殴られたのよって話。ほぼ無抵抗で一時間ぐらい殴られてたんじゃないの?」


「そ、そうか? 武器ガチャ一〇〇連分とかやらされたりしないよな……?」

「そうなったらこいつのことわたしが埋めるよ」

「お、俺が助けた命だぞ!」

「だからって全部責任取る必要はないよ」



 言って、ウララはアイテムボックスから手のひらサイズのキューブを取り出し、眠っている男の腹の上に落とした。


 するとキューブは、青白い光を放ちながら男を飲み込み、やがて姿を消した。



「……今のは?」

「緊急脱出キューブだよ。迷宮に隣接した病院の待合室に自動でテレポートしてくれるの」

「そんな便利アイテムもあるのな」

「非常用でちょっと高いけど、まあこれくらいしてあげれば十分でしょ。——それで、お兄ちゃん」



 ウララは俺の手を引っ張って立ち上がらせた。

 


「わたしに何か、隠し事してない?」

「してないけど?」

「嘘だッ」

「嘘じゃねえよ」



 頬を膨らませて怒るウララの肩を抑えて、突進を防ぐ。

 


「だって、だっておかしいよ。ステータス的に大差はない。なのにワンパンだなんて……」

「たまたまクリティカルヒットしたんだろ」


「そ、そうだとしても……! 一撃でHPを削れるほどお兄ちゃんの攻撃力とオークの防御力に差はなかったんだよっ」


「アレだろ、誰かがオークを追い詰めてたんだろ」

「ほぼ無傷だったよ、オーク! 視たもん、鑑定で!」

「んー……」



 なかなか食い下がらないウララ。こうなったら手がつけられないのは、昔からだ。納得するまできっと、ウララは退かないだろう。

 

 だから、仕方がないと俺は頬を掻いた。

 これは俺の自業自得でもある。

 頭に血が昇った、代償。



「その、あれだ。スキルを使ったんだよ」

「なんのスキル?」

「い……淫我いんが

「淫我? ——あ」



 そこで思い出したかのように、ウララは顔を真っ赤にして俯いた。



「あ、ぅ、そ、そう……だったんだ、で、でも、えと、ご、ごめんなさい……っ」

「……まあ、そういうことだから、今夜は気をつけろよ。はははは」

「……っ」



 ウララは、ぎゅっと俺の服の裾を握った。

 わずかにこちらに目を向けて、ウララは赤い唇を震わせた。



「て……手伝ってあげるから……いってね?」

「っ」



 息が詰まりそうになる。

 下半身に熱が集まってくるのを堪えるため、俺はウララから離れた。

 ウララも、それ以上は近寄ってこなかった。



「ま、まあすぐ切ったから大丈夫だろ。一瞬だったし、そんな酷くないと思うから……」

「……ぅん」


「ち、ちなみに思い出したのはウララのパンツで……黒色の……スケスケでめっちゃ興奮した……っ」


「……っ」



 どうしよう、言いたくないのにボロボロとゲロのように出てくる。

 おかげで余計に気まずくなった。ウララなんてもう俺に背を向けていた。


 さてどうしようかこの空気と思っていると、階段から木原のおっちゃんがゼエゼエと辛そうに息を吐きながら降りてきた。



「や、やっと追いつきました——って、オークが死んでる……っ!?」



 助け舟のおっちゃんが現れ、俺は息を吐く。



「おっちゃん、このまま進んで一緒にレベル上げしようぜ」

「え……え、ええ、それはいいのですが……ちょっと休憩を……っ」

「歩きながら整えればいいって。しっかり着いてこいよ」

「は、はいぃ……!」

「う、ウララさんも行こうぜ!」

「う……う、ん! い、いく! いく! 一緒にいこう!」



 テンパりながらもカメラを構え直したウララ。

 木原のおっちゃんを迎えた俺たち三人は、程なくして三階層に足を踏み入れた。



『淫我《C》……性的興奮をトリガーに、一時的にATK、DEF、AGIに+500の恩恵を与える。反動として性欲が高まり、夜も眠れない』




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