第14話 二階層へ



「千里眼?」



 ウララが首を傾げる。

 


「マウリちゃん、適正はあるか?」


『——おめでとうございます、探索士さま! このスキルは適正があります!』


「よっし」



 マウリちゃんのお墨付きをもらい、俺は購入ボタンを——



「……買わないの?」

「……一万って、高いよな」



 配信の投げ銭やらで結構稼いだとはいえ、だ。

 


「べつに自分への投資だと思えば安いもんじゃない? 本買ったり勉強道具買ったり、ジム行ったりするのと同じだと思うけど」


「まあ、要は元が取れればいいって話だろ?」



 金を稼ぐには、魔物と戦う必要がある。

 今の状態では、ゴブリンは倒せても先の階層の魔物とは渡り合えないかもしれない。

 レベルを一つ上げることにこうも苦戦しているのだ。

 スキル一つ取って戦闘力が上がるなら、それが一番の、金を稼ぐ近道なのはわかるが……。



『千里眼、扱い難しいらしいぞ』

『まあその気持ちはわからないでもない。スキルはオークションでも高いし』


『洒落にならない女剣士:なにか安易に浪費できない理由があるの?』


「……お兄ちゃん?」



 ウララがきょとんと俺を見る。

 俺は、肩をすくめながらウララを見返した。



「……おまえは何か、欲しいものとかないのか?」

「欲しいもの? あるよ」

「なんだよ、それ」

「子ども」



 お腹を撫でながら即答したウララに、コメントが沸いた。

 俺はそれを無視してウララを見据える。



「俺は真面目に訊いてるんだが」

「うん。真面目だけど」

「………」

「じゃあお兄ちゃんは、なにが欲しいの?」

「俺は……」



 ——三億、と言いかけて。


 その時、ダンジョンの奥の方から見覚えのあるおじさんがこちらに向かって走ってきているのが見えた。


 あれは……



「昨日ぶりで、す、ハッ……お、お二人さん!」

「おっちゃん! 生きてたか!」

「え、ええ、なんとかきょうも戦ってます!」


『おっちゃんキタァw』

『知り合いか?』

『おい新顔、妹ちゃんの靴を舐めろ』


「え、え? なんです、その電子音は……?!」

「まあ、すぐ慣れるんで気にしないでください」

「いやいやお兄ちゃん。しっかりコメント読み上げて反応してよ」

「それはもうあれだ、おまえの仕事だ。適任だろ。てか読み上げ要らんやろ」

「あ、ああそういえば名乗り忘れてました。僕は木原といいます。木原蓮二」


『蓮二www』

『なまえカッコ良すぎwww』

『推しに決めましたw』



 困惑する木原のおっちゃん。確かに、顔はともかく蓮二って名前はカッコ良すぎて嫉妬した。



「俺は湊。よく女と間違われる名前だ」

「わたしはウララ。麗って漢字難しいからいつもカタカナだよ」

「あ、はい、どうもよろしくお願いします。湊さん、ウララさん」


『若干トゲのある自己紹介で草』

『蓮二は悪くないぞ』

『ウララたんかわいい』


「んで、おっちゃん。どうかしたのか、すごい汗だぞ」

「あ、ああ、それが……!」



 木原のおっちゃんは走ってきた方角に指を向けた。



「二階層にオークが現れたんです! そ、それで僕みたいな初心者の探索士が何人もやられて……!」


「お兄ちゃん、行こう」

「わかった」

「それで助けが……って、え、はやっ!?」



 申し訳ないが木原のおっちゃんは置いて、俺たちは走る。

 道は昨日行ったから覚えている。

 一気に階段を駆け降りて、二階層に足を踏み入れた。瞬間、



 ——ドチャ。



 キッチンから滑り落ちたトマトが、床にこびり付いたような音がすぐそばで聞こえた。いで、前髪を撫でる風。血の匂い。砂埃。



「……!」



 ブワッと冷や汗が流れる。俺のすぐ真横を、人が飛んできた。そして壁にぶつかって、埋まっている。

 


「お兄ちゃん、よそ見しない。その人、まだ生きてるから大丈夫」

「あ、え」

「その人の装備、結構レアなやつで耐久高いから。オーク程度の攻撃力じゃダメージ通らないよ」

「な、なるほど……だから投げ飛ばしたのか……?」

「話が早くて助かるよ、ってやつだね! とは言っても——」



 荒い気配を肌に感じた。

 通路の奥から大きな人影が現れる。



「今のお兄ちゃんからしてみれば、強敵なのは変わりないよ」

「……っ!」



 猪と豚を掛け合わせたような獣が、俺の存在を気取る。


 荒い鼻息を咆哮へ変えて。

 オークは巨大な肉体からだを前傾——重心移動と共に突進を開始した。

 

 

『ブルぉぉぉぉぉぉぉぉッッ——!!』

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